2019/1/19

私はケチである。  
私はケチである。

そう言うと若い人には抵抗感があるかも知れない。
なぜなら誰しも、そうは思われたくないからである。

事実、私もそうでした。やはり付き合いもある。
社員や後輩もいる。

しかし、ある出来事がきっかけで私はそんな
呪縛から解き放たれました。

本当に些細な出来事でした。

それは今から3年近く前、毎年開催されていた親族での
新年会の席。 私の妻に話しかける一人の姉。

そして妻から聞かされたのは「大丈夫?」
「無理してない?」「だってヒロはケチやから。」
※ヒロは私の愛称です。

それは決して悪口では無かった。私には5人の姉が
おります。 その姉ちゃんはその中でも年が一番近く、
そして私を大変可愛がってくれました。加えて
その姉は姉弟の中で誰よりも恵まれた家柄に嫁ぎました。

そんな姉の言葉を妻から聞き、私は長年の肩の荷から
開放されました。

実は私の父。 折り紙付きの相当なケチでした。
そんな父の生き様が自然内に私達姉弟に染みついて
いたのです!

父は第二次世界大戦を20代初頭、海軍として戦いました。

そして終戦。焼野原の中を息抜き、私達7人兄弟を
養ってくれたのです。
幼少期は私達の食べ物は本当に質素でした。
服も兄の御下がりは当然で、中学での制服はいつも
すり減ってテカテカ、3年生での卒業写真では
とうとう、エリのカラーが締まり切らず、輪ゴムで
締めて、それでも出来た僅かな隙間をマジックペンで
修正したほどです。

だから、そう言った姉でさえ。裕福な家庭に嫁いだ
姉でさえ、質素倹約が身に付いてしまっているのだと
感じました。

私は月に10日程、仕事で各地へ出張に行きます。
知らない人は全国を廻れて羨ましいなと言います。
きっと各地で美味しいモノを食べているんだろう、
とも言います。

勿論、絶対ないとは言いません。
でも、あっても初回か、数回程度です。

やっぱり、美味しいモノは家族と一緒に喰ってこそ、
美味いモノであり、一人で喰っても何の意味もありません。

だから、出張時はむしろ自分をハングリーな状況に追い込みます。
自前で手弁当を作り、お茶も2リットルペットを小型
ペットに分けて飲みます。どうです。聞けば俺ってケチでしょ。

でも私に言わせければ、これは倹約です。

ちょっとでも節約すれば家族と一緒に食べる時の
軍資金に回せます。 どんなに我慢しても、その時の
家族と一緒に美味しいモノを食べる時の笑顔が何よりも幸せです。

ありがたいことに、この年でも大勢の飲み仲間に囲まれて
います。でも私達の誰もが共通している意識は絶対!割り勘!

後腐れなく、いつもマイペースで、誰にも負担なく、
そして、たいして喰わなくても、飲んでばっかりでも、
更に長い時間居ても文句を言わない・・・お店。(笑)

こんな人生を私は幸せと感じております。

見栄を張らないとは気楽である。
身の丈に合っていると言う感じでしょうか。

昔と違い、今の世の中は見栄を張ったらきりがない。
もちろん、私だって少しぐらいの見栄は張ってますけど。

でも、どうでしょう。自分を「ケチ」だと、
認識すれば人生、更に人生面白くなりますよ。

大切な人と一緒に過ごす時間。人生、これこそが
本当の至福だと私は考えます。


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