2019/7/31

訃報:Art Neville 1937-2019  ニューオーリンズ

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Art Neville with George Porter, Jr. (2004)
Photo by Masahiro Sumori. All rights reserved.

ミーターズ、ネヴィル・ブラザーズなどで活躍したキーボード奏者、アート・ネヴィルが6月22日、ニューオーリンズの自宅で亡くなりました。81歳でした。

ニューオーリンズでは先月からドクター・ジョン、デイヴ・バーソロミュー、そしてこのアートと訃報続きです。

ニューオーリンズではありませんが、6月10日にはラファイエット在住のギタリスト、リル・バック・シネガルも75歳で他界しており、ルイジアナは馴染み深いベテラン・ミュージシャンを短期間で相次いで失ったことになります。

アートは2000年頃から背中の手術に加えて、脳卒中で体調を崩し、一時期はステージに上がるのも厳しい状況に陥りましたが、その後も不屈の精神で活動を続行。2007年にはファッツ・ドミノのトリビュートのトリビュート・アルバム「Goin' Home」に参加。来日も度々しました。(ファンキー・)ミーターズ、ネヴィル・ブラザーズをあわせて計10回以上来ています。

2014年にファンキー・ミーターズが来日した際、短い時間ながらインタビューすることができました。非常にゆっくりとした口調ではありましたが、「プレイできなくなるまでプレイし続けるよ」と語っていたのが思い出されます。

そんなアートだから、昨年末引退を宣言したのは本当にプレイできない状態だったんだろうなと思います。

1954年、ホーケッツのメンバーとして”Mardi Gras Mambo”でデビュー。そのキャリアは60年以上に及びました。”Mardi Gras Mambo”は今でもニューオーリンズではマルディグラ祭のテーマ曲として愛されています。

1960年代にザ・ミーターズを結成しニューオーリンズ・ファンクの礎を築くサウンドを展開。1977年にミーターズが解散すると、チャールズ、アーロン、シリルの3人の弟たちとネヴィル・ブラザーズとして活動するようになりました。80年代後半ごろからはミーターズも再始動し、二つのグループが平行して活動するように。アートの活躍の場も広がったのでした。

2005年にハリケーン・カトリーナでニューオーリンズが被災したあとも、ネヴィル・ブラザーズの中で唯一市内に残り続けました。やはり故郷がそれだけ好きだったんでしょうね。

これまでの体調を考えれば、81歳になるまでよく頑張ったというべきなのかも知れません。でも、寂しいです。ゆっくりお休みください!
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タグ: ファンク R&B NOLA



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