かつて何度か国会に提出され、その度に物議を醸して廃案になっていった「共謀罪」法案が、先月再び国会で提案され議論となっている。
基本的にはこの法案、「国家の枠を超えた犯罪組織による様々な活動」すなわちテロ・スパイ・他工作活動や、犯罪シンジケートによる一国の法律を潜り抜けるような巧妙な犯罪に対して網を被せる……という、国際的な流れに準拠する形での批准・法整備が臨まれているものである。
そして、日本国内に限っても、国家の枠を超えた犯罪や犯罪集団によるテロ行為などにおいて十分な防犯・捜査・検挙が為し得なかった過去の事例がある。そのいくつかを踏まえ、国際的組織犯罪の防止と合わせてより早い段階での抑止を可能にする……というのがこの法案のお題目ということになる。
しかし、その内容や運用に関して、疑問や危惧が呈されているのも確かである。犯罪取り締まりに関する範囲の拡大が含まれる内容だけに、運用を誤れば危険なことになる以上、それは必要な議論であろう。
以下に、私なりに触れてみようと思う。
まず、最も大きく取り上げられる問題点は以下の通り。
○「組織による犯罪」における「組織」の範囲があいまい
○対象となる犯罪が600を超える膨大な数にのぼる
○共謀行為を証明する手段が極めて限られる
まず一点目。
共謀罪法案で言う「組織」とは、端的に言えばオウム等カルト集団・指定暴力団・過激派などのものから、国外マフィア・アルカイーダ等テロ組織・外国スパイ組織など、日本の警察だけでは対処が難しかったり、国内法による罪状適用を逃れやすい犯罪および組織をまず想定している。
現時点で、たとえばアルカイーダのテロ共謀が行なわれている事を突き止めたとしても、命令書やテロ計画の記録などが事前に発見されない限りは任意捜査以上のことはできず、計画を防ぐことも計画者達を検挙することもできない。
これを「北朝鮮の諜報員に工作指示を受けた国内の市民団体」とか「ロシアのマフィアと手を組んだオウム上層部」とか「中国シンジケートと協力関係にある指定暴力団」とかに言い換えても同様である。現行法ではこれらすべての組織形態に万能な当てはめをするのは難しく、(破防法でも適用すれば別だが)「国際犯罪の防止・検挙」には限界があるのである。
そのため、様々な組織形態をとる犯罪集団に対応するためにはある程度「範囲を広く取る」ことはやむを得ない。
しかし、それがあまりに恣意的な活用を許してはまずいのは言うまでもない。「飲み屋で冗談混じりに同僚と上司を殴ろうと話し合って盛り上がった」だけで「組織的共謀」などと認定されたら笑い話にもならない。
とはいえ、これは事実上不可能な話ではある。
「同僚と話し合った」だけで、この社員2名を「犯罪行為を相談し計画することを主とする組織」と認定することは不可能だからである。
よく引き合いに出されているものだが、「マンション建設反対運動の座り込み」や「行政の政策に反対しての抗議デモ」や、「税金を低く抑えるための税理士への相談」などが「共謀罪」に問われることも、同様に不可能なのである。
これらの行為が「主として犯罪行為を相談・計画する組織」として行なわれていると証明するためには、他にも恒常的に別途犯罪行為の計画・実行などの前歴がなければならない。そして、普通は「ちゃんと届け出た上での座り込みやデモ」や「節税のための専門的相談(適法な範囲)」は違法行為ではなく、よって犯罪行為でもない。当然に「共謀罪」の対象となる600余の犯罪にも引っかからないし、「犯罪行為を主とする組織」として認定もされるはずがないのである。
2点目。
現在、共謀罪の対象範囲は「懲役4年以上の実刑」をその範囲に含める犯罪全て……ということになっている。
法律官僚らしいカテゴライズの仕方だとは思うが、しかし今や刑法だけにしても「犯罪と量刑のアンバランス」や「実態に合わない犯罪、想定されていない犯罪」が少なからずある。このカテゴライズはあまりに無思慮すぎると言うべきだろう。
また、通常の国民が600以上にのぼる関連犯罪をすべて自力で把握するのは困難である。面倒であろうが何であろうが、「共謀罪の適用される犯罪」についてはすべて共謀罪の法律側に網羅すべきである。
実際、インターネット上でも
こんなサイトが作られている。一般の人に出来て専門たる法務官僚にできないはずはない。
これぐらいの法律を網羅して、不適切またはそぐわないものを除去するくらいの苦労はして然るべきであろう。結果として世論を喚起し、「この犯罪の量刑はおかしいのでは?」という話にもなっていくかもしれない。
最後の3点目。
共謀行為そのものを「立証」するためには、ある意味で通常より困難なハードルが想定される。
そもそも「実行されていない時点」なのだから、相談や計画などの「証拠」が必要になる……それらを持ち合わせているのは、だいたいの場合「内通者」ということになるだろう。
これをもって、「密告社会への道だ」と批判する向きも少なくない。
だが、共謀罪は「事実認定されたら即有罪」などというものではない。ちゃんと裁判所の逮捕状請求を経て、証拠を揃えた上で裁判を経由して初めて有罪が確定するのである。密告したとされる人物も、(報道規制はありうるかもしれないが)裁判においては証言をすることが必要となる。「証言者不明」では裁判にならないのだ。
また、「ありもしない罪をでっちあげて他者を陥れる」のもほぼ不可能であるのは言うまでもない。1点目で述べたように、「組織的な犯罪行為の相談・計画」という要件を一般の国民が(意図せずに)満たすのはかなり困難である。
中には、
>入会するまで人を帰さずにおこうとサークルで相談すれば、
>「逮捕・監禁」の共謀罪の疑い
というようなものもあるが……まあ、個人的には「それ普通に訴えられれば捕まるだろ」とも思うが、それにしてもそういった「逮捕・監禁」行為が常態化していない限りは「犯罪行為を主として行なう組織集団」と認定されるにはあまりに足りない。
2点目で挙げた
このサイトに列挙された罪名についても、大半は「それ普通に重大犯罪だし」というか、一般国民が冤罪を恐れるような類のものはほとんどない。
ごく一部にやや危ういものはあるが、それこそ必要性を吟味して適用外にしてしまえばいいだけの話である。
なお、上記リンク先の事例についても一応ツッコミを入れておく。
>◆原発事故に抗議するため東電を取り囲もうとか、
> (中略)相談したり、確認すれば
>→組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する
> 法律(平11法136)違反
第3条8項を指していると思われるが、上記のような抗議行動は「業務を妨害」した実体的損害がない限り威力業務妨害にならないのが判例である。(囲むだけでなく職員に暴行したりすればまた別だが)
>◆パレスチナ民衆を支援するためカンパ・寄付を
> 集めようと相談したり、確認すれば
>→公衆等脅迫目的の犯罪行為ための資金の提供等の
> 処罰に関する法律(平14法67)違反
この法律は「犯罪組織への資金提供」を罰する法律だから、どう考えても「難民支援のカンパ」では該当しない。(名目を偽装してテロ組織に送金していて、受け取る側と支払う側の双方がそれを承知していればまた別だが)
この記述者は「パレスチナ国民=テロリスト」という認識らしいが、それはそれで差別では無かろうか。
>◆平和のために自衛隊や米軍の兵器など壊してしまえば
> よいとか、(中略)相談したり、確認すれば
>→自衛隊法(昭29法165)、
> 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び
> 安全保障条約代6条に基づく施設及び区域並びに
> 日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の
> 実施に伴う刑事特別法(昭27法138)違反
「お前は過激派か」
……それはさておき、普通に考えて「自国や他国の軍隊に攻撃を加える」のは代表的な反政府テロ活動である。「人を殺して何が悪いの?」という発想にやや近いものがあり、冗談であっても周囲が即座に窘めるべきであろう。
もちろん、1点目で示したように「冗談で盛り上がった」程度では犯罪要件を満たさないわけだが。
>◆税金が重いので軽くする方法はないかと相談したり、
> 確認すれば
>→地方税法(昭25法226)、相続税法(昭25法73)違反
「軽くする」のは何も脱税だけではない。
控除を受けられるかどうか調べたり、優遇措置を申告できるかどうか調査するのも立派な「相談」である。
もちろん、明確に「脱法行為による脱税」を相談したら普通に犯罪への道であるのは言うまでもない。
ここまで述べたところで、私の法案に対する見解もだいたい予想がつくのではないだろうか。
私個人は、上記に記した問題点(対象となる犯罪があいまい)さえ解決できれば、共謀罪そのものの新設には
賛成の立場である。
「組織的共謀」という要件を満たすのは、一般人にはそれだけ難しい。これによって普通の国民とそうでない「プロ市民」の区分けも進むだろう。
また、ありもしない
「差別」を捏造することができる上、密告者が表に出なくても罪状が認定され成立することも十分に可能な
人権保護法案とは、その危険性において(特に
冤罪発生・言論弾圧の可能性)雲泥の差がある。
ちなみに、この法案を「現代の治安維持法」と呼ぶ向きもある。
正直「勉強してないのかな」とも思うが、簡単に反証しておこう。
・治安維持法:
1925年法は左翼過激活動家を対象とした取締法
1928年改正法は結社所属有無を問わぬ適用範囲の拡大
1941年改正法は厳罰化・裁判手続きの省略を可能に
また、恣意的運用や予備罪での拘禁権限も追加
・共謀罪:
組織的犯罪を対象とした取締法
組織に所属していることが構成要件
予備罪的立件はできるが厳格な裁判手続きは必須
治安維持法ですら当初はテロリストまがいの共産活動家を取り締まるための大事な法律だった。改正及び運用の恣意化によって悪法となってしまったが、現在に当てはめれば「オウムテロや北朝鮮拉致を取り締まる法律」とでも言うべき位置付けだったと言えよう。
歴史を識らずして正しい認識無し。
もちろん、主旨が歪められ悪用されればいかなる法律も弾圧のための手段となりうる。そのためにも、厳格な運用と対象範囲規定の明確化は必要不可欠である。
この法律をスパイ・テロリスト・反日犯罪工作員への切り札とできるか、はたまた国民を弾圧する悪魔の手としてしまうか。国民のしっかりとした意識が問われるだろう。
……少なくとも、「アメリカに金を払うのも自国国防戦力を整備するのも嫌だ、選挙にも興味ない」などという物言いをしている場合ではない。
危機はすぐ隣りに迫っているのだ。いや……すでに「危機」の犠牲になった人々は、戦後に限っても大勢居るのだ。
平和憲法は日本を守ってなどいない、その事は拉致被害者の方々や上海領事館領事などが身をもって証明しているのである。
猶予は、もうあまり多くは残されていないのだ。

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