2011/4/30

福島県へ行ってきました。  気になる記事
4月20日、福島県へ行ってきました。
先のブログで記載した通り、福島県にも取引先様があり、
毎月、行ってはいたのですが先月はさすがに震災直後でも
あり、東北道も閉鎖されており1か月ぶりの訪問となりました。

先に入った東京は先月と同様、節電対策もあり駅などの
公共の場では暗く、人の流れは観光客が激減しているのだろう、
いつものなら列をなす「お土産店」も本当に空いている。

ガンリン問題は解決していたが、建築関連では資材不足が
まだ解決していないようで、多くの金物店が「厳しい状況が
続いている」と嘆いていた。

そして、福島県行き。 思った以上に交通量も多いと実感して
いたが、埼玉・群馬を越えたころから一般の交通量はぐっと
減り、対して警察や自衛隊などの緊急車両がたいへん目に付く
ようになってきた。 途中休憩をとって所ではそんな自衛隊の
車両が数台止まっており、目を合わした瞬間、思わず
「ご苦労さまです。」と声をかけた。

隊員の中には女性隊員もおり、また若い世代も多くが
震災復興に従事しており本当に頭が下がる思いです。

栃木県は鹿沼を超えると東北道は3車線から2車線となる。

そして福島県は白河を越えたあたりからスピード制限の
表示が出てくる。 仮復旧の路面にはまだ段差も多く、
片側1車線への規制や法面の亀裂を修復している現場などが
目に付いた。

今回、通常なら福島県で一泊する予定でいたが、ビジネス
ホテルが全く取れない状況となっていた。
現地で同業者に確認しても「今は厳しいだろう」と言って
いた。 どうも復興関連の社員や建築関係からも多くが
現地しており、それらの定宿として使われているようだ。

市内に入り、取引先に到着する。 倒壊などの大きな現場に
出くわすことはなかったが震度6弱〜6強の現場では
ブルーシートに覆われ、修復を有する家屋が多く軒を
連ねていた。

早々店内に入ると引っ切り無し職人がやってくる。
色々な業種の方が道具や資材を買い求めてくる。

こちらでも一時は滞っていたと言うがブルーシートや土のう
袋も今は大丈夫だと言う。 ただし、テープ類など特定の
商材がどこにも無い。と、一番に望む現場ですら資材不足の
問題は今でも大きな課題となっていた。

私も接客のお手伝いをさせて頂いた。
しかし、見ていると来店する職人さんの笑顔やけに輝いて
見えた。 確かに忙しいと言うのも事実だが、この時期でも
やるべき仕事があり、それがたとえ小さな1歩でも復興に
繋がると言う思いもあるのだろうか。

手の空いた時に私は店主と話し込んだ。

震災直後はガソリンをリッター300円で売った業者もいたと
言う。 小さな町なのにご近所付き合いにもひずみができた
所もあったと言う。 正直、考えたこともなかった出来事に
まだまだ精神的な疲れも多くあるよで、原発問題もあえて
触れることもなかったが、今後一切の保証もない地域ですら、
同じ県と言うだけで経済的な打撃を受けている現実は歪め
ない。 昨今のニュースを見る限り、仮設住宅の着工件数を
上げるため、更に増員を計画しているようだ。

しかし、労働力を求める地域はもっと広範囲だ。

やっと取れた栃木のビジネスホテルでも多くの工事関係者を
確認することができた。 ナンバーも埼玉、神奈川と関東圏
から多く応援にきている。

GWを間近にして、ようやく各方面に資材が徐々に流れ初めて
いる。 まだまだ完全とは言えないが、少しづつ問題が解決
されて行こうとしている。

最近、私はあえてTVのニュースや特にワイドショーの
被災地の記事を見ないようにしている。

本当に方々にはお気の毒だが、どうも番組の作り方が意図的に
見えてくるからだ。

そして、本当に多くの方々が頑張っている。
例えて言えば資材不足に耐えている地方の方々もやはり今を
乗り越えればと必死で耐えることを頑張っていると思う。

先ずは1歩づつ。 全国でそして誰も1歩づつ。

今はこれしかありません。

外国からどう思われようが。 日本のGDPがどこまで
下がろうが、今生きてる人間たちで新しい日本の未来を作る
しかありません。 輸出は下がろうとも一人一人が頑張れば
内需は拡大します。 なにもTVが言ってるように
旅行に行け・東北の野菜を食べる そんなことではなく、
ただ一人一人が働き経済活動をする。これが重要です。

なめるな日本を!きっと復活させましょう。




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タグ: 建設 職人 技能

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