小泉首相は、総理大臣就任以来「政局の男」と呼ばれている。
いかなる政治課題も、時にひらめき、時に丸投げ、時に世論を傘に着て、等の様々な「豪運」で逆境をも乗り切ってきた。
また、サッカー2002年ワールドカップあたりから国民に浸透し始めた「特定アジアの異常性&それらに媚びる政治家・官僚・業界リーダー・マスコミ」の存在に対する明確なアンチテーゼとして、靖国神社参拝が異様にクローズアップされて逆に特定アジア側のおかしさが浮き彫りとなったり……などのこれまた「強運」も手伝い、高い人気を保ち続けたことにより、政界内での権力闘争でも常に他を圧倒してリードすることができてきた。
しまいには、数十年来の悲願としてきた郵政問題について「逆政局」に持ち込み、対立相手すべてが勝利を予感するほどの「郵政選挙」という無謀策に打って出て圧勝を収めるという極めぶり。
しかし、彼の政局力もやはり無謬ではなかった。
それが皇室典範問題において、少しずつ明らかになってきたかもしれない。
かの「有識者会議」が、はじめに皇統断絶ありきの識見の欠片すらない結論を発表して以来、小泉首相は異様なまでに「女性天皇の容認」および「女系男子&女系女子の皇位継承容認」について積極的な態度を取り続けた。
最も象徴的だったのは、議論伯仲の最中である1月26日、首相がかの「有識者」メンバーらと首相公邸で会食したニュースでの一節である。
小泉首相は、有識者の面々に対して「今国会で成立させる。安心してください」と明言したのである。
これほどに彼が、世論の支持と無縁の小規模な「ブレーン」に対して己の政治力を誇示した発言を、私はこの数年聞いた覚えが無い。
たとえ己が登用した切り札にさえも、時として冷淡にさえ思える発言をすることがある小泉首相の政治手法からは、このような発言はまったく考えられない。
すなわち、かの「有識者会議」に対して、小泉首相は己の政治手法すら覆してやまない程の全面的支持をしていることになるのだ。巷では数々の識者や皇室関係の研究者、はては皇族自らすらが疑問を投げかけているその「結論」に。
これ程の……小泉首相の政治手法をも曲げさせるほどの「妄信」めいた支持は、いったいどこから来るのか。
その割に、皇室典範改訂案についての彼の理解は薄い。
「女系天皇を認めない議論は、仮に愛子さまが天皇になられた時に、そのお子さんが男でも(天皇への即位を)認めないということ。それを分かって反対しているんですかね」
分かって反対しているのである。
まさに天皇家は「女性天皇・女性皇族の子」が男系(=夫が男系男子)でない場合に、その即位を認めて来なかった歴史をもって日本の最高権威の位置にあり続けているのだ。
「(皇室の意向は)有識者会議で聞いておられると思う。直接ではなくても。賛成、反対を踏まえての結論だ」
その「有識者会議」座長・吉川弘之は過去にこう述べている。
「(皇族方の)意見を聴く考えは全くない」
「意見を聴くことは憲法に反する」
「聴いてはいけないという政府の判断だった」
議事を進行する座長がこのようなスタンスである以上、まして「憲法違反」とまで言い切る以上、「皇室の意向を聞いたと思う」という首相の「見解」は明らかに間違いであるといえる。
ではなぜ、このような間違いを堂々と口に乗せたのか?
ここから先は想像である。
根拠はまったく無い。
おそらく、小泉首相は「皇室は女帝及び女系即位を望んでいる」という情報を、かなり信頼性の高い(はずな)ルートから聞き及んでいたのだろう。
その頭があるがゆえに、諮問のため集められた「有識者会議」においても「自分の承知しているレベルの話は通っているだろう」という先入観があったのかもしれない。
座長自ら否定してさえいるのに「(有識者会議では)皇室の意向を聞いたと思う」と発言するのは、つまり「自分は知っているんだから自分と同じ結論の人達もそれとなく知っているに違いない」と考えたからではないだろうか。
そして、それは「有識者会議にも情報を流せる立場の人間」からの情報として首相に伝わった可能性を想起させずにはおれない。
有識者会議、首相、そして皇室。
この3点すべてに公的に堂々と接触できる機会があったのは、たった1つの立場しか存在しない。
宮内庁次長。
羽毛田信吾、及び
風岡典之、両氏である。
(有識者会議の開催中に交代した為、2名となる)
彼らより下のレベルで、首相に「陛下や皇室の御意思」を直言できるような重大権限者があろうはずはない。
彼ら以上に、「皇室の意向」を有識者会議にツーカーで伝えられる機会の多かった高役職者はいない。
今回の皇室典範問題を水面下で10年近く検討し続けてきた「官僚トップの内閣府&官房」が、元内閣官房副長官等とのコネクションで「他省庁からの出向官僚が多くなった宮内庁」に送り込んでおいた「自軍のコマ」から、望ましい「御意思」を作り出してリークさせた……という陰謀論さえも成り立たぬとは言い切れない。
(
過去エントリーで「内閣官房(=官僚組織のアタマ)の怪しさ」については触れている)
過去に小泉首相が、自発的に「愛子様のお子様が即位云々」という危惧を発したことは無いと思う。寡聞にして聞かない。
つまり、彼にとって皇室の継承問題は「長年の課題」でも「信条に基づいた義務感の行使」でもない、もっと狭い時間軸での現実的な課題なのである。
自身の政治手法と異なるやり方が、通用すると思わせてしまうほどの。
小泉首相は「政局の男」である。
その真骨頂は、時の「趨勢」を決して見誤らないこと。
言い換えれば、その時必要とされる「支持される最高の価値観」がどこにあるのか、また逆に「支持を失わないぎりぎりの自説強行」がどこまで可能なのか、それを鋭敏に(おそらく半ば無意識に)察知する能力であろうと思われる。
その時代ごとの「権威」の盛衰に鋭敏、ともいえる。
彼が「世論」を支持母体にのし上がれたのも、靖国参拝で最低線を譲らず参拝を繰り返せたのも、郵政法案を選挙まで仕掛けてゴリ押しできたのも、その時々に色々な方策でもって「納得」させる力、すなわち主張の「権威」を維持し続けたためである。
時には敵失だったり、時にはワンフレーズの周知だったり、時には結果論の転がりだったりはしたが……
そして、この皇室典範問題。
皇位継承に関わる問題において、彼は完全に「流れを見誤り」つつある。未だに「女帝」「女系継承」については諦めていないとも聞く。
それだけ、今までに刷り込まれた「女性の即位・女性天皇の子の即位を認めぬ限り天皇家は断絶する」という意識が強く残っているのだろう。有識者会議の間違った結論が、今や彼自身の主たる信念にさえすり変わった印象がある。
その根拠もまた、有識者会議の結論などではなく、もっと確固たる「権威」にあるのだろう。
そして、この日本で、天皇家に関して「国民」や「専門家」や「皇族」などを凌駕できる「権威」の持ち主は……ただお一方しかおられない。
ただ、その「権威」たる存在が自ら小泉首相に……いや、誰に対してであれ「〜のようにしてほしい」と仰ることはあり得ない。憲法違反の可能性が出ることもあるが、何より今まで「そのお方」から「極めて微妙な案件に対して極端に一方に寄った決着を希望する」といういかなる御意思も出された事が無い。そのようなことが第三者から仄めかされた事例もあったが、すべて虚偽であった。
よって、小泉首相がこの「権威」を後ろ盾に強気を崩していないのならば……「それは本物ではないよ」、の一言あるのみである。
さしもの小泉といえど、ご皇室に絡んでは真贋を見極められずに政局を見誤った……という事であろうか。
以上、私の想像のみを元にいくつか述べた。
無論、私の想像をはるか超えて「小泉首相が男系皇統の断絶を確信をもって推し進めている」という可能性も無いわけではない。
だが、それにしては彼の関連発言は無知に過ぎる。
どう贔屓目に見ても、「イギリスだって女帝なんだから日本だってそれでいいじゃないか」レベルの理解でしかないように思う。
ともあれ、小泉政権の行方はともかくとして、これに伴う小泉死に体化により反日的利権勢力が巻き返したり、あまつさえ小泉首相のつけた道筋を承継せんとする麻生・安倍ラインのまさかの脱落などがあってはならない。
せめて晩節を汚すな、という心持ちに尽きる。
彼が最後の引き際を誤れば、それはその後をリレーする(期待が寄せられている)麻生・安倍ラインにいきなり負債となって背負わされるのだから。
河童の川流れ、ではないが……
やはり郵政政局で自信が過信となり、慢心したのだろう。伝家の宝刀は二度抜けない、という教訓は頭に無かったようにも思う。
これでなお、国論二分のまま法案提出にこだわれば……その時こそ、彼の命運は尽きるだろう。
奇跡は、二度起こりはしないのだ。

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