「迷路」解説
詰将棋は推理小説に似ていると言ったのは、吉田健氏だったかと思う。面白い古典推理小説は、今読んでも面白い。同じように詰将棋も名作と言われるレベルになれば、古かろうが新かろうが、関係無く面白い。
私がこの「迷宮」に出会ったのは、昭和56年2月詰将棋パラダイス発行の「三百人一局集」であった。小川悦勇氏の名前は、江東三人男(黒川一郎・北原義治・小川悦勇)の一人として存じ上げていましたが、活躍時機が私の生れる前で、有名な曲詰は知っていましたが、他の作品は余りよく知らなかった。
その中でこの作品は川崎弘氏が解説されていた。素晴らしいということは、解ったが当時の私には、この作品の凄さが理解出来ていなかったが、この「三百人一局集」の中で一番記憶に残る作品として、記憶に刻み込まれた。
時はそれから、27年経った平成21年2月22日の詰工房の会場でのこと。冬眠蛙さんから「今日は小川悦勇さんが来られる。」というお話を伺い、真っ先に思ったことは、この「迷宮」を作者自ら語っていただきたい、ということだった。そして小川氏が会場に来られた。
小川氏は私にとって既に伝説の人物である。また最近HPで過去の名作に更に手を入れて公開される等、作家として斯く有りたいと思う方でもあった。
では、拙い解説ではあるが、小川氏本人からお聞きしたことも交えて解説したいと思う。本当は私如きが解説出来る作品では無いが(誤った解説をする可能性もある)、この名作を詰工房の他のそうそうたる方々が全く知らなかったことに驚いた私としては、図自体を紹介することに意義があると思い、あえて筆を執った次第である。(最後の手順の整理部分は作者の当時の解説から引用)

昭和38年五月号詰将棋パラダイス大学院発表「迷路」
84龍、74香、45と、同玉、75龍
初手は龍で王手すると、香合しかないので手順である。以下5手目に全く意味の解らない75龍捨てである。
この手の意味は後程判明する伏線手であるが、今は流しておく。

同香、56金、54玉、55金、53玉、64金打、43玉、34と、32玉、23と、同玉、67角、22玉、56金
75龍を同香と取らせ、暫く舞台作りが続く。67角と据え金鋸の形が見えてきたところで、56金と金を引く手が出る。これは何か?本来なら56金では45金以下金鋸に入れるはずである。でも、そもそも何のために金鋸をするのかもこの時点では全く解らないが、金鋸の舞台が出来ている以上、金鋸に入るのが通常のはずであるが、そこがこの「迷路」の「迷路」たる由縁の構想が隠されているのだ。
66歩
56金とした局面を冷静に見てみると、23玉と逃げると、66金、22玉、75金と香が取れて詰むのである。その為の5手目の75龍だったわけである。
そこで、66金〜75金とさせない為に、中合いの66歩が発生する。
つまり、66歩の中合いを発生させ一歩補充する為の75龍捨てだったのであり、56金だったのである。
同角、23玉、55金、22玉、45金、23玉、44金、22玉、34桂
66歩の中合いを取り金鋸をするが、この時点では金を近づけて収束に入るのか?位にしか思えない。
以下金を44迄持って行けば、34桂は打ってみるところだ。
23玉、42桂成、22玉、45金、23玉、46金、13玉、12角成、同玉、13歩、同玉、14歩、12玉、24桂、同金、13歩成、同玉、24銀、同玉、33角成、14玉、15金、13玉、24金、12玉
34桂は32玉と逃げると、42桂成、同玉、33金、41玉、42歩以下詰む。この変化の為に金を44迄動かす必要があった、ということである。だから23玉と逃げるのであるが、42桂成、22玉の局面で、再び手が止まる。42に成桂は出来たが収束に入ることが全く出来ない。持駒の桂が歩に変わっただけである。
実は、この持駒が桂から歩に変わったことが重要なポイントである。
金鋸はこの局面になっても出来るのもポイントである。
結論から言ってしまおう。この局面では、3歩あると馬鋸に入れるのである。
その馬鋸を行う為に、金を45〜46と引いておく、そして12角成以下図の局面になると、持駒桂だと、馬鋸は出来ないが、歩だと例のパターンで馬鋸に入れるのである。
34馬、22玉、44馬、12玉、45馬、22玉、55馬、12玉、56馬、22玉、33香成、同飛成、同金、同玉、43飛、24玉、35金、15玉、13飛成、14飛、同龍、同玉、47馬
では、馬鋸は何のためにするかというと、47香の質駒を取るためである。

13玉、14馬、22玉、23歩、同桂、同馬、同玉、15桂、14玉、24飛、15玉、17香、16歩、同香、同玉、27銀、17玉、18歩、同と、26銀、16玉、17歩、同と、25銀、15玉、14飛、26玉、36金迄105手
香を取ってからも14馬捨ての好手が入り、36金まで105手で遂に大団円を迎えるのである。

最後に手順をもう一度整理しておこう。
@ 初手で香合いをさせ、75龍、同香で後でこの香を狙う。
A その方法が67角、56金で23玉なら66金から明王手で香を取る。
B 玉方これを防ぐ66歩中合だが、攻方からは一歩補充の伏線となる。
C 金ノコを押し上げ34桂から、持駒の桂を歩に。これで馬鋸が成立。
D 47香を狙う馬鋸
「古典的で古い」と小川さんは謙遜しておられますが、この作品は今は見られなくなった、多重伏線入りの構想で本当に傑作だと思う。
一つ一つの鍵を組み合わせている、壮大なからくりは、必然的に鍵を一つ一つ解き明かさねばならず、そのもどかしさとも言える、究極の不効率さがこれ程までの美を感じさせる。今の美意識とは違う方向性のこの作品は、それでも今でも光り輝いていると思う。
この作品は当時小川さんが大学院を担当していて、期末試験のつもりで出題した作品で、正解者は7人だったそうです。
「三百人一局集」には、当時史上初の玉鋸を狙ったが、うまく行かず、この金ノコになった。という逸話も載っています。
小川さんによると、この作品の改作案もあるとのことで、どこかで発表してもらいたいものです。
この記事を読んだ方にお願いしたいのは、このブログは恐らく小川氏も読んでおられるでしょうから、率直な感想を書き込んでいただきたいということだ。
私は長年(27年間)の懸案であった、作者本人に解説を目の前でしていただいて、本当に良かったと思っております。
こういう、今は知られていない名作を今後もこのブログで取り上げて行きたいと思っています。

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