「おはようっ!」
大輔はばーんと翔の背中を叩いた。
「いってえ〜、朝っぱらから痛えな。まったくよ。」
「翔君おはよう。」
「何だよ、妙にテンション高けえな。どうかしたのか? ん? つーかお前デカくなってねーか?」
翔は怪訝な顔で大輔の横に並び、自分の頭の高さと大輔の頭を手で測った。
「気のせいか。まあ2,3日で急に伸びるわけねーよな。でもなんかお前、オーラが違うっつーか、キャラ変わってねーか?」
「まあな、キャラ変わったかもな。」
「え?なんかいい事でもあったのか? あ、まさかお前、美咲と付き合ってるとか。それで昨日なんかいい事しちゃったとか?」
「ばっばか!付き合ってねーよ。つーか、まだ口も聞いたことないってば!」
「ホントかよ。ホントだな。もし付き合ったら絶対すぐに俺に教えろよな。」
「俺はそんなつもり全然ねーよ。お前の方はどうなんだよ? たしか3組の須藤さんだっけ? 毎朝一緒に来てんだろ。」
「一緒に来てねーよ。自転車で方角が一緒ってだけ。」
「わざと遠回りしてるくせに。」
「え、バレてた? そーなんだよ。それでさ、先週さ、告ったんだよ。そしたらさ、これだよ。」
翔は可愛らしい小さなメモ紙をポケットから出して大輔に渡した。
大輔はそれを開いてみた。丸っこい文字がきれいな色のペンで書いてあった。
「ありがとう。でも今は他に好きな人がいます。だから付き合えません。ごめんなさい。」
「そうか、玉砕第1号か・・・残念だったな。」
「まあ、実はもう第2号なんだけどな。須藤さんてば、バスケ部の山崎先輩のおっかけらしいんだよな。ちくしょー。やっぱ共学は失敗かな。かわいい子はカッコイイ先輩にみんな持ってかれちゃうらしいぜ。」
「ふーん。そうなんだ。」
「お前、美咲は女子校だからって安心してんだろ。バカだなー。ウチの部活のかっこいい先輩達のおっかけの半分は隣のフジジョだぞ。フジジョは皆、ウチの先輩狙ってるって話だ。山崎先輩のおっかけにはあの美咲も入ってるらしーぞ?」
「えっ、ホントかよ!?」
「ぷっ。お前、分かりやすいな。ウ・ソ・だ・よーン。青くなりやがって。俺のブレイクハートが分かったか? かわいそうな翔君、昼の学食おごってやりたいなあって思ったろ?」
「思うわけねーだろ。自分で買えよ。」
笑いながら二人は教室に向かった。
授業中も大輔は、
「そうか、隣のフジジョはウチの先輩狙いなのか。美咲さんもそうなのかなあ・・・。」
などと ため息まじりで窓から隣の校舎を眺めて、さっぱり授業に身が入らなかった。
毎朝、バス停に向かう大輔の足取りは軽かった。
大輔が乗ったバス停から8個目、そのバス停から毎朝美咲愛が乗ってくる。
その姿を眺めてときめくのが大輔の日課となっていた。
だいたいバスの中のどのあたりに立つと美咲の姿が見えやすいかのコツもつかんでいた。
その朝、いつものように大輔が遠くからうっとりと美咲を眺めていると、ふと、美咲が大輔の方をちらりと振り向いた。
ぱっと大輔と美咲の目が合ってしまった。
美咲の大きなきらきらした瞳に大輔は目くらみしそうだった。
その瞬間、二人はさっと視線をそらせた。
「やっべー。じっと見てるのバレたかな。」
それから大輔は恥ずかしくて美咲の方を見ることが出来なかった。
翌日、またバスの中でドキドキしながら大輔は乗っていたが、その日いつものバス停に美咲の姿は無かった。大輔は落胆した。
「気付かれて避けられたのかな。やっちゃったなあ。やっぱり他に好きな人がいますってパターンかな。でもまあ、しょうがないな。こんな俺が普通に付き合えるわけはないし。これでよかったんだな。」
と、無理やり自分を納得させるのだった。
翌朝、大輔は美咲のことはもう気にかけずにバスに揺られていた。
いつものように富士見女子校前にバスが停まり、降りていく女生徒達の姿をぼんやり眺めていると、そこに美咲の姿があった。
「あ、今日は乗っていたのか!」
大輔の心は躍った。
その翌日も何事も無かったように、美咲はまた同じバスに乗り始めた。もちろん大輔の方を振り向くこともそれきり無かった。それがかえって大輔を安心させるのだった。
「ああ、よかった。たまたま休んだか、他のバスに乗っただけだったんだな。俺の気にしすぎだな。」
ちょっと物足りない気もしたが、嫌われていないと分かっただけで大輔は大満足だった。
そんな平和で平凡な日々が続き、大輔は敵のことはほとんど忘れかけてしまっていた。
「大輔、今日は土曜だ。学校は休みだろう。ウチの大学の研究室に来てみるか?」
と、条一郎に誘われた。
「あ、城北大? そうだな。どうせ俺の頭じゃとても入れっこないし、記念にいいかな。」
などと、大輔は条一郎とクルマで大学に向かった。
土曜でもキャンパスは意外と生徒が多かった。
「今日は休みじゃないの?」
「休講日でもゼミやサークルや部活はやっているからな。日曜でもけっこう生徒は来ているぞ。」
「ふーん、大学って休みの日にまでくるほど面白いのかな?」と、大輔は少しうらやましく思った。
研究室には例の3人娘がいた。
美人3人に囲まれ大輔はまんざらでもなかった。
「どうだ、大輔、キラーの気配は感じないか?」
「うん、全然。俺は感じられないのかな。それともいないのかな?」
「感じないはずはないと思う。近くにいないか、あるいはまだ覚醒していないかだな。」
「覚醒しないと感じないの?」
「そうだ。分からない。ただし覚醒すれば、数十キロの範囲でキャッチできるはずだ。」
「え、そんなにわかるの?」
「もちろんヴァンクスの個体差、覚醒のレベルにもよるが、おおよそそんな規模らしい。」
「まあ、そんなにうようよキラーがいたら大変よね。あせらなくていいと思うわよ。」
と、裕子がなぐさめた。
「そうだよね。裕子さん。」
大輔は女性に気遣ってもらえるのが、うれしかった。
「皆さん、お茶をどうぞ。」
彩が紅茶のセットを運んできた。
5人が午後のティータイムを楽しんでいると、大輔の頭の中がジーンとした。
大輔の表情が曇った。
「大輔、どうかしたのか? まさか・・・」
「いや、おじいちゃん、よく分からない。でもなんか初めての感覚なんだ。ヒリヒリってほど強くないけど、じんわり来る感じ。なんだろう?」
「覚醒しかかっている者が近くにいるのかも知れないな。」
「えっ、博士、この大学にですか?」
麻衣の顔がこわばった。
「いや、そうとは限らない。そうでなければ、いいのだが・・・。大輔、場所は感じるか?」
「うーん・・・。まだよく分からない。でもそんなに遠くって感じじゃないと思う。
「やっぱりこの大学に・・・。」
3人娘に不安がよぎった。
「まあ、とにかくウチの生徒と決まったわけではないが、警戒に越したことはない。特に女の子は一人にならないように、それらしい噂を流した方がよさそうだな。3人とも頼む。私も大学事務所に言って不審者注意の張り紙でもしてもらおう。大輔はもうあまりこの大学には来ない方がいいな。また感じたらすぐに教えてくれ。」
5人は研究室を後にした。
人気の無いがらんとした講堂にぽつんと一人残っている学生がいた。
いや、よく見ると若者ではあるが、学生ではないようだった。
彼は講堂のイスにごろりと横たわると自分の腕枕をして、足を机の上に投げ出した。
「けっ。やってらんねーぜ。もうやめようこんなバイト。人のことを虫けらにみてーに見やがってよ。」
彼は学生食堂のアルバイトだった。
「女子大生でも一発こましたろかと思って来てみりゃ、かすりもしねーとはな。クソ女共が気取りやがって。ちくしょう。」
やたらと毒づいていた
「どうせやめるんだったら、最後にちょいといい目をみせてもらおうか。散々人をこき使ってバカにして、そのくらいの権利はあるぜ。」
彼はがばっと起き上がり、ふらふらと食堂に戻っていった。
食堂の出入り口まで来ると一人の女子学生が出てくるところだった。
「お、いつもの女じゃねーか。ばっちり決めやがってよ。学校に何しに来てやがるってんだ。あれは男を誘ってるタイプだな。よーし、俺様が相手してやろうじゃねーか。」
彼はほくそ笑みながら、その女生徒の後をつけ始めた。
女生徒は駅に向かい、電車に乗り、そしてまた駅で降りた。駅前のシャレた店などを一人楽しそうにあれこれと見て回っていた。
彼はそっとついていきながら、探偵か獲物を狙うハンターのような気分を味わっていた。
やがて彼女は郊外へ歩き始めた。どうやらやっと家に帰る様子だった。
赤い夕日もあっという間に姿を消し、夕闇が迫りつつあった。
女生徒は家路を急いでいた。
丁度、新築マンションの建設現場に近づいた。休工日のようで人の気配は無かった。
男は後ろから声をかけた。
「あの、」
びくっとして女生徒は振りむいた。
「偶然だよね。こんなところでさ。」
男はなめ回す様に彼女を見ながら話しかけた。
「え、あの、すみません。どちらのかたでしょうか?人違いじゃありません?」
彼女は困惑して迷惑そうに答え、通りすぎようとした。
「おい、待てよ!とぼけんじゃねーよ!毎日見てんだろ。俺だよ俺!」
ぐいっと腕をつかんだ。
「ちょっと、やめてください!あなたなんか知りません!」
「てめー、このやろー、知らねーだと!ふざけんじゃねーよ!いつも俺のよそった飯食ってんだろーが!」
男の頭に血がのぼった。
体の奥で何かがドクンと脈打った。
「うるせぇ、こっちへ来るんだよ!」
男はフェンスを乱暴に蹴飛ばして道を開けると、女生徒を工事現場へと引っ張り込んだ。
「やめて!離して!誰か!」
彼女はもがいた。
「静かにしろ!静かにしねーとぶっ殺すぞ!」
女生徒を地面に叩きつけた。
彼女はぐったりとして意識を失った。
その姿を見下ろしながら男は、
「そうだ、本当にぶっ殺してやりてぇ・・体を引き裂いて・・・」とつぶやいた瞬間、意識が遠くなって行った。
男はどっとその場に倒れこんだ。
「うぐぐぐぐ・・・か、体が、いてえ・・・」
体をかきむしりながら、のたうち回る男。
「ぐわああああっ!」
絶叫と同時に男の周りの空間がゆがみ始めた。
甲羅のようなものが男の姿に重なって鈍く光って見えた。
バキバキと激しい音を立てながら男の姿は見る間に変形していった。
「ぐうううう・・・。」
やがて男はふらふらと立ち上がった。
そのおぞましい姿はウロコのようなものに包まれ、人間の面影は残していなかった。
キラーが鋭いツメで女生徒の腹を裂こうと近づいたその時、
「いい加減にしろ、バケモノヤロー。」
大輔の声が響いた。
「ぐえっ」とうめいてキラーヴァンクスは振り向いた。
一人の少年が近づいてくるのが見えた。
「ぐううう、ジャマ、を、するな、オマエもコロス・・・」
キラーヴァンクスが飛びかかろうとした瞬間、
少年が大きくジャンプした。
着地と同時に少年も変身し始めた。
キラーヴァンクスの動きが止まった。
「ぐうう、オマエはナンダ・・・」
「俺はバスター。きさまを倒すバスターヴァンクス・ダイだ。」
ダイは言い終わらぬ内にキラーに飛びかかった。
組み合いながら転げまわる2体。
作りかけのコンクリートの壁にぶち当たるたびに、壁に大きく亀裂が走った。
ぱっと離れ、体勢を立て直すダイ。
ふらふらと立ち上がるキラー。
どうやら自分の体の変化に慣れていない様子だった。
次の瞬間、ダイはキラーに飛び掛った。
バキッという大きな音と共に重なる2つの影。
ダイの左腕のブレードがキラーの胴体を貫いていた。
「ぐえ、え、えええ、」
キラーは低くうめきながら倒れこんだ。
キラーの裂けた体の細胞からほとばしるイド・エネルギーにダイは戸惑った。
体に電流が流れ込むようで、全身がブルブルと震えた。しかしそれは気が遠くなるほどの快感でもあった。
初めておそわれる感覚の奔流にダイはめまいがするほどだった。
がっくりとひざをつくと、ダイは人間の姿に戻った。
「大丈夫か?大輔!」
条一郎と裕子が駆け寄った。
「うん、大丈夫。何とか勝ったよ。だけどなんかスゴい感覚なんだ。おかしくなりそうだ。」
「そうだろう。じきに慣れてくるはずだ。さあ、家に帰ろう。」
条一郎は大輔を抱え起こした。
「博士、私は警察に連絡します。それまでここで女の子の様子を見ますから、お二人はお帰りください。」
裕子は女生徒に駆け寄ると介抱し始めた。
怪我が無いことを確認すると、携帯を取り出し、警察に通報した。
「おじいちゃん、キラーはいいの? 死体が警察に見つかっちゃうんじゃ。」
大輔は心配そうに尋ねた。
「心配ない。ほら。」
条一郎が指差す先には大きな灰のかたまりがあるだけだった。
「え、あれがさっきのキラー?」
大輔は驚いた。
「死ぬと灰になってしまうのか。まるでドラキュラみたいだな。」
「まあ、そんなものだ。ドラキュラもヴァンクスだったのだろう。さあ、立てるか大輔、行こう。では、斉藤君。後は頼んだぞ。」
2人が工事現場から歩き出そうとしたときに、遠くパトカーのサイレンの音が響き始めた。
(続く)

1