2010/3/2

ちょっと私ごとですが。  
高校に通っている娘のバイトがやっと決まりました。
くるくる寿司やラーメン店と何度も落とされ、ようやく
コンビニに決まりました。
探している最中は私もネット必死で見て回りましたが
私の所は田舎のせいもありますが、今は求人が本当に
少ないことを知り、改めて驚かされました。

今から30年ほど前。高校生だった私は部活動もしており
腰を据えて働くことが出来ませんでしたから、
いつも早朝早くに労働者の集る場所で日雇い現場の仕事を
探しに行っておりました。
行けば大抵、仕事にありつけていました。
労働の殆どは力仕事でしたが、当時は運動部員でしたから、
むしろ体を動かすのが好きでしたから好きでやっていました。
日当は6,000円から多い時は7,000円もありました。
そこから仲介する人達がピンハネする訳ですから、
実際には10,000円近い人足代だったのではと推測します。
やっていた仕事も色々で、型枠についてコンクリートの
剥がしや、酷いのではコンモリと詰まれた土砂の山を
ただ平に均せと言うもの。それもスコップで…
トラクターでも使えばイチコロなのに何で!? まぁ今、
考えれば当時の公共工事は決めた予算に合わせて、じゃぶ
じゃぶと、資材と人をつぎ込んでいたのかと言うことですね。

そして、楽しくともチョッピリ辛い仕事もありました。
これは好んで一週間ほど通よった港での仕事です。
船から荷揚げされた缶詰を検査する仕事で、検査員は
熟練したオバちゃん達です。それも皆、良い年の本当に
おばちゃん達で、でも私達には本当に優しくって
「明日も来なよっ!」て、いつも笑顔で、そんな缶を
私達は沢山運ぶのですが、運動だと思えば苦にならなくって
ただ、この仕事を仲介してくれた方は私達にいつも言います。
「絶対、お前たちの賃金を言うな!ここで働いている
おばちゃん達はお前たちよりズッと低いから…」
それを思うと今でも申し訳なくって、あの、日に焼けた
笑顔が今でも忘れられなくって・・・

今、娘はコンビニで人生最初の「仕事」を経験して
おります。 私は考えます。 働くと言うことはただ、
お金を稼ぐと言うことだけではなく、人との繋がりを
感じ、そして自分自身の存在を確認することだと。

最近、なぜか私はコンビニの店員に凄ご〜く優しいです(笑)
どんな仕事でも、誰も楽して選んではいません。
不慣れと知りながら、向いてないと考えながらも皆、
一生懸命です。(だと思っています)それに接する人が
ちょっと笑顔を見せてあげるだけで、その人は明日は
もっと頑張れると思います。
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タグ: バイト

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