旧パラを検証する103
第十号9
棋友だより・ヨコハマ生・・・ヨコハマ生氏の詰将棋や指将棋のこれまでの関わりについて。恐らく、田辺重信氏のペンネームと思われる。
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―最新版―失礼御免 ヘタの横槍 第七回 前田三桂
謹賀新年。誌友の皆さん明けましてお目出度うございます。
先ず劈頭第一にパラダイスの発展を祝する為の祝杯、波々と注いでグーツと一杯。
次に本誌顧問の板谷八段が刻下棋界で評判の強敵大山九段を屠った大祝杯をグーツグーツと二杯。
三番目は俺も板谷顧問にあやかつて大山を屠った祝杯をグーツ、グーツ、グーツと三杯。
「何だって、横槍が大山を屠った?笑わせるナ。何時のこつた。ついぞ聞いた事もないが・・・。」
「是れから実演をして見せてやるのサ」
☆ ☆ ☆
俺は板谷顧問が土着かずの大山九段に、土俵の砂を舐めさせたと聞いて、雀躍燕舞手の舞い足の踏み所も知らぬ熱狂の余り、俺も顧問にあやかつて、大山九段に横槍を突き付けてやりたいと、多くもない大山の棋譜を物色して見た。有るはい有る有る。
一体大山と云う人は幸運な男だよ。将棋には負けて居ても勝負には勝って勝って勝ち抜いて棋界を唸らせて居るのが可笑しい。
俺は名人や九段八段と云う天下最高の棋士が、ど盲目で、必然勝って居るべき将棋の勝ち筋が見えず、棋譜面では立派に勝って居ながら、自分から尻餅ついて負けているのは見苦しいと思うよ。幾ら餅の正月でも、尻餅だけは止めてをけよ。
今、次に挙げる棋譜に俺が横槍を突いて急所を示してやるからチト反省するがイイ。
昨年二月号の将棋世界に、大山八段自身が詳細な解説を付して居る。
是等の先生方は局後に又初から丹念に調べて研究せられるのである。然り而して猶且つ勝つべき詰筋が見えないのである。何という情けない現状だろう

大山八段の感想に曰
「五十嵐君の五三歩は最後の敗因である−云々。私は四三銀と打たせて頂き思い掛けない棋勢好転で有難いような気の毒な気持ちだつた。以下二九飛打から八九角と迫って來られたが如何にしても一手足らず、私の幸する所となつた。」
と鼻高々と己惚れて居られる所がクスグツたいよ。
此の局面で五十嵐八段が四四馬と王手をしたのが度の知れぬ悪手である。以下五五銀同歩三二銀三四玉二五銀同飛成六一角四三桂同角までにて大山の勝となつた。
この時、勝は勝でも僥倖の勝で、あんまり気持のよい勝ではないわい。此局面で四四馬のような悪手は止めて次の如く攻めるのだ。
八九金(七七玉では六八銀打てば詰早し)九八玉 九九金 八八玉 八九飛成 七七玉 六八銀打 同金 七九龍 七八合 六八馬で五十嵐八段の立派な勝将棋じやないか。
大山八段の講評でどうしても一手足らずとの仰せだが、、、。クルリと手のひらを返すような詰となつた。三桂の手品には流石の大山も開いた口が塞がるまい。
一杯二杯三杯で六杯のお屠蘇にイイ気持に酩酊した。酔って件の如し。
アツハツハツ 失 礼 御 免
引 用 棋 譜
昭和二十四年度順位戦
先勝 大山 康晴 八段
平手 五十嵐 豊一 八段
▲7六歩△8四歩▲7八銀△3四歩▲7七銀△8五歩▲2六歩△3二金
▲2五歩△3三角▲7八金△4一玉▲5六歩△2二銀▲4八銀△5一角
▲7九角△3三銀▲6六歩△6二銀▲6五歩△5四歩▲5七銀△5三銀
▲6六銀右△4二角▲5八金△5二金▲6七金右△3一玉▲6九玉△4四歩
▲6八角△4五歩▲7九玉△9四歩▲1六歩△2二玉▲8八玉△6二飛
▲7五歩△6四歩▲7六銀△6五歩▲同銀左△6三金▲2四歩△同銀
▲7七角△3三銀▲3六歩△6四金▲同銀△同銀▲6五歩△7五銀
▲同銀△同角▲3五歩△1二玉▲3四歩△同銀▲4一銀△2二金
▲6六金△8四角▲3二歩△同金▲4四金△4三銀打▲5三金△8二飛
▲3二銀成△同銀▲7五金△3三銀打▲8四金△同飛▲4二金△2二金
▲3二金 △同金▲4一銀△3一歩▲3二銀成△同歩▲4二金△2二銀打
▲3二金△7六金▲3三角成△同銀▲4四角△2二銀打▲3一銀△同銀
▲3三角成△2二銀打▲3一金△3三銀▲3二銀△4三角▲7七銀△4四角
▲9八玉△7七金▲同桂△7六銀▲8八金打△8二飛▲3五歩△同角
▲4三銀△同銀▲4一角△3二歩▲6六金△7七銀成▲同金左△2二銀打
▲2一金△同玉▲3七桂△4四銀左▲3六桂△7四桂▲7六金寄△5七角成
▲4四桂△3五馬▲7一銀△4二飛▲6三角成△4四銀▲5四馬△5三歩
▲4三銀△5四歩▲4二銀成△3三銀引▲4一飛△3一桂▲同成銀△同銀
▲2三飛成△2二金▲3三龍△同歩▲2三歩△2九飛▲2二歩成△同玉
▲2三歩△同玉▲3一飛成△8九角△7八角成▲同金にて別掲図面となる。
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先ず誤植について指摘しておきたい。記事中44馬に55銀とありますが、それだと以下の棋譜が並ばないので55桂の誤りだと思われます。
又、この棋譜は将棋世界に大山八段の自戦記が出ていたのに、後の大山康晴全集には棋譜なしとされ、掲載されていないので、その意味では貴重な棋譜なのかもしれません。
注意すべきなのは、この棋譜は昭和24年度第4期順位戦で、この10号の最初に出ている大山・板谷戦は昭和25年度第5期順位戦だということです。大山・五十嵐戦は第4期第5期どちらも対戦があり、勘違いするところでした。
ヘタの横槍内の図の局面でも先手が詰むので後手勝ですが、この図より更に5手遡った、23歩に対して同玉と取った154手目の局面をあげます。

この局面では、激指14によると、89桂、42銀打、82銀生(52角を避けた手)、67歩以下互角らしい。
ところが実戦は、31飛成とした訳ですが、その局面をよく見ると、89銀、88玉、79角、89玉、97角成、79合、同馬左、同金、同飛成まで簡単な9手詰です。
両者気付いていなかったのでしょうが、五十嵐八段としては簡単な即詰を2回も逃した訳で、これでは勝てないとしたものでしょう。
この将棋が五十嵐八段勝なら、升田1位で大山が2位、この時は大山板谷戦で書いたように、挑戦者決定戦があったので、大山挑戦という結果は変わらなかったかもしれませんが、将棋史に影響のあった1局といえましょう。

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