母校である高校が取り壊されることになった。
新潟県立三条高校、通称「三高」。
ワタシが通っていたのは10年以上も前のこと。
その頃から校舎のあちこちはボロボロ。
今は新しい校舎が近くにできて学校は完全に新校舎に移行され、
ワタシが3年間通った旧校舎は用済みの廃校に。
夏の始まり頃に、同級生で今もよく一緒に遊ぶM氏から連絡が入った。
「 "三高ありがとうプロジェクト" をやるらしい」、と。
三高の卒業生の有志で集まり、旧校舎を掃除して奇麗にしようというのが
プロジェクトの概要。主催者は2年下の後輩Iさん。
8月のはじめにM氏とともにそのプロジェクトに参加してきた。
その時の様子、三高旧校舎の様子を写真とともに伝えよう。
三高の卒業生以外の人には「何のこっちゃ」な記事かもしれないが、
「役目を終えた校舎」が持つ独特の雰囲気を味わっていただけたら幸いである。
(8/28追記・生徒会室の写真を追加しました)

掃除の準備は万端。いざ校舎内へ。

生徒玄関。
下駄箱ぐらいは残ってるかと思ったが、何も無かった。
校舎内に入っていきなり感じる「無」の感覚。

廊下(左)と渡り廊下(右)。
卒業した小学校に大人になってから行くと「意外と小さい」と感じるが、
高校の場合はその逆。廊下ってこんなに長かったのか。

保健室(左)にはベッドを仕切るカーテンのレールが、
図書館(右)には大きな棚が残っていた。

職員室(左)と校長室(右)。

職員室に残されてた時計の装置(左)。
校舎外の大時計(右)とリンクしているようだ。
もちろん両方とも止まっている。

プール(左)には当然 水はない。
2階の窓から見える校門の風景(右)に、自分のクルマが見える。
学生時代には考えられなかった非日常的な画だ。

中庭の池(左)にも水はない。
中庭に出るドアを開けたらいきなりジャングル(右)。

用務員室に残ってた教材のカタログ(左)。
放送室の入口にはなぜか鳥肌実氏のポスターが(右)。

体育館の床は真っ白(左)。
最後の記念にステージの上でジャグリングをしてみた(右)。
学園祭でクイズ大会の司会をやったのを思い出した。そうだ、このステージだ。

体育準備室に残されてたのは、バレーボールのネットと黒電話。

洗面所に残ってたクレンザー(左)。懐かしい。
火災報知機の中にホースは無くカラだった(右)。

生徒会室。未完成のアート。

高校の頃は写真部だった。
写真部の部室はこんなに狭い所(左)。ここで闇ナベとかしたっけ。
闇ナベにナタデココを入れて先輩の大ひんしゅくを買ったのもいい思い出。
ドアの落書き(右)も自分の頃からあった。けっこう覚えてるものだ。

部室内でもんじゃ焼きのヘラ発見(左)。今どき闇ナベは古いのか?
自分の頃には無かったパトランプ(右)。
換気扇につながってるのでガス中毒を警告するためのものか?

床に草が生えた1階の教室(左)。
LL教室の床には英語のヒアリングのための機材を設置してた
名残りが見られる(右)。

1階の物理教室入口にも草が生えている(左)。
教室の中は床が抜け落ちている(右)。
草が生えたり床が抜け落ちたのは1階の教室の一部で、
2・3階の教室には見られなかった。
1階だけが朽ちてしまったのは、平成16年の「三条市7.13水害」の
影響と思われる。この旧校舎はもちろん、建設中の新校舎も被害に合った。
----------
今回の「三高プロジェクト」は、校舎内を見学する企画ではなく
校舎内を掃除するもの。

このように1部屋ずつ掃除をして校舎を奇麗にしようというのが狙い。
教室には机などは残ってないが、ロッカー本体は残ってる。
ロッカーを掃除していると、中から色々なモノが出てきた。

教科書やプリント類。そしてなぜかカラシとゴマとサイコロ。

ロッカーの中に落ちてた名刺は、はり治療院のもの。なぜ高校に?

こんなものも出てきた。
化学の時間に作った立方格子の模型。自分の頃もこれは作った。
掃除の途中で「体心立方格子か面心立方格子のどっちかだよね」
という会話で盛り上がった。
今となってはその立方格子が一体なんなのかわからない自分。
化学は苦手だった。

消されず残ってた黒板コレクション。
----------
なぜ校舎を取り壊すのに掃除をするのか。奇麗にする必要なんて無いのに。
今回のプロジェクトの主催者であるIさん曰く、
「死んだ人の体を奇麗にすることに似ている」とのこと。
「三条高校の旧校舎はその役目を終えた」
掃除を終え、改めてそう実感した。
高校に通った3年分の感謝の気持ちは、3時間の掃除で伝えきれただろうか。