動物保護団体【ARCh】staff小梅のブログです。世界を旅する小梅です。

2011/10/10

リル  CATNAP

時々、自分のしている事への嫌悪を感じる。
数年前までは微力でも少しでも役に立ちたいと純粋な気持ちを持っていた。
でもこんな立場になり、志は一緒でも同じスタッフに心労を掛ける事にも自分自身がやりきれなかった。

誉を預かると決めた時、ご縁への希望と自分で看取る事の諦めも持っていた。
前向きな希望を持ってセンターから犬を運び、トリミングしてもらい、病院に掛け、預かりスタッフに引き継ぐ。
覚悟の上だが、皆、多かれ少なかれ問題を抱え、時としてそれは私達を苦しめる。
どうして救う側の人間がこんなに苦労をしなければいけないのだろうか。

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彼女は飼い主持込でセンターに収容された。
10年近く一緒に居て、いらなくなったモノのように捨てられた。
私に必死に威嚇した。

「お願い!触らせて!触れなければ、連れて帰れない」

センターでもオファーは一切入らなかった。
それでも担当の先生は触れるように試行錯誤をしてくれた。

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人への信頼は失っていた。
でも仔犬たちには優しかった。
彼女は知っているんだ。この子達は裏切らないと。

もなかママに相談した。
この子は犬にとても慣れていないと預かれない。
まずは体を治してそれから人間との信頼関係を取り戻さないといけない。
もなかママは彼女を家に連れ帰ってくれた。

もなかママがリルと可愛い名前を付けてくれた。
でもリルの体はいっぱいいっぱい病気があった。
乳腺腫瘍は自壊寸前。子宮蓄膿症の症状もあった。
痛かったはずだ。痛いと訴えたはずだ。
でも行き着いた先はセンターでの処分だった。
急ぎ、会の協力病院の先生に診てもらい処置が始まった。
出来る事は全部した。
もなかママはリルがちょっとでも回復するように頑張ってくれた。

ある日の電話連絡でもなかママが言った。
「リルはどんどんいい子になって来ましたよ。
 痛みから解放されて、お顔付きも穏やかになったの」
「一緒にお昼寝もするのよ」って言っていた。

さあ、これからはご縁だ。
これからご縁探しを頑張ろうと思っていた矢先だった。
腎不全が急激に進行しだした。
病院の検査ではCRPが振りきれた。
重度の腎不全だった。
それでも食事の工夫をしながら、頑張ってくれた。

「とうとう食べなくなりました」

少しでも楽になれるようにと先生と相談した。
自宅で輸液をすることにしてもらった。
あんなに怒りんぼだったのに、その時にリルはもなかママに体を預けて甘えていた。
もなかママがトイレに立った時、彼女は必死に追いかけた。
具合が悪く立つ元気も無いくせに、私が代わりに持ったリードを引っ張り、もなかママに付いて行こうとした。
一緒にいたあんなさんと「やだ、結構元気なの?」と言ってた位だった。
元気な訳じゃ無かった。
置いて行かれる事への恐怖だったのだろう。
リルにとってはママはもうもなかママしかいないのだから。

1週間ほどは小康状態を保っていた。
時々もなかママにお電話をして状態を聞いた。

早朝にメールの着信。
「痙攣が始まりました。」
急ぎ、病院へ行ってもらった。
私も後から駆け付けた。
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痙攣止を打ったリルはちょっと楽になったようだった。
もなかママは連日の徹夜の看病で疲れていた。

「寝れていますか?」と言う私の問いにもなかママは微かに微笑んでくれた。
「細切れで寝ているから大丈夫よ」と言っていた。

「リルね、可愛いって言うと喜ぶの。顔はぱーって明るくなるのよ」
「きっと若い頃はいっぱいいっぱい可愛いって言ってもらっていたのよね」

滅多に泣かない私は目頭が熱くなった。
どうしていつも苦しむのはこちら側の人間なんだろうと。

「嫌いな病院へのお出掛けなのに、ママを独り占め出来て嬉しいみたい」
もなかママは優しくリルの顔を撫でていた。

多頭のもなかママはリルに悪いと言っていた。
もっともっと甘えさせてあげたかったと。

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リルはようやく信じられる人を見つけた。
でももう彼女には時間が無かった。

10月9日の朝、携帯に着信。

もなかママさんのブログ→こちら
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もなかママ、ありがとうございます。
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