橦木倶楽部通信第4輯

橦木倶楽部を拠点に、文化のみち全域のネットワークづくりを目指します。

 
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投稿者:masa
たくさん好きな詩がありますが、本当に自分の今の姿に警鐘を鳴らしてくれる詩に惹かれています。

「苦しみの日々 哀しみの日々」
哀しみの日々
それはひとを少しは深くするだろう
わずか五ミリぐらいではあろうけれど
     
さなかには心臓も凍結
息をするのさえ難しいほどだが
なんとか通り抜けたとき 初めて気付く
あれはみずからを養うに足る時間であったと

少しずつ深くなってゆけば
やがては解るようになるだろう
人の痛みも 柘榴のような傷口も
わかったとてどうなるものでもないけれど
      (わからないよりはいいだろう)

苦しみに負けて
哀しみにひしがれて
とげとげのサボテンと化してしまうのは
ごめんである

受けとめるしかない
折々の小さなとげや 病でさえも
はしゃぎや 浮かれのなかには
自己省察の要素は皆無なのだから

          詩集「倚りかからず」より
投稿者:花散里
今朝、masaさまのブログを見て訃報を知りました。
何年か前に『自分の感受性ぐらい』を読んで以来のファンでした。『わたしが一番きれいだったとき』も衝撃を受けました。中途半端で甘やかな言葉が氾濫している現在、自分の信条がぶれることなく貫かれた多くの詩は、こころに響きます。
自分を甘やかしたり、言い訳したいとき、読み返して叱られています。この歳になると叱ってくれる人もいなくなり、さみしく感じております。

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