旧パラを検証する49
第五号10
詰将棋解剖学B入門より創作まで 谷向奇道
第三編 詰手筋
第一節 邪魔駒を捌く手筋
詰筋の狙いを詰方の駒が邪魔してゐる場合には、その駒を詰筋をくずす事なく捨てる事によつて、攻めを表面化する手筋がある。之を「邪魔駒を捌く手筋」と言ひ、その目的によつて大体次の三つの場合がある。
(A)現在詰方の駒の在る場所に異種の駒を打ちたい場合
(B)現在詰方の駒の在る位置が悪い為これを捨てて好位置に同種の駒を打ちたい場合
(C)詰方の飛角香の利き途に味方の駒が在って利きを遮ってゐる場合
(A)(B)の場合には始めの駒が、(C)の場合には途中にある駒が夫々邪魔駒であつて、その駒を巧に捨てる事によつて攻めを表面化することが出来る。邪魔駒の捨て方には、「捨駒」の項で述べた(甲)(乙)二手段がある。
註 以下の例題の詰手順中例えば(Aの甲)とあるは、甲手段で捨駒する(A)の場合の意味である。
(第二十五図)古作物
「邪魔駒を捌く手筋」の内で最も簡単なものは第二十五図に示す作品(古作物)である。この場合、初手は二三より金又は銀を打つ以外に手はないが、二三金打とすれば、以下三一玉、三二銀、四二玉、四三銀成、五一玉となつて左辺へ逃げられてしまうから、二三銀打の一手である。玉は一三玉と逃げる。この局面となれば一見後続が絶えたかに見えるが局面をよく凝視すれば「若し詰方の二三銀が無ければ、二三金打で詰む」と言う考えが頭に浮かんで来ないだらうか。
二三銀が無ければ詰む−こう考えた人には次に、二三銀を原型の儘(この型をくづさず)捨てればよい−と云う事が分ってこの詰将棋が解けるのである。即ち二三銀を一二銀成と捨てれば玉方の応手如何に拘らず次に金打で詰みになる。
第二十五図詰将棋詰手順
二三銀打、一三玉、一二銀成(Aの甲)同玉、二三金迄五手詰。
(第二十六図)

第二十六図の局面において「若し詰方の二三角が無ければ、二三金打で詰みである。」
即ち二三角は邪魔駒であるから之を捨てなければならない。二三角を捨てるには一二角成の一手だが、直ちに行っては三二玉と銀を取られて不詰となる。五五角配置の意味を考え合わせると三二銀に紐をつける為に角桂を犠牲にする手順が浮かんで来ると思う。
第二十六図詰将棋作意
三四桂、同歩、四三歩成、五五歩、一二角成(Aの甲)、同香、二三金、一一玉、二一銀成(Aの甲)、同玉、三二と、一一玉、二二と迄十三手詰
尚、最終二一銀成も銀のあつた場所へ金(と金)を移動しようとする「邪魔駒を捌く手筋」(A)の場合である。
右の二図によつて説明した様に、「若し・・・ならば」と言う仮想は詰筋を発見する為に極めて重要な考え方であつて、読者は今後詰将棋を見る度に、局面を凝視して「若し・・・ならば」と一つの仮想を頭の中に建てる練習をして戴きたい。
(第二十七図)

第二十七図も前二局と同じ含みをもつ作品であるが、局面を一見した所で「若しこの駒が無ければ」と思う駒が見当たらない。然しこの局面では玉を詰める為には四二馬の活用にまたなければならない事に気付くならば、四二馬は三一馬と捌く一手であるから(三三馬或は三二馬は同玉で左辺へ逃げられる)、その為に三二角を頭の利く銀に打換へなければならぬ事が分ると思う。(金は[原則4]に従って決定打−この局面では二五金打−を与える為に残しておく)即ち三二角が邪魔駒(A)の場合に相当するのである。
第二十七図詰将棋作意
二一角成(Aの甲)、同玉、三二銀、一二玉、二二金、同玉、三一馬、一二玉、二一銀生迄九手詰。
(第二十八図)

次に邪魔駒を乙手段で捨駒する場合の例をあげる。第二十八図では一見して分る様に一三桂が邪魔駒であるが、二一桂成では王手にならないので之を捨てるには当然捨駒乙手段に依らざるを得ない。先ず二一銀、同銀と逃路を封じて置いてから、二四桂打とする。玉方は一三玉と桂を取る一手で、これで一三桂を除く事に成功する。次に二四桂が邪魔駒となるから之を一二桂成と捨てれば完全に邪魔駒を除く事が出来る。
第二十八図詰将棋作意
二一銀、同銀、二四桂打(Aの乙)、一三玉、一二桂成(Aの甲)、同玉、一三歩、同玉、三五角(Cの甲)、同桂、一四金、同玉、二四飛、一三玉、一四飛(Cの甲)、同玉、二四龍迄十七手詰
尚、三五角、一四飛はいづれも二九龍を活用せんとする本節(C)の場合の捨駒である。
(第二十九図)

第二十九図では七四玉と出しては詰の無い事は明らかであるから初手は七三金の一手である。これに対し玉方は九二玉と引く一手であるから九二歩の存在が問題になる。一般に詰将棋では詰手順にも変化にも関係なく、又余詰を防いでゐるのでも無い無駄駒の配置を禁じてゐるから、九二歩にも何等かの意味がある筈である。
註、大道詰将棋においては「誘い駒」と称して所謂無駄駒を配置してあるものを往々見掛けるが、之は普通の詰将棋と大道詰将棋とは自ら目的を異にする為で業者の苦肉の計である。然し筆者は如何なる場合にも無駄駒の配置を禁じてゆきたいものと考へてゐる。詰将棋が芸術味を失うことを憂慮するからである。
扨て第二十九図に於いて若し九二歩が無ければ如何?七四玉と脱出を牽制する九二角打の好打がある。これだ!邪魔駒九二歩を捨てて九二角打を得るのがこの作品の構想である。九二歩を捨てる為には捨駒乙手段を適用するのである。
第二十九図詰将棋(古作物)詰手順
七三金(Aの乙)、九二玉、八三金寄(Aの甲)、同角、九三金、八一玉、六三角、七二金直、同角成、同金、七三桂生、同金、八二金打迄十三手詰。
右の手順中三手目八三金寄は、桂を捌く場所を作る為に邪魔駒となつてゐる七三金を捨てる本節(A)の場合で、玉方が之を同玉と取れば、九二角打の妙手で早詰となる。
右の二例から直ちに分る様に「邪魔駒を捌く手筋」の場合、捨駒乙手段が付随して来る。之は記憶すべき事柄である。
(第三十図)山川七段作

第三十図は山川七段の作品で、(B)の場合の例として引用した。
詰方は即ち六三桂と攻めたい所だが、四二玉と上られる手があつて駄目である。又、三三角と打っても同桂と取られると三二飛の防御力が強く詰が無い。若し詰方の四三角が三四角の形ならば六三桂で詰がある事に着眼すれば位置の悪い角を捨てて好位置に打ち直す(B)の場合が適用される事が分ろう。
第三十図詰将棋(山川七段作)詰手順
六一角成(Bの甲)、同玉、三四角、七一玉、六二金、同飛、同桂成、同玉、五二飛、六一玉、三二飛成、七一玉、八三桂不成、八一玉、四五角迄十五手詰。
(第三十一図)将棋図巧第十九番

第三十一図は将棋図巧第十九番で、相当詰手順が高度化してゐるが作者の狙いは「邪魔駒を捌く手筋」にある。即ち直ちに予定の行動(この場合桂を成捨てて銀を捌き八七飛の利きを通す手順)を開始すると、九筋上辺に上られた時詰方九二歩がある為、二歩となつて歩を使用することが出来ず不詰に終るのである。即ち本局の主眼は九筋に歩を打ちたい為に攻撃準備として邪魔駒九二歩を捨てておくと言う(B)の場合であつて、之を実行するには捨駒乙手段によるより無いのである。
第三十一図詰将棋手順
八四歩打(Bの乙)、九二玉、八三歩成(Cの甲)、同玉、八二桂成(Aの甲)、同馬、九四銀(Cの甲)、七四玉、七五歩、同玉、八五飛、七四玉、六五龍、七三玉、七五飛、八四玉、七三飛成(Cの甲)、同玉、七四歩、八四玉、八五龍迄二十一手詰。
此の例の如く、二歩になるのを避ける為に位置の悪い歩を予め捨てておく手筋(Bの場合)は屡々現れるから注意されたい。
次に邪魔駒を捌く手順中(C)の場合を例示する
(第三十二図)

第三十二図に於いては玉の周辺に詰方の駒が無いから手掛りをつける為には、二二金、同玉、三四桂以外に手段は無い。玉方三一玉と逃げる。さてこの局面を凝視して一つの仮想を建てて戴きたい。
「若し二六馬と六六角が無かったら、二一飛と打ち捨てて、同玉に二六龍と廻って詰筋だ」−この考えに想到された方は合格である。即ち二六馬と六六角は龍の利き筋をさへぎってゐる邪魔駒(C)の場合なのである。二枚の角を捨てる為には手順が問題となるが先に二六馬を捨てる手の無い事は直ちに明らかとならう。
第三十二図詰将棋作意
22金、同玉、34桂、31玉、75角(Cの甲)、同香、53馬(Cの甲)、同桂、
21飛、同玉、26龍、31玉、22龍、41玉、11龍、31桂、42香、51玉、31龍、62玉、61龍、73玉、63龍、84玉、83龍、95玉、87桂、96玉、94龍、86玉、95龍、76玉、75龍、67玉、77龍、58玉、59香、48玉、68龍、37玉、38龍、26玉、35龍、27玉、38金迄四十五手詰
(第三十三図)将棋玉図第四番

第三十三図で先ず目につくのは「五五桂は邪魔駒」と言うことである。然し直ちに四三桂成では五四玉と寄られて左辺へ逃げられてしまう。@原型をくずさず五五桂を捨てるには如何なる手順によるべきか?次に問題になるのは持駒桂の使用個所である。A桂を何処に打つべきか?本題は相当難局であるから先に、詰手順を紹介して後に説明を加える事にするから読者は、右の二つの疑問点を頭に入れて詰手順を鑑賞され度い。
第三十三図詰将棋(将棋玉図第四番)詰手順
43龍、同銀、54金、同銀、43桂成(Aの甲)、同銀、55金(Cの乙)、34玉、
44金、同玉、24飛(Aの甲)、同と、55銀、34玉、26桂迄十五手詰。
初手四三龍は同銀とさそう事によつて、守備駒五二銀の六三への利きをはずすのが目的である。この手の為に次の五四金打が成立する(同玉ならば六三銀打、同歩ならば四三桂成あり)。五四同銀と取らして逃路を封じてから四三桂成と捨てる。以上の手順によつて五四玉と逃がさず五五桂を捨てる事に成功した−第一問の解答が得られた訳である。第二問桂の打ち場所はこの局面では二六よりない⇒その為には飛が邪魔駒((A)の場合)である⇒二六飛は二四飛又は二三飛成を捌く手だが⇒その為には三四歩が邪魔駒((C)の場合)である。之を乙手段によつて除かんとするのが本題の主眼であつて、五四金、四四金、二四飛の一連せる妙手によつて詰上るのである。
以上の説明は邪魔駒に重点を置いたので次に邪魔駒を如何に捌くかと言う手順を示す為に、将棋図巧より選出した作品を練習問題として掲げておくから研究され度い。
(練習問題)将棋図巧第三十六番

(練習問題)将棋図巧第四十九番

第二節 逃走を牽制する手筋
玉にこの位置に逃げられると絶対詰が無いと言う個所がある場合には、駒の性能を利用して逃走せんとする玉を背後に引き戻す手筋がある。之を「逃走を牽制する手筋」と言い、多くの場合飛(龍)、角(馬)によるのであるが(第二編、第一節、飛車及び角行の項参照)金銀香等によることもある。
(第三十四図)古作物

第三十四図の局面では玉を三三へ出してが上部が広く詰の無いことは明らかである。故に持駒飛の犠牲によつて三三玉出を牽制しなければならない。その為に、三一飛打捨の好手がある。
三一には玉の外に銀の利きもあるので一寸打ち難い感じだが、如何なる個所であつても玉の逃走を牽制する犠牲手段を考えて見るのである。それが成功するか否かは、読んで見なければ分らない。この場合三一飛を同銀なら二三金打の一発。故に三一同玉の一手となる。次に三二玉から三三玉を阻止する手段としては惜しくとも四一飛の一手である。(三二玉なら四二飛成)。
第三十四図詰将棋(古作物)詰手順
31飛、同玉、41飛、同金、32歩、同玉、43金、31玉、41銀成、同玉、42金打迄十一手詰
(第三十五図)

第三十五図の玉はこの形の儘で九三玉から八四玉と出られると詰がない。従って初手七二銀を移動しての王手は総て水泡に帰する。九三玉としない為にはここでは金による逃走牽制手段よりない。即ち八二金打である。玉方同玉の一手。次がこの作品の難所で七二銀を動かす手の無い事は前述の通りだし、七一龍では九三玉と上られる。九三玉としない手−それには七三龍の妙手がある。同馬なら七一馬、九二玉、八一銀生の詰となるから、七三同玉と取り以下比較的容易となる。
第三十五図詰将棋作意
82金、同玉、73龍、同玉、63馬、84玉、62角、93玉、83銀成、同玉、73馬、92玉、93歩、81玉、71角成、同玉、62香成、81玉、72馬迄十九手詰
(第三十六図)

第三十六図は角(馬)による逃走牽制の例である。始めに四二銀と打捨てて同玉に三四桂と手掛りをつける。五二玉。ここで六三玉と上らしては詰がない−と言えば次の手段は読者にはもうお分かりのことと思う。
第三十六図詰将棋作意
42銀、同玉、34桂、52玉、41馬、同玉、42銀、52玉、53歩成迄九手詰
(第三十七図)渡瀬荘次郎六段作

第三十七図は棋聖天野宗歩の四天王の一人渡瀬荘次郎六段の詰将棋で、棋形が無理のない実戦形をしてゐる上に、参考となる好手筋をふんだんに含んで短編中の名作と信ずる。先ず四二に駒を打つより無いが、一二玉と逃げ込まれる事を考慮して金を残して置かねばならぬ。次に玉方の金銀をばらして玉を裸にするのであるが一二玉と這入られると詰の無い形になるから逃走を牽制する為に「銀不成」の妙手が必要となる。本局は銀による逃走牽制として引用したのである。
第三十七図詰将棋(渡瀬荘次郎六段作)
42銀、22玉、32と、同金、31銀打、12玉、22金、同金、同銀成、同玉、33金、同桂、同銀不成、21玉、32銀不成、同玉、44桂、22玉、42龍、21玉、32龍迄二十一手詰
右の手順中三三同銀不成、三二銀不成が急所で成っては、三二成銀の時一二玉と上られて後続が無くなるのである。
以上は玉の逃路が一方のみの場合であつたが、逃路が二方以上にある場合もその原理は同様である。唯、この場合には「退路を遮断する遠駒の手筋」を併用するので第八節遠駒の手筋の所で詳細に説明することとして茲には一例を挙げるに止める。
(第三十八図)古作物

第三十八図の玉は右辺と左辺の二方に逃路がある。この様な場合には慌てないで徐々に逃走範囲を狭めて行く事が大切である。先ず三二飛と第一弾を放つ。玉方同金寄と取る一手、これで玉の逃路が狭まった。次に六二玉とさせない逃走牽制の第二弾を四二飛と見舞って終演となる。最初の三二飛が「退路を遮断する遠駒の手筋」である。
第三十八図詰将棋(古作物)詰手順
32飛、同金寄、42飛、同金上、74角、62玉、63角成迄七手詰
練習問題二題を掲げておく。
(練習問題)図式第一番

(練習問題)

--------------------------------------------------------------------------
相変わらず長いので、更新に時間が掛かりましたことをお詫びいたします。
今回も突っ込み所が結構ありますね。先ず、第二十五図の手順を詳細に書く割には、その他のはるかに難しい作品は主眼手以外は流している。初心者向きの講座のはずなのに、それで良いのかと思ってしまう。
また第三十八図の三二飛を遠くもないのに遠打と呼ぶのは、とても違和感を覚える。
また例題として谷向氏の作品が多数載っていますが、例題っていうのは手筋の確認の原理図みたいなものが適切だと思われるのに、第三十二図のような長編を載せるのも趣旨に反するような気がします。
さらに練習問題として図巧や無双の作品が出ていますが、研究問題なら分るけど、初心者にはとても解けるとは思えない。
また「詰将棋では無駄駒の配置を禁じている」と書いていますが、そんなルールは無い筈なのに、ルールのように書いているのもどうなのでしょうか?
と、批判ばかりしていますが、何度も書いているように、詰将棋分析の奔りの論考なので、手探りだったのでしょうし、何よりこの分量には圧倒されるし、敬意を表すことには変わりありません。

3