旧パラを検証する39
第四号9
詰将棋解剖学A入門より創作まで 谷向奇道
第二編 詰将棋の原理
棋道は究むる程
益々深奥であつて、その手筋、変化も亦無限である。古より幾多の名人上手が輩出したけれども、彼等の中にすら未だ棋理を究め尽した人のあるを聞かない。この点に於いては詰将棋も全く同断である。然し乍ら如何なる好手・妙手と謂えどもそれが八種類(玉、飛、角、金、銀、桂、香、歩)、三十九枚(玉を一枚除く故)の有限の駒の働きによつて構成されてゐることを思えば、そこに一貫せる原理があつて然るべきである。否、一貫せる原理が無くてはならぬ。筆者の研究はこの考えに始まる。詰将棋解剖学と名付けた由縁も亦茲にある。
第一節 各駒性能とその使用法
玉将(玉)
詰将棋は玉を中心とするパズルであつて、詰手順は玉が詰むことによつて終演となる。従って玉方は詰方の王手に際しては「逃げる」「取る」「合駒する」の三手段中の一つを選ぶことによつて王手を脱しなければならない。
「逃げる」とは玉が詰方の駒の利きの無い個所へ移動することであり「取る」ちは玉方の防御駒を王手してゐる詰方の位置に進めてその駒を盤上から取り去ることであって、詰方の駒に連絡が無い場合には玉自らこの駒を取ることも出来る。「合駒する」とは詰方の飛角香の王手に対する防御法で玉とその駒との間に玉方の駒を移動するか、又は打って(規約(3)参照)王手を遮ることである。合駒に関する詳細の説明は第三編第七節に譲る。さて、玉を寄せるには次の原則がある。
[原則1]玉を攻めるには大約上部より圧するを可とす。即ち玉を下辺に置いて攻めるべし。
将棋図巧第九十八番
(第五図)

第五図は将棋図巧の第九十八番であつて[原則1]の好例として引用した。孤立した玉を攻めるには上部より圧するのが最善である。入玉模様となる時は多く不成功に終るものと知るべきである。
第五図詰将棋手順
13飛、12飛、22金、同玉、33銀、31玉、32金、同飛、同銀成、同玉、34飛、42玉、44飛、52玉、54飛、62玉、64飛、72玉、74飛、A62玉、73飛上成、51玉、53飛成、41玉、71龍、32玉、62龍引、21玉、23龍、11玉、12龍上迄31手詰
「管理人註:旧パラでは、82玉、84飛、72玉、83飛行成、62玉、73龍、52玉、63龍、41玉、43飛成、31玉、61龍、22玉、52龍引、11玉、13龍、21玉、22龍迄37手の解が書いてあるが、A82玉は12飛成以下29手で詰む。献上本の発見により、31手が作意順で正しいことが近年明らかにされている。」
飛車(飛)龍王(龍)
飛車は攻撃力のすこぶる強大な駒であつて、「送り」の特技がある。「送り」の手筋は直接詰将棋の表面手順として現れることは極めて稀であるが、変化其他の読みの中には往々現れて来るから第六図で之を示す。
(第六図)

33銀、同桂、12金、同香、11角、21玉、22銀、同角、同角成、同玉、11角、同玉、31龍、21合、22銀迄十五手詰。
右の手順中、一二金を同玉と取れば32龍と寄って詰になるし、一一角も同玉なら31龍と這入って詰む。この一二金から32龍、一一角から31龍の如き手段が「送り」の手筋である。
尚、一二金に対し23玉と上がれば一三金、同香、12銀打以下詰があるし、一一角に対し23玉と上がれば33角成、同銀、15桂で詰である。(第六図は三三銀打の手で手順前後が成立するから厳密に云えば完全作ではない。茲には詰将棋の例としてではなく、「送り」の手筋の例として紹介したのである。
さて、詰将棋に於いては飛(龍)は多くの場合玉の遁走を牽制する為に捨駒として使用される。これが飛(龍)の最も重要な使用法であると覚えて先ずゝ差し支えない。詰将棋においては大駒を惜しむ心は禁物である。(その理論的根拠は第二節及び第三節で詳論する。)
第七図
[原則2]飛車は玉の逃亡を阻止する駒である。惜しむべからず。
第七図の玉は五三から四四或は五四へ逃路をもつてゐる。即ち五三玉と出しては詰が無くなるのである。五三玉としない手段として五四飛打等も考へられるが、、、
[原則1]の「玉を下辺に置いて攻めるべし」を想ひ起こすならばそれと[原則2]の「飛車を惜しむべからず」とを検討せしめて、正解の五一飛打が容易に発見出来よう。
51飛、同玉、61飛、同金、73角成、62金、同馬、同玉、63金、51玉、61銀成、同玉、72桂成、51玉、62金迄十五手詰
飛(龍)の活用を主眼とせる作品は極めて数多く古典詰将棋の約1/3を占めている。従って練習の意味から第七図詰将棋と同じ手筋を含む詰将棋をもう一題掲げて置く。簡単であるから詰手順は各自で研究され度い。
(練習問題)

「逃走牽制」の外にも「遠駒」「不成」等々飛車の使用法は極めて多種多様に亘るが、それらは第三編詰手筋の所迄お楽しみとして残して置くことにする。茲では大駒を惜しまぬ心得を充分肝に銘じて了解され度い。
角行(角)龍馬(馬)
角は何処迄も利くといふその性能から、飛車と同様に「逃走牽制」の為に使用されることがある。特に端に桂香のある所謂実戦型詰将棋においては、二二から一三(又は八二から九三)へ逃走をもつてゐる玉を三一角(又は七一角)の王手で牽制する場合が往々生ずる。然しこの手段は極めて平易であるから実際詰将棋の詰手順として現れる事は割合少なく、多くは変化として縁の下の力持ちに甘んじてゐる。
角の最も重要なる使用法は「成駒を作る為の遠駒」の手筋であつて、持駒に角がある場合、或は容易に角が持駒に這入る場合には一応この手段を考えて見る必要がある。第八図にて之を示す。
(第八図)

11飛成、同玉、21香成、12玉、11成香、同玉、21金、12玉、11金、同玉、22銀打、12玉、13香、同角、同銀成、同玉、31角、12玉、22角成迄十九手詰
右の手順において、31角から22角成が「成角を作る為の遠駒」の手筋であつて、先に三一金を捨てて置くのは三一角を作る為である。
将棋の格言に「龍王敵地ニテ遣事大方吉龍馬手前ニテ遣事大方吉」(象戯珍手選)と言われているが當に至言であつて、馬は守備に非常な威力を発揮する。そう云う訳で余詰を防ぐ為に玉方に馬を配置することがあるから角を入手しても適当な使用法が無い場合には大約玉方の馬の利きをさけて攻撃するのを原則とする。
[原則3]角の持駒のある時は「遠駒」の手筋を一考すべし。攻撃に際しては玉方の馬の利きをさけること原則なり。
金将(金)
金は銀と異なり横へ利く。金の威力は実にその横に利くと言う性能にあるのであつて、その為に金で頭を押へられると玉は上部へ抜け出すことが出来ないのである。この性能によつて金は最後の止めを刺すのに使用される。従って持駒に金銀桂等多種類の駒のある場合には十中八九銀桂等より使用し金は最後迄残すのが普通である。「金無し将棋詰なし」と言ふ格言はこの間の消息を教えるものである。
(第九図)

第九図は詰将棋としては余り上作とは言へぬが、持駒の使用順序を示す為に簡単な図を選んだ。
第九図詰将棋作意
13飛、同桂、21銀打、22玉、31銀不成、同玉、32金迄七手詰
「金無し将棋詰なし」と共に「金無し将棋受けなし」とも言われる通り金は又守備駒として有力な駒である。従って詰方が攻撃を始める前には金の守備力を無能化して置く事が屢々必要である。金の弱点は斜後方に利かぬことであつて、これを逆用して守備の金を斜に呼んで元の位置に利かぬ様にするのである。
(第十図)

第十図詰将棋(古作物)42角、同金、43桂、同金、32金迄五手詰
これは守備駒の金を無能化する手筋の典型的なものである。
[原則4]金は止めに使用すべき駒である。濫りに手放すべからず。守備の金は斜に呼べ。
銀将(銀)
詰将棋においては銀が主役を演ずることは余り多く無い。それは銀が金に比して威力弱く比較的捨て易い為である。然し乍ら主眼となるべき妙手を助ける脇役として殆ど総ての詰将棋に銀捨ての軽手が使用されてゐる。
銀は一枚では極めて威力の弱い駒であるが(横に利かぬ為)、持駒に金がひかへてゐる時は二枚以上あれば非常な妙味を発揮する。第十一図は銀の秘技を示すもので詰将棋もこの辺りから次第に面白味を増して来る。よくよく玩味鑑賞され度い。
[原則5]銀は緒戦より打捨てられる事多し。「不成」に捌く事屢々有効なり。
井上信吉氏作(第十一図)

41銀、22玉、31銀、12玉、23銀、13玉、22銀上不成、23玉、32銀不成、同玉、21銀不成、23玉、32銀不成、同玉、22金、41玉、42金迄十七手詰
尚、玉方の銀は概して位置の変更を要しないが、特に銀の守備力を無能化し度い場合には縦に呼ぶのである。その理由は真直に進んだ銀は元の位置に利かなくなるからである。読者は茲に駒の性能とその使用法との関係を見ることが出来ると思う。
桂馬(桂)
桂の特徴は王手に際して合駒が利かぬことである。この性能を利用して詰めの手掛りを作るのに使用される特に無仕掛図式の80%迄は桂で手掛りをつけるものである。桂の第二の使用法は玉方の守備駒の位置の変更(第十図詰将棋参照)であつて、特に歩頭に打ち捨てられる事が多い。
[原則6]桂は手掛りをつけるのに絶好の駒である。又屢々歩頭に打捨てられる。
(第十二図)

第十二図詰将棋作意
32銀、同角、42銀、22玉、14桂、同歩、32桂成、同玉、24桂、同歩、41角、42玉、52飛、41玉、51と、31玉、23桂、21玉、11桂成、同玉、13香、21玉、12香成、31玉、22成香迄二十五手詰
香車(香)
香車は唯前方だけにしか利かぬ駒であるから進み過ぎては引く事が出来なくなって不便を感ずる。槍は手元へ手繰つた時が最も効果的であるのと同様に、香も出来る限り下から打つのが有効である。初心の方が香を玉に接近させて打つた為に詰むべき玉を逃してしまうのを往々見掛けるがこの原則をよく理解して今後は出来る限り下から打つ様にして戴き度い。持駒に金の無い詰将棋で香のある場合には合駒利かずの遠駒の香を打つて成り、止めに刺すことも少なくない。これは丁度「成駒を作る為の遠角」と同様の手筋である。
第十三図はその一例である。
(第十三図)

第十三図詰将棋作意
83歩成、同歩、84桂、同歩、81龍、同玉、83香、72玉、82香成迄九手詰
茲に注意すべきは、香の遠打に対しては常に玉方の「中合」の攻防手段が付随して来ることであつて、大道詰将棋の所謂香歩問題の難しさは実にここにあるのである。「中合」に関する徹底的の解説は第三編、第七節合駒の手筋の所で述べるから此処では左様な手段があると言ふに止める。
[原則7]香は出来る限り下から打つべし。香の遠打に「中合い」の防手あり。
(研究問題)

研究問題は二九香の一発で詰んでしまうかどうか?玉方の防手は次号迄お楽しみとする。
歩兵(歩)と金(と)
歩は性能がすこぶる貧弱であるから一般に軽視されであるが、非常に面白い駒である。何故ならば将棋四大禁手の内二つ迄が歩に関するもの(「二歩」「打歩詰」)であり「行き処なき駒」の中にも歩が含まれてゐて(数に於いては断然多い)、歩は他の駒に比して規則の制約を受けることが極めて多いからである。
殊に玉方の防手として打歩詰に逃げ込む手段のある事があつて詰将棋を益々複雑に、然し面白くする。詰方が打歩詰を回避する一つに「不成」の手筋があり、その一例として簡単な第十四図を挙げる。
(第十四図)

第十四図詰将棋作意
41馬、22玉、23飛、12玉、21銀、11玉、13飛不成、21玉、22歩、同玉、23馬、31玉、41歩成、21玉、12飛成迄十五手詰
右の手順中七手目13飛不成の手が急所で、これを成っては二一玉と逃げられて二二歩打が打歩詰になる。又、二一玉の時二三龍と寄っても一一玉で矢張り打歩詰は避けられない。
さて詰将棋に於いては歩の使用法は持駒としてよりも置駒として重要である。配置されてゐる詰方の歩は玉の逃走を阻んでおり、同時に攻撃拠点となる。玉方の歩は守備に働いてゐると言ふよりは、「味方の駒は取れぬ」と言ふ棋道の大原則によつて、かへつて玉の逃走範囲を限定してゐる事が多いから、詰方は不用意に之を取るべきではない。
[原則8]玉方の歩は玉の逃走域を限定する役割をなす故に無闇に取るべからず。
以上は何れも各駒使用法の詰将棋に於ける(勿論指将棋の場合に相通ずるものも多いが)原則であつて、詰手順は実に之に基づいて構成されてゐるのである。従って初心者は前述の八原則に先ず充分記憶して戴き度い。そうすれば詰手順の章を繙いた際に、理解が容易であろうと思う。
第二節 詰手筋の理論
詰将棋は妙手によつて構成される。換言すれば、詰将棋の成立する為には必ず何か一つ以上陥穽が必要なのである。例へ王手の連続であつても、銀を打って、金を打って詰では詰将棋にならない。玉方の防御力が詰方の攻撃力に較べて強大で詰難い−玉の遁路が広く平凡な手段では逃走される。−打歩詰になる−平凡に攻めると持駒が不足する−入玉模様になる−手掛を作る事が困難−等々の如き陥穽があつてこれを克服して玉を詰める為に詰方の妙手が必要となるものでなければならない。詰将棋の面白味は実に茲にあるのである。
さて、「妙手」は、術語の説明の所で述べた様に、次の如く定義される。
[定義]玉を詰ます為に必要不可欠であつて、然も常識的には容易に発見し難い手段を妙手と言ふ。
ここに言う常識とは実戦的常識、経験的常識及び心理的常識の総称であつて、この内最初の実戦的常識を逆用したものが従来妙手として研究され、公式化されるに至った詰手筋なのである。本節では詰手筋について述べる
詰手筋を大別すると
@捨駒 A不成 B合駒 C遠駒 の四種になるがその理論はすべて「実戦的常識の意表を衝く」と言う一言で尽される。
@捨駒 実戦に於いては味方の駒をただで取られる事は不利として忌むものである。その駒が歩香より銀金、角飛と上位の駒になればなる程取られるのが恐ろしい。即ち実戦的常識に於いては、「駒を捨てる事は惜しい」のである。この常識の裏をかいたものが「捨駒」の手筋であつて古典詰将棋の主眼とする妙手の90%を占めてゐるのである。「捨駒」には
(A)詰方が自駒を単独で玉方の駒の利きへ移動し、又は打って捨てる場合と
(B)詰方の駒が浮いてゐるにも関わらず、その駒に無関係に玉を追って、その駒を動かすことなく玉に取らせて捨てる場合との二種がある。
何れの場合においても捨駒の妙味は、それが上位の駒であればある程、又その駒が現状において有用であるが如く見えれば見える程、更にその捨駒の効果の現れ方が遅ければ遅い程価値が高いとするのである。又、何の為に捨駒するか?と言う捨駒の目的は種々あるが、これは第三編詰手筋の章を通読されれば直ちに分る事であるから此処では省略する。
捨駒はその価値の軽重こそあれ殆ど総ての詰将棋に含まれてゐるのでわざわざ例示する迄もない位だが一局でも多くの作品に接することが上達の秘訣であるから敢えて第十五図を掲げる。
(第十五図)

第十五図詰将棋作意
22香成、同玉、33銀、同桂、13角、同香、32金、23玉、21飛成迄九手詰
A不成 桂香の如く特異な利きを有する駒は別として、飛角歩は成れば一躍その性能が増大するものであるから、実戦においては殆どあらゆる場合に「成る」のが常識である。この常識を逆用したものが「不成」の手筋である。勿論玉の脱出路を封ずる為の銀の不成([原則5]参照)や、成っては王手にならぬので止むを得ぬ桂香の不成等も「不成」に違い無いが、詰将棋においては殆ど総ての場合に妙手としての「不成」は打歩詰に関係がある(第十四図詰将棋参照)。即ち詰方の不成は打歩詰の回避を目的とし、玉方の不成は打歩詰の誘致を目的とするのである。詳細は第三編第五節打歩詰を回避する手筋に譲り、「不成」の例を示す。
(第十六図)

第十六図詰将棋作意
13角、同香、41金、22玉、32金、同玉、31飛、22玉、33銀、同桂、11銀、12玉、32飛不成、11玉、12歩、21玉、31金迄十七手詰
32飛不成の所で成っては一一玉で次の一二歩が打歩詰となりどうしても詰がない。
B合駒 合駒は玉方だけにある手筋で、詰方の飛角香の王手に対して、その駒と玉との間に玉方の駒を移動し、或は適当な駒を打つことによつて王手を遮る手段である。合駒はその本質より明らかな様に詰方の「質駒」となるから実戦では多くの場合「歩」が使用される。蓋し歩は詰方に取られても威力少なく、玉方が大して痛痒を感じない駒だからである。この実戦的常識を逆用して、詰将棋では屢々歩以外の駒を合駒し、その性能による二段活用を計ったり、或は又中間合駒(所謂「中合」)を放ったりして複雑性を増加している。殊に大道詰将棋で駆使して町の天狗連の鼻をへし折ってゐる飛角の如き大駒は妙味尽きざるものがある。
合駒の活用法の詳細は第三編第七節合駒の手筋の所迄待って戴く事として、此処には第十七図を掲げる。
(第十七図)

第十七図詰将棋作意
74飛、84角、同飛、同玉、85歩、74玉、83角、85玉、77桂、95玉、96歩、84玉、74角成、同玉、63龍、84玉、64龍、74歩、85歩、94玉、86桂迄二十一手詰
右の手順中、第一着手74飛は詰方の攻めとしてはこの一手で、玉方同歩と取れば八三龍で参るから八四に合駒を打つ一手である。合駒には何を打つのが最も有効であろうか?
先ず八四歩合なら、八三銀不成、同玉、七三龍、九二玉、八二龍、同玉、七二飛成で詰んでしまう。歩合の所、金桂香でも同じである。従って八四の合駒は八三銀不成、同玉の時、七三龍を阻止する駒、即ち八四より七三へ斜後方に利く角か銀に限定される。
然し八四銀合なら、八四同飛と取られると同玉の一手で、次の八五銀打で簡である。故に八四の合駒は、斜後方に利くと同時に頭の利かぬ角でなければならぬことに決定する。かくの如く打った合駒の性能によつて詰方の狙ふ攻筋を消す場合を「二段活用の合駒」と言ふ。第十七図の局面は筆者の対局中に現れたもので之を補正して詰将棋としたのである。
(第四編 第二節詰将棋の作り方 第二項 実戦型作品の作り方の項参照)
C遠駒 攻駒は一般に玉に接近すれば接近する程効果が大きい。(香は例外)この実戦的常識の盲点を衝いたのが飛角(香)を玉から一間以上離して打つ「遠駒」の手筋であつて、遁路の遮断、遠方より防御に利いてゐる玉方龍・馬の位置の変更、持駒の獲得等の目的の為に行われる。
(第十八図)

第十八図詰将棋は玉方の龍の位置変更と持駒獲得を兼用した「遠角」の手筋を含むもので、将棋評論の一握り詰に佳作入選したものである。
第十八図詰将棋作意
44角、33桂、22歩成、同玉、23金、21玉、31金、同玉、53角成、同金、32飛、41玉、63角成、同金、42銀、52玉、33銀不成、61玉、53桂、同金、64香、63銀、同香不成、同金、71歩成、同玉、81歩成、同玉、82銀、92玉、93香迄三十一手詰
右の手順中、初手44角が「遠駒」の妙手で玉方若し同龍ならば二二歩成以下詰である。五三龍の位置を変更する丈けの目的なら五五から打っても、差し支えない訳だが、次に33桂跳と防ぐのを見越して後に五三角成と飛車を入手する為には44角は絶対である。次の玉方33桂跳は置駒を捌いての合駒で、二一へ玉の逃処を作らんとの心算である。この合駒の手筋も大道詰将棋に屢々用いられてゐる。註、第三編第八節遠駒の手筋の項を参照されたい。
第三節 詰将棋の構成
前節において詰手筋は実戦的常識の意表を衝くものである故に発見し難く、妙味を感ずるのである事を説明した。確かに詰手筋の理論はこの一言で尽される。然し乍ら詰手筋は古来より充分研究され公式化されてゐるから一度之をよく理解消化してしまう時は、新たに獲得した「詰手筋の常識」によつて比較的容易に、或時には当に反射的に詰将棋を解く事が出来る様になる。既に幾百幾千の作品に接して来た千軍万馬の古豪は確かにこの域に達してゐる。而して本論文の目的の一端は初心者をして、かかる域に至らしめようとするにあるのである。然らば詰手筋を完全に消化してしまへば詰将棋を極めたと言えるのであらうか?少なく共古典詰将棋の大部分を卒業したと言い得るかも知れない。然し茲に、前節の始めに述べた如く、経験的常識及び心理的常識を逆用する妙手を主役とした近代詰将棋が大きくクローズアップされて来るのである。
経験的常識とは「詰手筋の常識」の事で、之を逆用した妙手を含む詰将棋を筆者は「暗示的な詰将棋」と呼んでゐる。即ち「詰将棋では変わった手を考えればよいんだ」と思う心理を逆用したものが暗示的な詰将棋である。次に数局の例を掲げる。
(第十九図)塚田前名人作

第十九図詰将棋(塚田前名人作)では初手「二二飛打」を暗示するが四一玉と下がられてどうしても詰がない。
43銀不成、22玉、23金、同金、同桂成、同玉、25飛、24銀、35桂、14玉、15金、同銀、23飛成迄の十三手詰である。
(第二十図)

第二十図詰将棋は将棋芸術で見掛けたもので同誌は解答と同時に作者氏名を発表し、出題当時は匿名とするから筆者も未だ作者を知らない。始め「九三金打」が手筋であるから之に拘泥したが、九三金、同玉、八二銀、九二玉で以下王手は続くが決定打なく次の詰手順を発見した。
82金、93玉、83金打、同馬、同金、同玉、74角、72玉、63角成、83玉、74馬引、72玉、83銀、71玉、72歩、同金、同銀成、同玉、63馬右、82玉、83金、71玉、72金迄二十三手詰
初手八二金から八三金打とするのは無筋の様に思えて熟達者の思考外に置く所で妙手順と思う。読者の中に第二十図詰将棋の作者を知っておられる方があれば教えて戴きたいのである。
(第二十一図)

第二十一図詰将棋は、一三銀、同玉、二四銀、同歩、三一馬の手筋を暗示せしめるべく拵えたもので、右の手順ならば二四銀の時一二玉と下がって不詰になる。作意は22と、13玉、23と、同玉、24銀、12玉、13銀打、21玉、22銀成、同玉、33馬、31玉、42と、21玉、22歩、12玉、23馬迄の十七手詰である。
次に心理的常識を逆用した妙手とは、多くの人は右利きであつて、右からでも左からでも駒を打てる時は無意識に打つと右へ打つものであると言う癖を逆用して左から打たないと詰まぬ様にしたり、或は香でも歩でも使用し得る個所へは歩から先に使用する(良いものを後へ残す)と言う心理を逆用して香から先に使用する様にしたりする手段でこれおを主眼とせる詰将棋を筆者は「心理的な詰将棋」と呼んでゐる。「心理的な詰将棋」はその構想が極めて非凡であるから容易に創作し得るものではない。従って作品の数も筆者は多くを知らない。
(第二十二図)
新選図式第二番

第二十二図詰将棋(福泉藤吉氏作)詰手順
22桂成、同玉、13金、21玉、22飛、同銀引、同金、同玉、13銀、33玉、34歩、43玉、76馬、同歩、44歩、同玉、55金、53玉、54金、52玉、53金、61玉、52金、71玉、82と、同歩、73香、72桂、同香成、同玉、73金、71玉、72金、同玉、84桂、71玉、61金、同玉、73桂不成、71玉、81銀成迄四十一手詰。
右の手順中、五手目二二飛が絶妙で何気なく打てば十人が十人共二二歩打と診るところである。二二歩打とすれば、以下同銀引、同金、同玉、13銀、33玉、34飛、43玉となって次に七六馬、同歩でも四四歩打が打歩詰になつて詰まぬのである。「持駒が歩ならば詰むが飛車ならば詰まぬ」−これは心理的に非常な驚異でなければならない。これと狙いを同じくする妙手が詰物百番(一名「詰むや詰まざるや百番」)の第十五番作品にも含まれてゐるから同書をお持ちの方は参照されれば得る所があることと思う。
(第二十三図)

第二十三図は有馬康晴氏の詰将棋で、同氏は「心理的な詰将棋」を数局残しておられる。
第二十三図詰将棋詰手順
83香、71玉、72香、61玉、25角、同歩、62歩、51玉、52歩、42玉、32歩成、53玉、54銀上、64玉、56桂、73玉、74歩、83玉、84歩、82玉、83歩成、同玉、88飛、同角成、73歩成、同玉、85桂、82玉、93香成、81玉、73桂迄三十一手詰。
83香から72香は絶妙で、常識的には八四香、七一玉、七二歩と指したい所である。この手段中、83香は後の74歩が打歩詰となるのを予防し、七二香は、七四歩が二歩となるのを予防してゐる手である。
(第二十四図)

第二十四図はこの有馬氏の作品にヒントを得たもので、歩より先に香を使う所がミソで後の七四歩を二歩としない為である。
第二十四図詰将棋作意
72香、81玉、82歩、92玉、83角成、同玉、75桂、73玉、74歩、72玉、64桂、71玉、73香、82玉、72香成、92玉、83桂成、同玉、73歩成、92玉、82成香迄二十一手詰
初手を七二歩なら九手目74歩が二歩となるから、茲で七四香を打つ一手となつて以下八二玉、八三歩、九二玉で詰みがない。
尚、七手目七五桂を同とと取る変化は、八四銀成、七二玉、七三香、八二玉、九三歩成、八一玉、七二香成、同玉、八三成銀、七一玉、八二と迄である。
「暗示的な詰将棋」と「心理的な詰将棋」とを総称して近代詰将棋と言うが、古典詰将棋が停頓状態にある今日、詰将棋はこの方面に新分野を開拓すべきであると信ずる。そしてそれは実に我々詰将棋作家に課せられた責務である。
(第二編完)
(以下次号へつづく)
乞 御 期 待
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いやあ、長い文章ですねえ。よく毎月この分量のものを連載してたものですね。感心します。
でも内容については、この手の走りの文章だけあって、今の眼で見ると結構無理な論拠付けが多い印象をうけますね。原則とかは、理論というより経験論みたいだし。遠駒も11に玉がいて44角は遠いとは思えない。
言葉として「限定打」なら解るけど、、、。
ただ、歴史的な意味はとてもあり、紹介することは有意義だと思っています。
その後のページの4号の内容
秘手五百番について 紳棋会・・・秘手五百番の反響について、読者の手紙を中心に紹介
詰将棋結果稿及び編集後記で4号も終わり、次回からは5号に入ります。

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