出もの腫れもの処嫌わず

書籍化100%不可能!「史上最凶の乳ガン患者」が病気と医療と社会について考えるBlog

 

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最凶です。社会が求める乳ガン患者のイメージとは、かなりズレがあるかも。 ブロガー同盟やってます。

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投稿者:ITSUKA
肺癌患者である母が一番怒っていたのは、髪の毛抜けてる設定なのに、眉毛が黒々している・・・ということ。
抗癌剤治療中の母の朝一番にやることは眉毛書きなので、なにより許せないらしい。
投稿者:POTE
そうなの。
息子を思うあまり悪どい投資勧誘に引っかかって、すっからかんになった時任が漁師仲間のおかげであっさり漁船買い戻し出来ちゃうのも、末期大腸ガンの桜井幸子が感動的に奇跡の復活しちゃうのも、まあ許せたんだけど、柴咲の乳ガン患者は序盤はともかく、終盤に向かうにつれ、んなわきゃないだろっ!アンタそれおかしかないかあ?と拳握りしめることしばし、なまじ期待してただけに落胆の度合いも大きかったですねえ。
へー、そーかい、再建すると忘れちゃうんだ、自分が乳ガンだってこと。
私は乳首の横がちっとばかり窪んだだけの、温存手術の乳ガン患者だけど、忘れられるものなら今すぐ忘れたいわいー!
大体、地元の掛り付け医がのこのこ出て来て、手術させてくれなんて言った日にゃー、患者共々叩き出されるでしょーに。
所詮ドラマだからとはいえ、ここまで有り得ない展開にされると、感動はおろか、貧血寸前まで引いてしまいました。
投稿者:レッサーパンダ
長くなっちゃッたので2回に分けて投稿します。ごめんなさい。

このドラマの価値観て、今の日本人のヒューマニズムにマッチしてみる人にとっては心地よいんでしょうね。
そしてまた無言のうちに鳴海先生の様な人は治らないがん患者に真っ先にさじを投げるひどい医者で、コトー先生は最後まで患者を見放さない真の医者だと刷り込まれていくのかもしれませんね。

前はもっと浸れたのにこんな感じ方になってしまったのは乳がん患者の性か、それともひねくれ者か。
投稿者:レッサーパンダ
1乳がん患者としての「Dr.コトー」を見終わっての正直な感想です。

やっぱり、鳴海先生の「患者1人の人生を背負うこともできない人間が患者を家族にようにみる」と言うことに違和感を感じるという患者へのスタンスはある意味とても誠実だと思いました。

もちろん大勢の中の1人に過ぎないと機械的にあしらわれるのは真っ平ですが、対等な人間として自分や家族とは違う医学的な視点を持っていて欲しいです。
その上で目の前の患者がどういう人生を望んでいるのか、どんな治療を望んでいるのかを理解し、共感しつつも客観的な視点を持って患者に寄り添った治療をして欲しいです。
患者に寄り添うのと患者に入れ込むのとは違います。
その辺が混同されてるような気がします。

患者も不安は誰でもありますが、何もかもすべて医師に頼り、治してくださいと言うスタンスはどうかと思います。
あまりにも医師と仲良くなりすぎると、医師とは違う要望があっても「せっかく良くして貰っているのに先生に悪い」などと遠慮が出て、人生の判断を間違える危険性もあると思うからです。
 
やっぱり人生の主役、プロデューサーは自分であって、辛くても自分で決めることが悔いのない人生に繋がると思うからです。
全て(精神的な面も含めて)医師にお任せは確かに自分としてはある意味楽かもしれないけど、無責任な人生のような気がします。

また自分が独立した1人の人間として生きるということは相手(医師)にも自分の人生をしっかり生きてほしいと言うことに繋がります。
医師にも活き活きと生きて欲しく、それがひいては患者にもプラスになると思うからです。(もちろん患者のことを気にかけてくれるのはとってもうれしいし、対等な人間同士としてそうあって欲しいと言うのが大前提ですが。)

なのでコトー先生は患者を家族のように扱い、患者も島の住民もひとつの家族であって何かあったら「コトー先生おねがい。」となり「僕が必ず治します。」となるのはその対極にあるような気がします。
まぁコトー先生は島のみんなのために生きることが人生の最大の目的だから、それが自分が活き活き生きることに繋がり、問題ないのかもしれませんが。

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