2020/9/17

海の上のピアニスト  音楽全般

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コロナの影響でまだまだ以前のようにはライヴに行けない今日この頃。

映画は見たいものに事欠きません。

最近見たもので、印象に残ったものの一つは「海の上のピアニスト(The Legend of 1900)」です。

音楽映画というわけではありませんが、ラグタイムなど昔のジャズのサウンドであふれているこの映画は音楽好きにはたまりません。

これは1998年のイタリアとアメリカの合作映画で新作ではないのですが、20年以上の歳月を経て今回4Kでデジタル修復をし、改めて公開となっています。

僕は初めて見る作品だったので、新鮮な気持ちで見ることできました。

舞台は20 世紀前半。豪華客船上で生まれ、生涯下船することがなかった天才ピアニストの 人生を描いたドラマで す 。 映画は彼の共演者で友人だったトランペッター、マックス・トゥーニーが思い出の詰まったトランペットを売るため、楽器屋に持ち込み、船上の日々をするところから始まります。

主人公のピアニストは船上で生み落とされましたが、産みの親は生まれたばかりの彼を置き去りにし、発見した船の作業員ダニーが彼を育てることとなりました。ダニーは彼が20世紀の最初の年に生まれたことから、彼を1900(ナインティーン・ハンドレッド)と名付けます。船上で出会う様々な人々に育まれながら育った1900は、大人になった頃には超絶テクニックを持った名ピアニストになっていたのでした。

ストーリーはフィクションですが、その華麗ながらも物悲しい人生の描かれ方が見事なことと、実在のピアニスト、ジェリー・ロール・モートンが登場することもあって、まるで実話のように引き込まれてしまいます。

天才的に腕を持ちながらも、1900にはレコーディングもなく、彼の存在を知るのはこの客船で彼の生演奏に触れたことのある人のみ。しかしその噂は広がり、ジェリー・ロール・モートンが勝負を挑むために船に乗り込んでくるという展開です。

レコード会社も彼をレコーディングしようと乗り込んでくるのですが、さてその結末はいかに?

この映画はもともとイタリアで公開されたものは160分あったのですが、米国公開版は120分に短縮され、当時日本ではこの米国版の方がが公開されました。

今回の劇場公開では、4Kデジタル修復が施された米国公開版(4K修復版)に加え、イタリア版も当初のものより長い170分という形(イタリア完全版)で日本で初めて公開になっています。僕はイタリア完全版の方を見ました。見応えはありましたが、長いとは思いませんんでした。

ジェリー・ロール・モートンとのバトルのシーンはなかなかの迫力ですよ。

おすすめです。現在公開中なので終わらないうちに是非!



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「海の上のピアニスト(The Legend of 1900)」
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
製作総指揮:ローラ・ファットーリ
原作:アレッサンドロ・バリッコ
出演:ティム・ロス、プルイット・テイラー・ヴィンス、メラニー・ティエリーほか
音楽:エンニオ・モリコーネ
撮影:ラホス・コルタイ
編集:マッシモ・クアリア
日本語字幕:柏野文映

配給:SYNCA(シンカ)

イタリア=アメリカ合作/1998 /4K修復版121分・イタリア完全版170分 /英語/カラー/5.1ch/

公式サイト
http://synca.jp/uminoue/
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2020/9/1

オージェイズがラヴトレインで民主党を応援  R&B/ソウル



アメリカでは大統領選挙が大詰めを迎えています。
でも、蓋を開けてみるまで実際どうなるかわからないのが怖いところ。

個人的には、もう無法者トランプはウンザリ。なんとか民主党バイデン勝利で世界の秩序を回復してほしいものですが、前回もヒラリーが勝つと思ったら、まさかまさかのトランプ勝利。今回も最後まで心配の種を尽きません。

多くのミュージシャンたちがバイデン支持を表明していますが、ヴェテランのソウル・グループ、オージェイズは応援ビデオを作りましたよ。これが素晴らしい出来なんです。曲は、ギャンブル&ハフ作の彼らの代表曲“Love Train”です。

世界のみんな、手を取り合って
愛の列車を始動させよう


対立と分断を終わらせるためにぴったりのメッセージですね。

この希望あふれる雰囲気をそのままに来年の1月、 バイデン新大統領の就任を見られますように。
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2020/8/31

さようなら、としまえん  

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今日2020年8月31日、としまえんが長い歴史を閉じます。

来園者数が1990年代の全盛期には400万人ほどあったのが昨年は112万人。閉園は仕方ないのかもしれませんが地元民にとっては淋しい限りです。特にコロナ禍の異常な状況のまま終焉を迎えるのは残念。

1926年に開園して100年近く。まるで伝説のブルース・ミュージシャンとお別れをするような気分です。1926年生まれの人というと、ビッグ・ママ・ソーントンにギター・スリム、R.L.バーンサイド、J.B.ハットーなどなど。いずれも故人ですが、彼らの音楽とお別れしなければならないと考えたら、悲しくなりますよね。

としまえんは、住宅街の中にあるせいもあって、ディズニーランドにはない、アットホームでカジュアルな雰囲気がありました。豊島園駅が最寄りですが、お隣り練馬駅のホームからもFlying Piratesの船が揺れるのが見えました。あれが見られなくと思うとそれだけでため息が出ます。はぁ。

個人的には、幼稚園の遠足で初めて訪れてからもう50年近く。子供の成人式もここでした。最終日に行くことはできないですが、6月に久しぶりに行ってきました。もう一度行っておきたかったけど、結局それが最後になってしまいました。

このあとにできるハリー・ポッターのテーマパーク。USJのやつは行ったことあるけど、どんなものになるのか想像できないです。

名物のメリーゴーランド、エルドラドだけはそのまま残してほしかったな。とりあえず解体し保存するそうですが、どこかでまた見ることができるでしょうか。

さようなら、としまえん。そしてありがとう。

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2020/8/29

ハリケーン・カトリーナ15周年です  ニューオーリンズ

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ニューオーリンズの産業用水路にかかる
Claiborne Bridgeからロウワー・ナインス・ワード(手前)を臨む
(2006年5月4日、陶守撮影(c))

8月29日は2005年のハリケーン・カトリーナから15周年の記念日です。

毎年書いているので、新しいこともないのですが、1年に一度くらいはあの日のことを思い出したいと思います。

過去の書き込みを見ていると、僕は日本でその年に起きた豪雨被害のことに触れているものが多いことに気づきました。2018年の岡山県真備町、昨年2019年の九州豪雨など、例年とてもいたましい被害が出ています。

今年も例外ではありませんでした。7月の豪雨では熊本県南部の球磨川流域が甚大な被害を受けました。同月には山形県で最上川が豪雨で氾濫し、これも大きな被害が出ています。

こう次々と災害が起きるとどうしても過去のできごとは風化してしまいがちですが、忘れてはならないことではないでしょうか。

ニューオーリンズも15年前の傷痕は一見しただけでは気づきませんが、その後の市の人口が被災以前に戻っていなかったり、人種構成が変わったり、地域によってはいまだに廃屋が放置されていたりと、その影響はいまだに影を落としています。

今年は、米国南部ではハリケーン・ローラが発生し、カテゴリー4の強さで8月27日にテキサス州との州境に近いルイジアナ州キャメロンに上陸、現在のところ10名の死者が出ています。ニューオーリンズには今回は目立った被害はなさそうですが、被災者にお見舞いを申し上げます。

しかし、気候変動の影響でこのような極端な自然現象はどんどん頻繁になっていますね。今後も心配です。

そういえば、5年前にここに書き込んだハリケーン・カトリーナのドキュメンタリー映画は、その後どうなったんでしょうかね。

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【過去のハリケーン・カトリーナに関する書き込み】
1周年の日 (2006)  http://black.ap.teacup.com/sumori/36.html
3周年の日 (2008)  http://black.ap.teacup.com/sumori/161.html
8周年の日 (2013)  http://black.ap.teacup.com/sumori/1441.html
9周年の日 (2014)  http://black.ap.teacup.com/sumori/1564.html
10周年の日 (2015)  http://black.ap.teacup.com/sumori/1644.html
11周年の日 (2016)  http://black.ap.teacup.com/sumori/1708.html
12周年の日 (2017)  http://black.ap.teacup.com/sumori/1751.html
13周年の日 (2018)  https://black.ap.teacup.com/sumori/1797.html
14周年の日 (2019)  https://black.ap.teacup.com/sumori/1856.html

ニューオーリンズのハリケーン (2005/8/30) 第一報
https://black.ap.teacup.com/sumori/8.html
ハリケーン・エイド・ジャパン (2005/9/21)
https://black.ap.teacup.com/sumori/13.html
フレンチクオーター復活の第一歩 (2005/9/30)
https://black.ap.teacup.com/sumori/15.html
ハリケーン・カトリーナのドキュメンタリー映画 (2015/3/18)
https://black.ap.teacup.com/sumori/1604.html
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2020/8/28

ブルース・ギタリストBryan Leeが他界  ブルース


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Bryan Lee at the Blues Club, Apr. 26, 2004
Bourbon Street, New Orleans
(c)Masahiro Sumori. All rights reserved.

ブルース・ギタリスト、シンガーのブライアン・リーが亡くなりました。77歳でした。

亡くなった原因は明らかになっていないのですが、8月21日、フロリダ州サラソータのホスピス施設で亡くなったということですから、闘病中だったのでしょう。2018年に出したアルバム「Sanctuary」でも元気な演奏を聴かせていましたが、これが最後のリリースとなってしまいました。

ブライアンは1943年、北部ウィスコンシン州のトゥーリヴァーズ生まれ。8歳の頃に失明しており全盲でした。braille blues daddy (点字のブルースおやじ)の愛称で親しまれました。

1980年代初頭にニューオーリンズに移住し、以後30年に渡り同地を拠点に活躍しました。僕も1988年に初めてニューオーリンズを訪れた際、バーボン・ストリートのライヴハウス、オールド・アブシンス・ハウスで彼のライヴを見たのを覚えています。当時、ここがブライアンのホームだったのです。

1990年代にこのお店がダイキリスタンドに変わってしまいライヴをやらなくなると、同じバーボンの別のお店にホームを移し、ギグを続けました。

長年ニューオーリンズに住んだブライアンですが、ギグが少なくなってきた2013年にフロリダ州に移住します。しかし、ニューオーリンズへの愛着は変わらなかったようで、度々戻ってきてはプレイしていたようです。

彼のサウンドはB.B.キング、アルバート・キングといった人たちの流れをくむ正統派なコンテンポラリー・ブルースを基調としながら、ジャンプやロックンロール的な要素も感じさせるノリノリで楽しいブルースでした。特に2002年の「Six String Therapy」で聴かせたニューオーリンズ味のR&Bは最高でした。

ルイジアナ出身のブルース・ロック・ギタリスト、ケニー・ウェイン・シェパードが彼を師と仰いでいたのは有名な話です。ケニーが13歳の頃、ニューオーリンズでブライアンのライヴに行った際、ブライアンは彼をステージに上げて共演し、これがきっかけで彼はプロのミュージシャンになる決意をしたのだそうです。

この2人はブライアンのライヴ盤、そしてケニーのアルバムでも共演をしています。

Kenny Wayne Shepherd Feat. Bryan Lee - Tina Marie - USA 2006



ブライアンはカナダのジャストインタイム・レーベルを中心に計17枚のアルバムをリリースしました。前述のラスト・アルバム「Sanctuary」はゴスペル色も加えたサウンドを展開していたのは印象に残りました。

ブライアン、安らかに。

Bryan Lee - Braille Blues Daddy
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