いよいよこの時が来ました。
セントラル愛知交響楽団「
悠久の第九」のマエストロ齊藤一郎さんの最初の練習の時が。
齊藤さんの指揮による「悠久の第九」は今年で3回目。今回は悠久の第九合唱団の体制を一新して臨んでいます。その成果が問われます。新しい体制を作るきっかけを与えたのはマエストロ齊藤さん。そのやり方にはアッと驚かされますが(笑)、問題点を見抜く力が非常に長けていると思います。そして、人を牽引していく力も。そうでなければ、今回の「悠久の第九」はありえませんでした。
過去2回は「駄目!」で始まった練習ですが、今回は平穏に音楽的に始まりました(笑)。最初は二重フーガから。『第九』のいちばんの難所ですが、合唱団はよく喰らいついていったと思います。それから順番に関係なく各ブロック毎に練習し、予定よりも15分ほど早く、練習は終了しました。第一関門クリア。合唱はマエストロの気迫に負けませんでしたし、気持ちとエネルギーがこもった歌唱でした。しかし、これはあくまでも出発点です。まだ課題はあります。これからそれらをクリアし、どこまで高められるかが勝負です。
今回の「悠久の第九」は非常に楽しみです。合唱団が新しい体制で臨むからではありません。マエストロ齊藤さんの音楽がより自在さを増し、いっそう幅広くなりました。変化に富みました。今日の合唱練習をみていてそう思いました。僕は「すごく良い」と感じました。昨年の練習における齊藤さんの言葉で忘れられないのがあります。「第九を毎年やるという日本の風習は素晴らしい。1年の成長の度合いがはっきり出るから。この1年何をやってきたのか、その成果が演奏に反映されなければならない」。年下の僕が言うのはおこがましいですが、齊藤さんはこの1年で指揮者として大きく成長されたと思います。もちろん齊藤さんには最初から高い音楽性と才能はあります。それが深みをましているということ。本番が楽しみです!
マエストロ齊藤一郎さんはおっしゃいました。これから絆やつながりがいっそう大切になっていくと。日本では東日本大震災や台風などの大雨で大きな困難にぶち当たりました。世界規模でみても、おおきな困難がたくさんあります。しかし、「すべての人々が同胞となって(Alle Menschen werden Brüder)」、それらに立ち向かわなければなりません。人間はその困難を乗り越えられます。
僕は発声の時に皆さんに問いました。この困難な時にあって「喜び(Freude)!」と歌えるかと。われわれは歌えなければなりません。ずたずたになりながらも、「喜び!」と歌えなければならない。そうでなければ、ベートーヴェンの『第九』をやる意味がありませんし、音楽家ではありません。音楽家はいつどんな時も聴くものに希望を与える存在でなければなりません。今こそその真価が問われる時ではないでしょうか。