
昭和20年の横浜大空襲から、ちょうど77年の日曜日。
晴れた横浜の空を見ながら、1週間最後の通勤電車に乗り込みました。

吉祥寺に出勤し、しばし業務をこなしてから昼食へ。
先日「アメトーーク!」で特集されていた「蒙古タンメン中本」に向かいましたが、開店直後にも関わらず店内は大行列だったので、断念しました。
テレビの力は凄いと思いました。

気を取り直して「天下一品」へ。
こちらも以前「帰れま10」で扱われたときは大行列でした。
無事に入店しラーメンにありつくことが出来ましたが「こってり」が少しキツくなってくるという、哀しい衰えを感じました。

道場では昭和の鍛練。
しかし、すぐ後から「トレーニングメーン」と叫びながら入ってきた者がいたので、重量を上げてセット数を減らし、早めに切り上げました。

迎えた指導の時間。
高校3年生だった昭和62年、いま巷で話題の「附属戦」前に柔道部で流行った浮技を紹介しました。
自分も直前の公式戦ではキメてみせましたが、肝心の「附属戦」では不発に終わりました。
先日の「東日本柔術選手権」でも見られた技法でもあります。

後半も15歳から72歳までが集まり、ファッショナブル。
「東日本」で勝ち誇ったり、また泣いたりした道場生たちも参加していました。
その後は定時までヨロシク働き、後顧に憂いを残さず長かった1週間の業務を終えることが出来ました。

0