続きです。
どうぞ。
第一幕
第一場
ときは八月末。舞台は高級リゾートホテル「ニュータイガー」のスイートルーム。壁やカーテンなどがすべて黒と黄色の縦縞になっている。
ドアを開ける音。スーツケースを押しながらメイドが入ってくる。室内の電灯をつける。
メイド:どうぞ。
旅姿の秀樹といつ子が入ってくる。黒と黄色の縞模様に目をむく。
秀樹:わ、こりゃすごい!
いつ子:徹底してるわね。
メイド:お荷物はどちらへ?
いつ子:そこでいいです。後でかたずけるから。
メイド:かしこまりました。
秀樹:それより、音楽がうるさいな。
メイド:お気に召しませんか?
秀樹:いや、ボリュウムがね、いくらタイガースファンでも、これじゃちょっとね。
メイド音量を落とす。
メイド:そちらがベッドルームの寝室でございます。和室はこちらの奥に・・・非常口は廊下の突き当たりになっております。
秀樹:はいはい。
いつ子あちこちのぞいている。
いつ子:トイレまで同じデザイン・・・
メイド:なにかご用がございましたら、お電話をくださいませ。フロントは十一番になっております。
秀樹:ご苦労さん。
メイド:では、どうぞごゆっくり。
秀樹:ねえ、きみもタイガースファン?
メイド:もちろんでございます。
秀樹:このホテルはタイガースファンでないと泊めてもらえないらしいね?
メイド:ホテルだけではございません。このタイガースリゾートタウンは、熱烈なタイガースファンの共同出資によって建設されていますので、他の球団のファンは滞在できません。
秀樹:はははは、うれしいじゃないか。すばらしい、がんばれタイガース!
メイド:(胸にこぶしを当てて)タイガー!
メイド出ていく。音楽のスイッチを切るいつ子。
いつ子:なんだか不愉快・・・
秀樹:スリルがあっておもしろいじゃないか。
いつ子:こんな趣味の悪い壁を見ながら、ねむれると思う?
秀樹:しょうがないじゃないか、ほかにホテルがないんだから・・・
いつ子:あなたは無神経だからいいけど・・・
秀樹:無神経?
いつ子:タイガースファンのふりなんかして・・・
秀樹:おいおい、ここをどこだと思ってるんだ、もじばれたら一発でたたき出されるんだよ。あったかいベッドで寝られるんなら、一晩ぐらいタイガースファンになったって・・・
冷蔵庫をあけようとする秀樹。鍵がかかってるので、電話をかけようとする。
チャイムが鳴る。
秀樹:はいはい。
秀樹ドアを開ける。邦子と茂雄が入ってくる。
茂雄:変なホテル。
邦子:笑っちゃう。
茂雄:ロビーからエレベーターまで、どこもかもみんな黄色と黒、黄色と黒。
邦子:まあ、話のネタにはなるわね。
秀樹:どうだった、車は・・・
邦子:電気系統らしいよ、明日の朝までに修理できるって。
秀樹:そりゃよかった。
茂雄:母さんは?
秀樹:洗面所じゃないか。とにかくビールでもたのもう。
茂雄:だめだめ。今日はアルコール禁止なんだって。
秀樹:え?
茂雄:タイガースが負けた日は冷蔵庫も自動販売機もロックされるんだって。
秀樹:そんなバカな話があるか!
秀樹冷蔵庫をガタガタゆする。いつ子洗面所から出てくる。黄色と黒の縞のタオルをかけている。
いつ子:ちょっとぉ、これみてぇ。歯ブラシやシャンプーまでこうよ。
茂雄:はっはっは・・・
邦子:ふざけてるわね。
秀樹:そんなもの使うな!すてろ!
いつ子:興奮しないでよ。一晩だけタイガースファンになるんでしょ。
秀樹:そんなことはいってない!
いつ子:いいました。
秀樹:こんなホテルはキャンセルだ。ほかへ行くぞ。
邦子:何いってるのよ。私たちだって泊まりたくないわよ。お父さんが泊まろうっていうからついてきたのよ。
茂雄:車が故障したんだから、どうしようもないよ。
邦子:お酒ぐらい我慢したら?
秀樹:くっくっく・・・
秀樹がっくりと座り込む。
いつ子:荷物をかたずけましょ。
邦子:はーい。
いつ子:茂雄はお父さんとそっちの部屋ね。
茂雄:はいはい。
それぞれの部屋へ入る。お茶を飲もうとする秀樹。
秀樹:・・・魔法瓶までタイガーか。
チャイムが鳴る。ドアを開ける秀樹。ホテルの支配人と警備係長とメイドが入ってくる。
支配人:まことに失礼ですが、おりいっておうかがいしたいことがございまして・・・
秀樹:ちょうどよかった、私もいいたいことがあります。
支配人:何でしょうか?
秀樹:ま、こちらへどうぞ。
ソファに座る秀樹と支配人。警備係長とメイドはそばに立っている。
秀樹:ビールのことですがね。私は毎日のんでるんですよ。一日の疲れをいやし、明日への活力を生む。私はこれを楽しみに働いているようなもんなんですがね・・・タイガースが負けたからって、酒を飲ませないのは行き過ぎですよ。修学旅行じゃあるまいし・・・
支配人:お気持ちはよくわかりますが、町の条例ですから。
秀樹:条例?ははは、きついシャレですね。
支配人:シャレではありません。
秀樹:どうせみんなかくれてのんでるんでしょう?ね?二、三本でいいんですよ。
支配人:失礼ですが、お客様は本当にタイガースファンですか?
秀樹:おやおや、うたぐってるの?ははは、困ったもんだね。私は藤本監督のころから、熱烈なタイガースファンですよ。
支配人:それなら阪神が負けた夜に、ビールをのみたいなんて思わないはずですよ。岡田監督の胸中を察すれば、飯ものどを通らないのがふつうです。
秀樹:や、やけ酒ですよ。がーっとのんでトラになりたいんです。はははは。
支配人が警備係長に目で合図する。
支配人:彼は当ホテルの警備係長をしております丸山です。
警備係長は軽く会釈して秀樹に近づく。
警備係長:実は・・・先ほど車の修理工場から電話がありましてね。
秀樹:修理工場?
警備係長:お宅の車のダッシュボードの中に、とんでもないものが入っていたそうです。
秀樹:ほう。爆弾でも入ってましたか?
警備係長:いえ、Gマークのついた帽子です。
秀樹:え?
警備係長:もしかして、ご家族の中に巨人ファンがいらっしゃるのでは・・・?
秀樹:と、とんでもない。うちは全員ジャイアンツファンです。
三人:何!
秀樹:いや、そうじゃない。タイガースファンです。
警備係長:うそだ!
秀樹:うそとは何だ!
警備係長:正直に答えなさい。あんたたちはタイガースファンじゃない!
秀樹:失礼なことをいうな。巨人の帽子は親戚の子が忘れていったんだ。あんなものすててもいいんだ。
警備係長:・・・それでは、くたばれジャイアンツと三回いってみてください。
秀樹:私をテストするつもりか?
警備係長:いえないんですね?
秀樹:いえるとも。くたばれジャイアンツ、くたばれジャイアンツ、くたばれジャイアンツ・・・。
警備係長:もっと大きな声で!
秀樹:くたばれジャイアンツ!くたばれジャイアンツ・・・!
警備係長:もっと!
秀樹:くたばれジャイアンツ!
声を聞きつけて、いつ子たち出てくる。
いつ子:どうしたの?
邦子:なにをどなってるの?
秀樹:我々を疑っているんだ。車の中に巨人の帽子があったって。
いつ子:まさか・・・
茂雄:あっ!
秀樹:あれはそ、そう、甥っ子のまさ坊があそびに来た時に、おいていったんだよな、母さん。
いつ子:そ、そうです。ディズニーランドに連れて行ったとき・・・
邦子:そうよ。きっとそう。
支配人:最近巨人の帽子は子どもに人気がありませんからね。
警備係長:そうそう。
支配人:もう一つ質問があります。
いつ子:何でしょう?
支配人がメイドに合図を送る。メイドが近づく。
メイド:お嬢さんはエレベーターの中で、タイガースなんて弱すぎて、まるでネコ球団だ。こうおっしゃいましたね。
邦子:いいませんよ。人違いじゃないの?
メイド:ちゃんと録音してあります。
家族:録音?
メイド:息子さんはもっと悪質な発言をしています。今年のタイガースはボロボロだ、早稲田のも負けると・・・
茂雄:客の会話を盗聴するなんて・・・
いつ子:ひきょうじゃないですか!
メイド:スパイ防止のためです。
家族:スパイ?
警備係長:いったのか、いわないのか!
茂雄:冗談でいいましたよ。タイガースを励ます意味で・・・
警備係長:冗談ではすまんぞ。
茂雄:まるで犯人あつかいみたいだ・・・そういうときってあるでしょ。親しみを込めてわざと悪口を言うとかさぁ、タイガースが早稲田に負けるわけないよ、ね。
家族大きくうなずく。
支配人:それでは、あらためておうかがいします。ご家族そろってタイガースファンであることに間違いありませんか?
秀樹;ありません。
いつ子:当然でしょ。
支配人:では踏み絵をしていただきます。
家族:踏み絵?
支配人:ここに長島巨人名誉監督の写真があります。お一人ずつ踏んでください。
警備係長が床の上に写真を置く。後ずさりする一家。
秀樹:ふざけちゃいかん。
邦子:隠れキリシタンじゃあるまいし。
支配人:ご主人からどうぞ・・・
茂雄:やめようよ、何かおかしいよ。
支配人:踏めないんですか?
いつ子:あなたたちそうかしてます。たとえ巨人の名誉監督でも、写真を踏むなんて失礼じゃありませんか。
茂雄:そうだ、非常識だ。
支配人:いいですか?ここはタイガースファンの聖地なんですよ。異端者が足を踏み入れることは絶対に許されません。巨人ファンでないことを証明するためには、これしかありません。
メイド:もし踏めなければ、大変なことになります。
秀樹:大変なこと?
メイド:査問委員会にかけられ、場合によっては懲役刑に・・・
秀樹:客を脅迫するのか?
メイド:巨人ファンなら客ではありません。
秀樹:うう・・・
支配人:さあ踏むんですか?踏まないんですか?
秀樹:おい、どうする?
邦子:どうするの?
秀樹:・・・踏めといわれれば、踏めないこともないんだが・・・
警備係長:どうした!
踏みかける秀樹。
茂雄:やめて!
警備係長:何?
茂雄:ふざけるのはいいかげんにしてください!
茂雄写真を拾い上げて胸にかかえる。
警備係長:やっぱりクロや。
茂雄:父さん、堂々といってやれよ。志村家は骨の髄から巨人ファンだって。
いつ子:茂雄・・・
支配人:よくわかりました。
支配人立ち上がる。
秀樹:ちょっと待ってください。悪気はなかったんですよ。一家で墓参りにいきましてね、その帰りに車が故障して・・・ほかに泊まるところがなかったんですよ。それで仕方なくてですね・・・
支配人:弁解は無用です。
秀樹:ビールは我慢しますから・・・
警備係長:甘ったれるんやない!
秀樹:軽はずみでした。申し訳ありません。
茂雄:謝る必要ないよ。巨人ファンでどこが悪いんだ!
秀樹:いや、ルールを破ったのはこっちなんだから・・・
メイド:そう、巨人はいつもルールを破る。
いつ子:そんなことありません!
秀樹:まあまあ。
メイド:みなさんはもうお客ではありません。いってみれば容疑者です。
茂雄:容疑者?
メイド:スパイ容疑です。
家族:スパイ?
メイド:タイガースファンに化けて、こっそりとようすを探りに来たということです。
支配人:判決が出るまで、ここにとどまっていただきます。
家族:え!
邦子:そんな!わたし、あす就職試験なのよ!
支配人:それどころではありません、立場を考えてください。では、査問委員会で・・・
警備係長:おとなしく待ってるんや。
メイド:タイガー!
二人:タイガー!
三人出ていく。ガチャガチャと鍵がかけられる。開けようとする茂雄。
茂雄:開けて!おーい!
鍵は開かない。
秀樹:まずいことになったな。
茂雄:こんなの不法監禁だよ。
邦子:就職試験・・・
いつ子:ただのおどしよ。
茂雄:マジかも知れない・・・
邦子:茂雄が悪いのよ、巨人の帽子なんか持ってくるから・・・
茂雄:上原のサイン入りだよ・・・
いつ子:黙って踏み絵をすればよかったのかしら・・・
茂雄:絶対せきないね。
邦子:就職とどっちがだいじなのよ!
携帯電話をかけようとする邦子。
秀樹:どこへかけるんだ?
茂雄:彼氏だろ。
秀樹:いつのまに・・・
邦子:・・・だめ、圏外になってる。
秀樹:警察はどうだ?
茂雄:おなじこと。
秀樹:我々は完全に孤立したということか。
いつ子:まるでドラマね。
秀樹:タイガードラマか。
邦子:シャレをいってる場合じゃないでしょ。いやだいやだ。お墓参りなんかしなければよかった。
いつ子:そんなこといわないで。
邦子:これで就職はパーだわ・・・最悪。何もこんなときにお墓参りだなんて・・・
いつ子:母さんのせいだというの?しょうがないでしょ、お父さんが忙しかったんだから・・・
秀樹:おいおい、私のせいだというのか?希望を捨てちゃいかん。正義はかならず勝つ。
邦子:私の就職は?
秀樹:心配するな、いざとなったらうちで雇ってやる。
邦子:いやよ、安月給で長時間労働の印刷所なんて。
秀樹:親の職業を侮辱するのか?
いつ子:やめてよ。けんかなんかしてる場合じゃないでしょ。
茂雄:悪いのはタイガースファンだ!
パッと電気がきえる。闇の中のセリフ。
秀樹:何だ?何だ?
茂雄:停電?
いつ子:いやがらせですよ。
秀樹:水はでるか?
邦子:あいたたた・・・
いつ子:気を付けなさい。
茂雄:もう怒ったぞ。いつかかならず巨人ファンのホテルを建てて、タイガースファンをいびってやる!
秀樹:懐中電灯はどこだ?
邦子:もういやー!
家族の悲鳴の中、暗転。
長ったらしいですね・・・。
まだまだ続きます。
お付き合い下さい。

0