北朝鮮との「日朝協議」は目立った進展無く、いくつかの確認事項といくつかの問題を増やしただけで終了した。
その中で、北朝鮮が拉致問題関連で新たな言いがかりをつけて交渉カードにせんと目論んでいるようである。
解決に向けて、拉致実行犯(特に「辛光洙」容疑者)の引き渡しを求める日本側に対しての反撃のつもりか、中国などで脱北者支援活動を行なっている民間活動団体(NGO)の関係者7人を名指しし、北朝鮮の刑法に触れるとして逆に引き渡しを求めてきた、というのである。
論外もいいところの暴論であり、即時反証してしかるべき主張である。
だが、どうやら日本側はこの新カードを無効化できずに交渉を終えてしまったらしい。後から見てみれば、かなり痛い失策である。
「
時事ブログ「グースの勿忘草」」においても、
当該テーマを扱った記事のコメント欄において是非問題に関する議論が為されている。その延長及び総括として、ひとつまとめようと思う。
まず、この問題の重要な点は「北朝鮮の主張の一部が、日本の主張をトレースした模倣的反撃になっている」という点であろう。なまじ外形的に同一の主張であるため、迂闊な反論は揚げ足を取られてしまう。
(日)北朝鮮内の拉致実行犯容疑者を日本に引き渡せ
(北)日本内の脱北行為支援者(国家転覆陰謀罪容疑)を北朝鮮に引き渡せ
要するに拉致と脱北者支援を同列の「国民誘拐行為」であるかのように歪め、それを根拠に無理難題を叩き付けて拉致実行犯に対する防壁とする、姑息な手段である。
もちろん、近代国家唯一の「他国国民の国家的・組織的拉致誘拐及び工作員化」という重犯罪である北朝鮮の拉致が、北朝鮮からの脱出難民の支援・第三国移動等の活動と同一であるはずがない。そんな破綻した理屈が通じるわけもない……はずであった。
ところが、交渉過程で日本側は痛いミスを犯した。
北朝鮮側の荒唐無稽な主張に対して、「
自由を求める人を犯罪者扱いすることは、問題外だ」とのみ対応。事実上「門前払い」したらしいのである。
完全に北朝鮮の思惑にはまった、と言ってよいだろう。北朝鮮はまさに「門前払い」させることが目的だったのだろうから。
すなわち、「日本が門前払いしたのだからこちらも門前払いするぞ」という論法で拉致実行犯引き渡しを拒む作戦に出たのである。そして今のところ、それは大成功を収めてしまった。
ここで「その2つは同一ではない」と後から言っても、まさに後の祭り。北朝鮮にとっては「主観的に同一」であればそれで事足りるのである。(明確に同一でないという「客観的な証拠」があれば別)
「グースの勿忘草」
該当エントリーにおいて「北朝鮮の主張が外交カードとして有効だ、とする事こそが「北朝鮮の思惑に乗る行為」である」として、上の主張を批判する方がおられた。(コメント欄でのハンドル「mei」で、以下呼称させていただく)
・今回の「引き渡し要求」も「日帝の強制連行は拉致」説と同様のプロパガンダに過ぎない。門前払いは正解
・グース氏の主張は北朝鮮の「引き渡し要求」を正当化するものだ
mei氏の論はこのような感じの主張であるように思う。
私の賛同したグース氏の「門前払いは失策だった」説とは真っ向相反する見解だが、これについて数度のコメントでのやり取りをさせていただいたものの、納得はしていただけなかったようである。
いくつか誤解されたままの部分もあるようなので、それらの点については以下に整理して誤解を正しておきたく思う。
問題となる北朝鮮の論法の論拠は以下の3点である。
・脱北行為支援者は北朝鮮における犯罪者である
・脱北支援は拉致と同等の行為である
・よって北朝鮮側の拉致実行犯引き渡し要求とNGO関係者7名の引き渡し要求は等価である
論外なのは言うまでも無い。
だが、「論外である」の一句だけで北朝鮮が無理を引っ込めるはずも無い事もまた今さら言うまでも無い。北朝鮮に「難民発生の責任」はおろか「国民の生存権尊重」についての責任感さえ欠片も無いのは言わずもがな、そのような常識論のみでは北朝鮮はカードを引っ込めはしない。
mei氏の指摘や反論は、この点を失念していると思われる。
そこで、私が提案したのは「北朝鮮に代わって、日本がその論拠を論破する挙証を果たしてしまえばよい」というものである。
まず、「脱北行為支援者は北朝鮮における犯罪者」という主張については1点を確認すればよい。
・該当NGOが「北朝鮮で明確な潜伏・活動をしているか」
北朝鮮の主権範囲を越えて脱出した脱北者の保護活動であれば、これは「広義の難民」に対する人権面での保護活動にあたる上、北朝鮮国内に規定される刑法は効力を及ぼさない。
だが、国内に潜伏して工作活動をしたりその指揮を取っているような実態があるとしたら、これはいかに相手が人権無視の独裁国家であれ「国際法的に見て国権の侵害」になりうる。ここは早急に確認しておくべき事項であろう。
活動紹介やその規模を見る限りでは、これらNGOはあくまで中朝国境を越えた人々への支援に留まっているようである。これであれば北朝鮮の論拠の一つは崩せるので、そうである事を願いたい。
次に「脱北支援は拉致と同等の行為」という主張だが、これは今まで保護した脱北者達にスパイが多く含まれていない事を願うしかない。自称・脱北者達が口裏を合わせて「実は我々はNGOに脱出を強制された」などとやられたらアウトである。(おそらく無いとは思うが、最近の韓国等の情勢を考えると油断は出来ない。元脱北者に北からの接触が無いとは言い切れないからだ)
ただ、少なくとも北朝鮮の拉致行為はすでに国連等でも「国家犯罪」のコンセンサスが取れている。一方、NGO側の活動が事実上の難民支援の範囲である事を強調さえすれば、国際法的にも北朝鮮の主張を崩すのには十分だろう。
そして結論部分「北朝鮮側の拉致実行犯引き渡し要求とNGO関係者7名の引き渡し要求は等価」に関しては、上記2点の反証をもって「脱北者達は実質的な政治難民であり、その支援は国家転覆陰謀罪にはあたらない」と主張すればよい。それでも文句を言うようなら「では国際刑事裁判所でお互い争いましょうか、もちろん関係者や容疑者もお互い出廷して」でほぼ封殺であろう(金正日が出廷などできるはずがない)。
あとは日本から「まだか、まだか」と圧力をかけるだけで済む。「カード」を取り戻せるのである。
なお、mei氏はグース氏の主張を「NGO関係者引き渡しの要求は正当だ、という主張」だと誤認識している節がある。
(以下、グース氏コメント欄主張を引用)
北朝鮮が自国刑法に違反した容疑で、NGO関係者の引渡しを求める事は不自然でも妄言でもなく、外交手段として正当な行為である。日本国としては、容疑の内容を確認して、引き渡すかどうかを決めるべき問題となる。
(引用ここまで)
この部分の「外交手段として正当な行為」という文言に対して「正当などではない」と反論しているわけだが、これは認識の不備であろう。まさにそこ(北朝鮮としてはともかく、客観的に正当かどうか)の証明が必要だ、というのがグース氏の論なのである。
「自国刑法違反容疑で」「容疑者の引き渡しを要求」する、というロジックは今回の日本側の主張も同一である。問題になるのは、「その罪状認定が正しいかどうか」に尽きる。
北朝鮮の拉致実行犯の一人とされる「辛光洙」容疑者は、犯罪の成立要件もすでに金正日自らが認めており、また辛光洙自身の口からも拉致被害者の証言からも「容疑がほぼ確定」されている。北朝鮮の拉致犯罪は、ほぼ存在が確定している(あとは人数や規模の問題)。
一方、NGO関係者についてはそもそも「北朝鮮の主権範囲での罪状かどうか」すらはっきりせず(おそらく違う)、またその罪状認定も極めて恣意的なもの(自国に不都合な政治的活動=国家反逆罪、のような短絡)と思われる。
それらは現在ある状況証拠だけでも論破可能なものであり、無策に「自由を求める人を犯罪者扱いすることは問題外」などという「北朝鮮の主権無視」的論法で門前払いしてははなはだまずかったのである。
「その引き渡し要求は〜という理由により不当である」、とこちらが立証してやり、北朝鮮に立証責任を常に課し続けることが必要だったのである。それをしていない以上、次回協議はわざわざそこ(引き渡し要求の不当性を指摘)からスタートすることとなり、大幅な進展はまず望めない。手落ちではある。
また、コメント欄にてmei氏から「(タマネギ愛国者の)北の今回の引き渡し要求がカードになるという考えが、そもそも錯誤」とのご指摘をいただいたが、それは私の主張とは違う。
私は(そしてグース氏の主張の骨子は)、「北の要求を不用意に、立証を省略して門前払いしてしまったのが問題だ」「文言を一部撤回し、早急に立証・反証せよ」と述べているのである。
今からでも、北朝鮮の要求について公式に「それは〜という理由により不当であり、認められない」「一方、こちらの要求は事実関係に基づく正当な要求だ」と相手に突きつけるべきである。
相手は、いかなる捏造をも苦にしない。
それを相手するのであるから、こちらはその主張すべてを論破できる最低限の材料を備えておかなければならない。
逆にそうすれば、今度は北朝鮮側が(日本の反証に対抗するためには)自らの挙証責任を要求されて立ち往生するのである。
こちらをmei氏当人がご覧になってくれる保証は無いが、このような説明で納得してもらえれば有り難い。
もともと、「北朝鮮の主張が馬鹿馬鹿しい」という観点では一致しているのだから。
その「馬鹿馬鹿しい」ものさえも、反証していちいち論破しなければならないのが日本のつらい所ではあるが……相手は、そういう国なのだ。

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