悪循環

It doesn't wait in daily life.

 
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投稿者:e
>wくん
確かに今あってもハマれないですね。killieとかHeaven in her armsあたりってあの頃の延長みたいな感じなんじゃないのかな?違うか・・・。まあこの話をいつまで引っ張ってもアレなんで、続きは今度あったときにでも。

僕の他のいい話は、東京にレコード買いに行ったときにBOYに行ったら前日東京でライブがあったSDSのメンバーが遊びに来てて、タカチョーさんが「実は俺BAD BRAINS聴いたことないんだよね〜」って言って、Beckさんに「聴かなきゃ駄目だよ!」って言われてました(笑)。
投稿者:とよ
あらら、僕、とんちんかんなコメントしてしまってましたね。
好い感じのとこに横から入ってしまってすみません。
投稿者:w
そういえば、あの頃もBOYは凄く面白かったなー、今とはちょっと違う店だったけど(笑
投稿者:w
今、客観的に見ればって事で、当時は俺も楽しかったし、「スタイル」としてはカッコ良かったとも思ってますよ。下でも書いてますけど、あの時が有ったからっていうのはやっぱり俺もありますね、ファンジンとかも作ってたし…
ただ今ああいうシーンが有っても俺はハマれないかなあ。とも、思いますけど。
投稿者:e
まあ全てが通り過ぎたいま考えるとそうなんですけどね。でも僕は当時の日本のシーンにはいい思い出しかないんで(笑)、やっぱ否定はできないし(w君もしてないけど)20歳くらいのときに何も知らない自分にそういうこと教えてくれたのって、バンドやってる人とかファンジン作ってる人だったわけなんですよね。ぶっちゃけ英語全然出来ないんで(笑)、何冊か買ったHeartAttackも写真眺めてるだけだったし、「XXX」のKent McClardのコラムも和訳がファンジンに載らなかったら読んでないし。公民館を借りてライブの企画をやるとかっていう「スタイル」もまず最初に教えてくれたのは日本のバンドだったし。何よりライブがすげぇ楽しかった。確かに学生とか多かったし、今となってはハードコアのライブなんか全然来なくなってエリートサラリーマンになってる奴とかもいるんだろうけど(笑)、あの頃の日本のシーンがあったから今の自分が在るとも言えるんですよね。僕は一応当時からジャパコアとかクラストとかそれこそ出始めのヌンチャクとかスウィッチスタイルまで聴いてたんで(笑)そのせいか強烈にイデオロギーとして信奉しようとしていた事はないんだけど、まあだからただの音として消費してただけって言われても何も言い返せないんですが(笑)。やっぱりBeckさんとか激エモも凄い詳しくて海外のファンジンとかもちゃんと読んでるんだけど日本のそういうシーンにはほとんど関わってなくて(クラストにはバリバリ関わってたのに)、ある程度の年齢で直に海外の事情に触れていた人はそういうとこを見抜いてたのかなって、今考えると思ったり。

ほとんど思い出話になってますが(笑)、ついでに当時の思い出話で柔らかい話題でも。実家に住んでた頃(10年前)「XXX」を通販しようと思ってALLMANに電話したら某店長が出て客を客とも思わないぞんざいな対応をされてすげぇ腹がたったことをおぼえています・笑。
投稿者:banchou
やべえ、俺が言いたかったこと全部言われちゃった…。笑
完璧にその通りだと思うよ。
俺は当時の年齢もあって(20代後半)、そのへんは見抜いてたし、批判もしてたけどね。
ハードコアも他の音楽も一応幅広く聴いてたし。
だから、海外のプロDIYエモシーンには凄い思い入れがあるし、はっきり言って『XXX』コンピがなかったらとっくにSxEじゃなくなってたってぐらい影響を受けてるけど、日本のシーンにはわりと苦い思い出しかないんだよな。
それは日本のニュースクールシーンについてもそうだし。
だから俺にとっての90'sハードコアってのは、完全に海外のことなんだよね。
投稿者:w
日本のDIY/エモ「シーン」っていうのは、音楽のスタイルと同時に思想とか活動のし方から対立の構図までを「スタイル」として他から借りて来て、そこに至る過程を飛ばして出来た物だから、やっぱり本当の意味でのイデオロギーっていうのは無かったと思います。当時の当事者にはそこに気付いている人もいたと思うけど、俺はそれをイデオロギーとして信じようとしてたから、俺にはこれしかないから、これ以外の音楽/スタイルは全部駄目、位は思ってた気がします。
イデオロギーを持つって事は突き詰めればソレ以外を排除するって事で、本気で信じて実行しようとしたら、対立が生まれるのは自然だし、それはもう相手の個人的な人間性がどうこうって事は関係なくて、そこで妥協したら自分を否定してしまうし、絶対譲れないモノで、結局それが起きないって事はそこまで本気じゃ無かったというか、そこまでの覚悟が有るヤツが殆ど居なかったって事なんじゃ無いすかね。勿論、本気で音楽/活動はやっていたと思うけど、ソレはまた別の話で。
日本の当時の「シーン」っていうのは勿論自分も含めて結局借りものの「スタイル」でしかなくて、対立っていう構図も結局の所「スタイル」「好み」でしかなかったんじゃないかなと。それでも、俺は思い入れも影響も凄く有るから、その「シーン」を否定はしてないんですけど。
投稿者:banchou
90年代ハードコアの本質みたいなものがあるとすれば、それは「煮え切らねえようなこと言ってんじゃねえ(やってんじゃねえ)」ってこと。
DIYエモの連中も、ミリタントヴィーガンの連中も、それぞれ半端なく思想を突き詰めてたし、それに殉じようとしてた。
EARTH CRISISのインタビューにも、Kent McClardのインタビューにも、どっちにも俺は感動したし、どっちも尊いと思ったし、それぞれに本気で向き合ってきたと思ってる。
寝ぼけたようなこと言ってられたのは、むしろそういう部分がおろそかにされて「ただの音」としてハードコアが消費されてきた日本だからでしょ。
そういう「90年代」もあったのかも知れないけど、それは俺の知ったことじゃないですね。
投稿者:banchou
ていうか最初から日本の話だけしてるわけじゃないし。
日本(特に地方、中京地区とか)はむしろ特殊でしょ。
世界的にイデオロギーの対立はあったし、それは今でも残ってるし。
投稿者:e
シーンの対立っていうのは別に殴り込んだり(笑)嫌いあってたりとかじゃなくて、DIYハードコアのイデオロギーがタフガイ/NY系と相反するものだったって事かと。海外でもHavocが体育会系のマッチョ・アティテュードを批判してたり、MONSTER XがSOIAとかCRO-MAGS批判の曲歌ってたり、そういう構図は確かにあったと思います。草の根レベルでは人的交流があっても全然おかしくないですけどね。
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