2010年6月2日
女子野球部ブルペン
前かがみでサインを覗き込む背番号16
パシィィンッ!
キャッチャーミットが快音を響き渡らせる
「よーっし!咲、今日のストレートも!」
「絶好調ナリーっ!」
ガッツポーズする咲
ミットを外して笑う小宮山
彼女も先日1軍に昇格した
監督徳川は、咲の力を最も引き出せるのは小宮山以外にいない、と判断したのだ
ブルペンの横を黙々と走る背番号29、藤原
誰と視線を合わせる事無く、前だけ向いて『走り込む』
投手としての生命線、下半身を鍛え、『牙を研いで』いるのだ
咲は1軍に昇格してから一度も藤原と会話をしていない
同じ投手同士、いわばライバル同士
会話は無くても結構なのだが・・・咲は寂しさを隠せない
「おい日向!なにやってる!次はシンカー!」
小宮山の声で我に返り、正面を向く
「はいっ!」
慌ててボールを握りしめ、投球!
ガッシャン!
ボールは小宮山の構えたミットの遥か上を通過し、後方の金属製ネットへ
「あちゃー!」
頭を掻く咲
「おいおい・・・最近思ったんだけど、咲ってちょっとメンタルが弱いなあ。」
「はい・・・」
「考えすぎるな。特に他人の事などマウンドでは一切不要だ。バッターと投球だけに集中しろ。」
「はい。」
咲は防止を被りなおし、真顔で返事した
「試合が近いからな。仕上げていかないと・・・。今年こそ一矢報いたい!」
「ですね!行きます、次もう一度シンカー!」
咲はボールを持った手で小宮山を指差し、セットポジションで構える
ヒュッ!!
地面3センチの場所から離れた白球は一度高く浮き上がり、さらに逆方向へと落ちていった。
パシッ!
構えたミットにすっぽりと収まった
同刻:校舎内
美翔舞は部活動を終え、ひとり廊下のポスターを見つめていた
『男子野球部対女子野球部 練習試合
2008年6月7日 16時から グラウンドにて』
「咲も・・・試合に出るのかな・・・」
舞はぽつりと呟いた
2010年6月7日
その日、運命の歯車が日向咲の人生を大きく動かす

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