僕が音楽監修・作曲(共作)・編曲・指揮を担当したミュージカル「本能寺が燃える」が、
FM AICHI(80.7MHz)で2010年10月7日から毎週木曜日の20時、
「エンタメ・コング」という番組内で放送されました。戦国時代、本能寺の変に至るまでのエピソードを、織田信長を討った明智光秀の視点から描く物語。戦国の戦乱と後に信長の妻となる幼馴染、帰蝶への思いが交錯します。これが作曲家「なかむらたかし」のデビュー作となりました。デビュー作からラジオ放送されて、しかも立派なCDになったなんて、なんと幸せなことでしょう! 僕の作曲家になりたいという夢がかないましたし、この仕事を通じて多くのことを経験させて頂きました。僕の忘れることのできない仕事のひとつとなりました。
ラジオ・ミュージカル「本能寺が燃える」公式ホームページ
脚本・作詞:あおい英斗
作曲:山本雅士、
なかむらたかし
編曲:
なかむらたかし
音楽監修・指揮:
中村貴志
明智十兵衛光秀:
中井亮一
帰蝶(お濃):金原聡子
語り部・南光坊天海:
谷友博
斉藤道三:森山孝光
合唱:名古屋大学グリーンハーモニー男声、
混声合唱団Vox MEA男声
他
主催 マミ・コーポレーション
制作 音楽工房、
FM AICHI
制作協力
株式会社フルハウス、
名古屋音楽大学
提供
株式会社メニコン
『本能寺が燃える』放送記念特別企画
僕の処女作となる『本能寺が燃える』の放送初演を記念して、放送が終わった楽曲のエピソードを書いていきたいと思います。
ジングル
ジングルとはラジオ番組の区切りとなるところで流れる音楽のこと。『本能寺が燃える』のジングルを作曲したのは僕です。戦国の戦乱と悲恋を壮大に表現してほしいとの要望でした。
冒頭はある楽曲の前奏をそのまま借用。日本の古典的な音階(陰旋法)を使用して日本的な情緒を出しつつインパクトがあったので、「これは戦国の戦乱を表すのにはピッタリだ」と思い、ジングルに使いました。
その後に導かれる旋律はふと浮かんだもので、ものの10分ほどでスコアまで完成させました。6つの音、しかも臨時記号はひとつもないというシンプルなものですが(和声もシンプルで、展開形があるものの、基本的に3つ)、非常に印象的で耳に残る旋律だと自負しています。制作サイドにも好評でしたし、僕も大変気に入っています。この旋律はある楽曲で使われます。これがまた印象的で良いんだ(笑)。それは放送を聴いてのお楽しみ。
第1回 2010年10月7日(木) 勝ち鬨
オン・エア楽曲『我らが勝利』
もうひとりの作曲者、山本氏との合作。2つに分けらます。前半の合唱の部分が山本氏の書いた旋律をまとめたもの。あとは僕が書きました。
本能寺を攻めた明智軍が勝ち鬨を上げる音楽。前半の明智軍が攻めていくところは、オーケストラをバンバン鳴らして派手に表現することもできるでしょうが、あえてオーケストラを薄くして声中心でいきたかった。前半は一貫して太鼓が同じリズムを刻み、その上に歌がのります。和音はたった2つ。主和音であるCマイナーとD♭メジャー(ハ短調のナポリ6度)。
間奏を挟んで後半部分は勝利に酔いしれる部分。ハ短調の並行調である変ホ長調に転調して、勝利の歌が高らかに歌われます。ここから弦楽器をフル活用して、前半との対比を出しました。
第2回 2010年10月14日(木) 初めての出逢い
オン・エア楽曲『ときめき』
第1回目で本能寺を焼き、明智光秀が織田信長を討った場面から始まりましたが、第2回目からは時がさかのぼって物語が進みます。第2回目は光秀と後の信長の妻となる帰蝶との出逢いの場面。
所々微調整はしたものの、山本氏の旋律を生かした楽曲。帰蝶が光秀と初めて出逢い、ときめくけれども、どことなく恥じらい、喜びを押し殺し、一方で不安定な心情(恋する乙女心)を表現したかった。穏やかではあるけれども、どことなく浮遊するようなオーケストレイションを目指しました。弦楽器とピアノ主体で伴奏されていたかと思えば、直ちに木管楽器に移ることで揺れ動く心情の様を表現。
それにしても、金原聡子さんの歌唱が素晴らしい。
第3回 2010年10月21日(木) 恋の芽生え
オン・エア楽曲『二人の思い』
帰蝶と明智光秀のデュエット。前回出逢った二人の間に恋心が芽生えます。しかし、それは燃え上がるようなものではなく、あくまでも内に秘めたるもの。デュエットですが、それぞれの気持ちをストレートに打ち明けるのではなく、歌われる言葉はそれぞれの心の内で語られるもの。しかし、それぞれの心身の中では相手への気持ちは高まっていく。山本氏の旋律を言葉に合ったものに調整しました。オーケストレイションは、だんだん楽器を重ね、音の高さ上げていって、じわじわと、しかしおだやかに高まっていくように仕上げました。
第4回 2010年10月28日(木) 隣国の脅威
オン・エア楽曲『脅威』
お聴きになられた方はおわかりかと思いますが、『脅威』の前奏がジングルと同じです。この曲の譜面を起こしている時に、ジングルのプレゼンが迫っておりまして、この前奏が番組の冒頭で流れたら聴いて下さる方にインパクトが与えられると思い、借用しました。『脅威』においてもかなりのインパクトを与え、まさに「脅威」を表現していると自負しています。
第2回、第3回と愛の物語が続きましたが、この会は一転して戦国の戦乱を表すエピソードとなり、緊迫感が漂います。明智光秀が使える美濃の大名、斉藤道三にとっての脅威は隣国尾張の織田信長。その道三が織田への脅威を歌う最初の部分は山本氏が作曲した旋律を整えたもの。緊迫感をだすために弦楽器が常に同じような音型をスタッカートで刻むオーケストレイションにしました。
その他は完全に僕のオリジナル。光秀にとっての脅威は実は帰蝶を失うこと。まさに恋する男であり、好きであるのに好きと言えない身分のつらさ、切なさを甘くも切々と歌い上げるような形で道三との対比を出しました。
コーダ(終結部)で道三と光秀が「落ち着いて、奴に近づき、いざとなったら、刺し違えるのだ」と歌いますが、二人の思惑は違いました。道三は美濃のため、光秀は帰蝶への愛のため。道三と光秀が交互に一言ずつそれぞれ自らの心情を吐露しますが、道三は強く、光秀は弱く、道三は弦楽器とピアノ、光秀は管楽器、道三はCマイナー、光秀はB♭メジャー(最後だけ解決するためにGメジャー)という形で対比を出しました。対比が主眼と言えるこの楽曲、上手くまとめることができたと自負しています。「なかむらたかし」お気に入りの1曲。
ここから物語が動き出します。高まった光秀と帰蝶の愛の行方は? 信長に対して道三はどのように出るのか?
第5回 2010年11月4日(木) 戦国の習い
オン・エアー楽曲『運命の悪戯』
恋心が高まった光秀と帰蝶との間に残酷な運命が待っていた。斉藤道三は美濃の隣国、尾張の織田信長の素性を探るために娘である帰蝶に信長の正室にさせるのです。政略結婚。帰蝶が「そんなのはいや!」と言えない時世、光秀が「仰せのままに」としか答えられない身分。あぁ、切ない。しかし、これは戦国時代では仕方のないこと。悲しいし、切ないし、悔しいのですが、一方で仕方がないという心情もどこかであるような気がします。山本氏の旋律を調整し、ポップス調のバラードに仕上げました。ベタなお涙ちょうだいにはしたくなかったのです。しかし、これがかえって哀愁を誘うように思います。
今回でラジオ・ミュージカル『本能寺が燃える』の折り返しです。本能寺の変に向けて物語は動き出します。
第6回 2010年11月11日(木) 空けとマムシ
オン・エアー楽曲『なんと恐ろしい魔物のようなやつ』
光秀は帰蝶の信長との結婚を機に美濃を離れ、北陸に赴きます。一方、帰蝶の父、斉藤道三と信長が初めての面会を果たします。帰蝶は今やお濃と名乗り、信長に仕えています。信長の寝首を切るよう命じた道三でしたが、自分の娘が信長に心から仕えていることを知り、信長が治める尾張との同盟関係を築きます。しかし、それは友好関係というより、敵にしてはならないという警戒心から。そのように思う道三と信長の二重唱です。この同盟関係の裏には策略が見え隠れする、ある種不穏な要素があります。特に道三には裏腹な思惑がある。それをオーケストレイションやリズムで上手く表現できたと思っています。特に終わり方が良い。自画自賛ですが(笑)、プレゼンの時に制作スタッフから「オーッ!」という声が漏れましたから。道三の旋律以外は僕の作曲(道三の旋律も手を加えてあります)。信長が道三と重なって歌う旋律はミュージカルっぽくて、なかなかカッコイイと制作側に評判でした。
第7回 2010年11月18日(木) 戦国の野望
オン・エアー楽曲『陰謀と欲望が渦巻く』
この回のオン・エアー楽曲『陰謀と欲望が渦巻く』は僕のオリジナルです。物語が大きく動く回で、それぞれの登場人物がそれぞれの思い、思惑を吐露します。それこそ楽曲名通り、陰謀と欲望が渦巻いています。ラジオ・ミュージカル「本能寺が燃える」のクライマックス。ドラマティックに戦国時代の戦乱、乱世を表現したいと思いました。
まず不穏なファンファーレが浮かびました。そして、最後までテンポは変わらなず、速いテンポのまま一気呵成に突き進んでいく構成。終結部の前までは基本的に軍歌調の行進曲。途中で全音上の調に転調させてテンションを高め、歌も楽器もすべてがユニゾンで「陰謀渦巻く乱世の常、諸国にはびこる醜い欲望」と歌い上げられた後、ふいに休止し、4分の3拍子に変わり、終結部に突入します。また、終結部の和声は3和音の半音の平行移動で、不安定さをわざと出しました。
演奏時間にしたら3分弱ですが、かなりドラマティックに仕上がりました。「なかむらたかし」渾身の一曲。戦国時代の戦乱、乱世を上手く表現できたと自負しています。
第8回 2010年11月25日(木) 再会
オン・エアー楽曲『それぞれの生き方』
再会を果たしたお濃(かつての帰蝶)と光秀。その際の心情を歌った二重唱です。ほとんど僕のオリジナルと言ってもいいほど作り直しました(笑)。懐かしさとともに、素直に気持ちを伝えられなかった悔しさ、逆らえぬ運命。それらが恨み節にならないようにしたかった。また、ドラマティックな楽曲が続いたので、シンプルなものにしたかった。一見、いや一聴さわやかに思えますが、和声やその進行でほんの少し不安定さを出して、過去の苦い思い出に触れた心情を出しています。お濃役の金原さんと光秀役の中井さんの声が本当に素晴らしい。この曲の魅力を最大限に引き出してくれました。
第9回 2010年12月2日(木) 失望と怒り
オン・エアー楽曲『幼き頃より願いしは』
信長が一席設けた大宴会で信長から理解しがたい叱責を受けた光秀がかつて仕えた斉藤道三が目指した「美しき世の中」を思い起こす楽曲。希望を思い返す楽曲。それゆえに、明るく、シンプルな曲を目指しました。編成もピアノとストリングス(弦楽器)だけ。僕のオリジナルです。
さて、いよいよ次回が本編の最終回。本能寺の編がどのように描かれるのか、お楽しみに!
第10回 2010年12月9日(木) 永遠の別れ
オン・エアー楽曲『本能寺が燃える』
第1回の「勝ち鬨」で本能寺が燃え、そして時を遡り、物語を進め、この日本能寺が燃えるところまでたどりつき、このラジオ・ミュージカルにおける本能寺の変が明らかとなりました。皆さん、いかがでしたでしょうか? この回のオン・エアー楽曲も僕のオリジナル。第1回では本能寺の変を起こし、勝利に酔う明智軍の様子が描かれていましたが、第10回ではそれぞれの心情の深層、真の気持ちが描かれています。歌詞を読み、これを音楽化するにあたって、構成をドラマティックに変化させようと思いつきました。
冒頭でまず本能寺が燃え盛る様を表現したかった。メラメラと燃える様を。2つのアイデアが浮かびました。無調性にしてめちゃくちゃにする方法と、調性をはっきりと残しつつ音型によって表現する方法。色々と試行錯誤しましたが、後者を採り、低音弦のトレモロ、大太鼓のうねるようなロール、ヴァイオリンとヴィオラのスケールによって、炎を表現してみました。
本能寺の変を起こした光秀。しかし、それは信長を殺すとともに帰蝶を失うことも意味していました。より良き世の中を作るために本能寺の変を起こしましたが、大切な人も失いました。その光秀の心中はいかばかりか。本能寺が燃えるのを目の当たりにし、大きな悲しみを抱えつつ過去を清算する叫びのような歌にしました(伏線を張っていたのですが、光秀は第1回で勝利の歌を歌いつつも、最後の大勝利は歌っていないんです)。
ニ短調の悲しみの調からニ長調の喜びの調に転調して、明智家の家臣たちの勝利の喜びに沸く合唱へと続きます。光秀とその家臣たちの心情の対比が上手く出ていると思います。
その後、急に曲調が変わり、信長の最後の言葉が台詞として語られた後、帰調の自決へと続きます。このメロディーはジングルのテーマ。これをここで帰蝶に歌わせたかった。歌詞も上手くはまり、金原さんは帰蝶の心情を上手く汲み取って、絶唱してくれました。
最後は再び勝利に沸く明智家の家臣たちの合唱。テノールは音が高く、皆ヒイヒイ言ってましたが(笑)、この戦国時代の壮大な物語をスケール大きく終えることができました。この変化に富む楽曲は、レコーディングが大変でしたが、満足のいく作品に仕上がりました。この楽曲も「なかむらたかし」渾身の一曲です。
そうそう。帰蝶を助けるために燃え盛る本能寺に入ろうとする光秀を引き止める家臣を熱演しているのは僕です(笑)。主役を向こうに回しての迫真の演技(笑)。
第11回 2010年12月16日(木) 回想
オン・エアー楽曲『幼き頃より願いしは
〜南光坊天海ヴァージョン〜』
この回が本編最終回でした(実は僕、前回が最終回だと思っていました(笑))。今まで語り部を務めてきた南光坊天海が明智光秀であるという説を採り、天海が最期に帰蝶との思い出を懐かしみながら、光秀時代の志を思い出し、『幼き頃より願いしは』を歌って永遠の眠りに就くという物語の最後でした。いかがでしたでしょうか? 僕はこういう終わり方、好きだな〜。
さて、この回の楽曲も僕の作曲。いちばん最後に書き上げました。脚本・作詞のあおい英斗さんから第9回のオン・エアー楽曲『幼き頃より願いしは』の旋律をスローなテンポでという指示がありました。伴奏はピアノだけでいこうと決めていました。ネタばらしになりますが、最終回ではアンコールとして『幼き頃より願いしは』の合唱ヴァージョンが放送されます。つまり、『幼き頃より願いしは』の光秀ヴァージョン、合唱ヴァージョンを作曲した後に、この天海ヴァージョンを作曲したことになります。バリトンのために調(キー)を下げ、一部変えてはいますが旋律は同じ。さぁ、伴奏の音楽をどうしようかと結構悩みました。同じ旋律で3曲書くのは結構つらかったです(笑)。苦心の作。間奏と後奏が思い浮かばず、合唱ヴァージョンから引用しました(笑)。でも、これがかえって良かった。ピアノに置き換えただけで雰囲気が変わりますし、最終回は管弦楽になって発展した形になりますからね。作品自体も良い感じに仕上がりましたが、演奏者によってさらに引き上げられました。谷友博さんは僕の思い通りの歌唱を披露してくれましたし、ピアノが素晴らしい雰囲気を出してくれてました。天海の死によって静かに物語を閉じるのにふさわしい楽曲になったと思います。
いよいよ来週が最終回。アンコールをお楽しみに!
最終回 2010年12月23日(木) 総集編
オン・エアー楽曲『幼き頃より願いしは
〜合唱ヴァージョン〜』
アンコールという形で『幼き頃より願いしは』を出演者全員でという設定の合唱ヴァージョンで作曲しました。最初を天海と光秀の語りにするというのは僕のアイデア。素晴らしい台詞回しをされたお二人に語って頂きたかった(曲を短くする目的もありますが)。今までとは違った雰囲気で始まり、最後は全員の歌唱によって盛り上がって曲が閉じられます。われながら、上手く構成できたと思っています。
中日新聞の夕刊にラジオ・ミュージカル「本能寺が燃える」の記事が掲載されました。写真の方が明智光秀役の中井亮一さんです。素晴らしい声に素晴らしい音楽性。一度だけ共演したことがありますが、イタリアに留学されて、彼の声、音楽性にさらに磨きがかかりました。実は中井さんを推薦したのは僕なんですよ。思い通りの光秀を演じて下さいました。