2018/10/4

Otis Rushの訃報に接して  ブルース

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取材の際、僕が初めて購入した彼のLPに
サインをしてもらいました。これは未だ家宝です。

なんと言ったらいいのか、言葉が見つかりません。

ブルース・ギタリスト/シンガーのオーティス・ラッシュが9月29日、亡くなりました。翌9月30日に公式サイト (otisrush.net)で発表されています。死因は2004年ごろ発症した脳梗塞の合併症とのことです。83歳でした。

個人的には、ブルースにのめり込んだ高校生の頃、最初に熱中した人のひとりでした。それから30年以上、初心は変わりません。「大好き」、「お気に入り」、どのような言葉を使っても、僕には軽すぎるように感じます。それほど、惚れ込んだ存在でした。

もうステージに立たなくなって14年が経ち、オリジナル作品も20年という長い間出ておりませんでしたが、それでも彼が亡くなったというニュースは、まるで奈落の底に突き落とされたように僕の心の奥底に突き刺さりました。悲しい、もうそれ以外の言葉が見つかりません。「エリック・クラプトンにも影響を与えた」、「レッド・ツェッペリンも彼の曲を取り上げた」など、ニュース報道には、そのような偉大さを説明する言葉が並びます。確かにその通りなんですが、そんなことは置いといても圧倒的な存在感を持ったブルースの巨人でした。ぽっかりと穴が空いてしまったその喪失感は半端ないです。

1950年代後半、シカゴのシーンから登場したオーティス。リード・ギターをメインに据え、マイナーキーを多様した彼のスタイルは、ウェストサイド・サウンドと呼ばれ、シカゴ・ブルースに新風を吹き込みました。1956年から58年の間にコブラ・レーベルに残した16曲は、いまだにブルースの金字塔として、多くの人に愛されています。
彼についてもっと知りたい方は、こちらのバイオをご覧ください。

オーティスは、演奏のムラが激しかったことがよく知られています。乗っているときは素晴らしい演奏をするのですが、そうでないときはまるで別人。その落差にビックリした人も少なくないのではと思います。

かなり前の話になりますが、1986年、ブレイクダウンとのジョイントによる久々の来日公演が実現。東京では12月4日の渋谷LIVE INN(1日2回公演)、12月12日の九段会館の計3回の公演がありました。九段会館の演奏はライヴ盤「Blues Interaction - Live In Japan 1986」でCD化、LIVE INNの1部は当時FM東京で放送されています。いずれも内容はベストとは言えなくもまずまずでした。

僕が見に行ったのは、その2公演の間にあたるLIVE INNの2部。この回は全く様子が違っていました。オーティスは完全に緊張の糸が切れてしまったようで、演奏は空回り気味。それを打ち消すように、やたらと”let me hear you say yeah!”を連呼し、いつ終わるかもわからない、曲名もわからないスロー・ブルースに突入しました。10分、20分とひたすら演奏が続き、ギターの近藤房之助はさすがにもういいだろうと思ったのか、締めのフレーズを弾きだしたものの、当のオーティスは困惑の表情を見せ、さらに強引に演奏を続けました。その1曲だけで30分はやっていたと思います。

あのセットがレコーディングされていたのかは知りませんが、もし前述のライヴ盤やラジオ放送用の音源としてあのセットしかレコーディングされていなかったとしたら、きっとリリースは中止となっていたのではと思います。

同じツアーの中でさえも、それだけムラが出てしまうオーティスの演奏。それは彼の精神的な繊細さや正直さゆえなのでしょう。自分の心に正直な演奏を展開していたからこそ、精神状態が良くないときは痛々しいほど、それがそのまま演奏に出てしまったのだと思います。その反面、調子がいいときの演奏は本当にすごかったのです。僕は幸い数多く彼のライヴを見て、最高な演奏にも何度も触れることができました。

特に脳梗塞で倒れる前の2001年、2002年ごろのライヴは非常に内容がよく、調子が上がっているように感じていました。それだけに突如脳梗塞で演奏できなくなってしまったのが残念でなりませんでした。

もうステージに立つことはなくとも、彼の近況は時折伝わって来ました。2016年には、シカゴ・ブルース・フェスティヴァルでオーティスへのトリビュート・ライヴが企画され、彼は演奏こそしなかったもののステージに姿を現し、挨拶をしたそうです。でも、公の場に姿を現したのはこのときが最後なのではないでしょうか。

オーティスは、その才能の割には作品の数も少なく、本当の意味で成功を味わうことは最後までありませんでした。音楽業界に嫌気がさして半ば引退状態だった時代もあります。もっと、もっと評価されてしかるべき人だったと感じます。亡くなってから評価しても遅いという人もいるかもしれませんが、僕は亡くなった今、彼を再評価する動きが出てくれることを願います。

彼の名作を聴きながら、彼を送り出そうではありませんか。
おやすみなさい、オーティス!今までありがとうございました。

2018.10.04
陶守正寛
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