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2017/6/27  23:29

闇に消えた真相!未解決事件  復讐

世の中にあふれる未解決事件。
その中には犯人がまだ生きているだろう世代のものも多く存在します。もしかしたらあなたの知っている人が凶悪犯かも知れません。


足利事件

1990年5月12日、栃木県足利市にあるパチンコ店で女の子(当時4歳)が突如行方不明になるという事件が起きました。女の子は翌朝、近くの河川敷で死体となって発見されました。

容疑者が逮捕されましたが、後のDNA鑑定により免罪が確定し無罪になったため、この残虐な事件は未解決事件となりました。

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女の子は父親に連れられてパチンコ店に来ており、父親が目を離した隙に駐車場で行方不明になっています。駐車場では少女とみられる女の子を連れていく不審な男が目撃されており、「ルパン三世のような男だった。」という証言もありました。

これらの目撃証言を裏付けるように、男と少女が歩いていった先の河川敷で被害者女児の死体が見つかっています。

警察は何故か半年ほどで証言からの捜査を切り上げ、「子ども好きの独身男性」というプロファイリングを重視した捜査に切り替えます。免罪になった男性の名前はその中で浮上しましたが、前科はありませんでした。

DNA鑑定により現場に残された遺体に残された体液がこの男性のものと一致したとして男性は逮捕されますが、後の鑑定で全くの別人であったことが判明しました。

事件当時の防犯カメラに不審な男が映り込んでおり、現在ではこの男が真犯人だと考えられています。


帝銀事件

帝銀事件とは、1948年1月26日に東京都豊島区の帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店(現在は存在しない)で起こった殺人事件です。

事件当日の閉店後、厚生省職員を名乗る男が訪ねてきました。この男は「近隣で赤痢が発生しており多数の感染者が出ている。

これから銀行の消毒を行うがその前に予防薬を飲んで欲しい。」と言って行員に薬を差し出しました。男に手渡された名刺から彼を信用した行員と用務員の家族合わせて16人がこの薬を口にしました。

しかし、これは予防薬などではなく猛毒の青酸化合物でした。

その結果、計12人が死亡し、男は現金や小切手など合わせて1万7450円(現在の価値で数百万円ほど)を奪い逃走しました。

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1948年8月21日、犯人とされる画家の男が逮捕されました。この男に対する取り調べは相当厳しいもので、取り調べの中彼は数回にわたり自殺を図っています。

自白により男は有罪とされ、死刑判決が出されることになりました。しかし、拷問に近い取り調べが行われた疑いがあること、またこの男が精神疾患を患っていたことから死刑執行は行われず、最期は獄中で病死しました。

現在では銀行に対する知識を持たないこの男に犯行は不可能だったという見方が強く、その手

口から陸軍関係者による犯行だったのではないかと考えられています。


熊取町連続自殺事件

1992年4月29日、大阪府熊取町で17歳の少年Aがため池に落ちて死亡したのを皮切りに、3ヵ月という短い期間のうちに7人もの若者が自殺をするという奇妙な事件が起きました。

Aの死から一か月後、Aの友人である少年Bが心不全で亡くなりました。また、六日後、AとBの友人である少年Cが玉ねぎ小屋で首を吊って死んでいるのが見つかりました。

遺書は残されておらず、「借金を返してくれ」というメモが発見されましたが、警察はこれを自殺と断定しました。

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Cの自殺から六日後、Cの友人だったDが自宅の納屋で死んでいるのが見つかります。遺書は見つかりませんでしたが、警察はやはり自殺と断定します。

Dには妊娠した婚約者がおり新生活を送る家も決まったばかりでした。Dは死ぬ直前、友人や家族に「白い車に追われている。誰かに付けられている。」と話していたそうです。

その一週間後、Dの死の知らせを聞き他県から熊取町に来ていた友人のEが何故か農作業用の小屋で首を吊っているのが見つかりました。

Eは手首を後ろで縛られた状態で首を吊っていました。EもDと同じように「車に追われている」と周囲で話していたそうです。

Eの死から一週間後、岸和田市の職員F(当時22歳)が栗の木で首を吊っているのが見つかりました。踏み台なしでは首を吊ることができない状況であるにも関わらずFはやはり自殺と断定されました。

さらに一週間後、大学生のG子が道路購に挟まった状態で発見されます。G子は首と胸をナイフで刺されており、死の直前まで「違う。違う。」と繰り返していたそうです。

G子も友人に「車に追われている。」と話していたそうですが、この事件も警察は自殺と断定してしまいました。

この連続自殺事件はあまりにも不審な点が多いため、自殺ではなく殺人事件だったのではないかといわれています。


プチエンジェル事件

プチエンジェル事件とは、2003年7月に東京都赤坂にあるマンションで発生した、誘拐・監禁事件です。「プチエンジェル」とは犯人が経営していた未成年デートクラブの名前です。

犯人は特定されていますが、謎の多い事件であるため今回取り上げています。

犯人は女子高生をスカウトに使い渋谷や新宿で少女を勧誘させ、男性客に紹介して利益を上げていました。2003年7月13日、犯人の男は小学六年生の少女四人に「1万円あげるから掃除を手伝って欲しい」と声をかけ赤坂にあるウィークリーマンションまで連れて行きました。

マンションに付くと少女たちは目隠しと手錠をされ、逃げられないように手錠には鉄アレイやポリタンクなどの重しが付けられました。

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その後犯人は別室で七輪による練炭自殺を図り死亡しました。
何とか手錠を外して逃げ出した少女のひとりが助けを呼び他の少女たちも無事救出されました。またこの事件を受け警察は渋谷で大規模な補導を行い、最終的には1500人以上の少年少女が補導されました。

しかし、犯人が練炭自殺に用いた空間密封用のビニールが溶けてしまい死ねるはずがないのに死亡していたという点や、回収された2000人以上の売春顧客リストの多くが架空の人物であったことを理由に警察が最後までリストを捜査しなかった点、結局犯人の動機もわかっていないという点などから収束後も謎の事件として語られるようになりました。


島根女子大生死体遺棄事件

2009年11月6日、広島県北広島町にある山の山頂から女性の頭が発見されました。検死の結果、頭部には殴打痕があり死後1〜2週間ほど経過していることがわかりました。

また、DNA鑑定からこの遺体は行方不明になっていた島根県の女子大生であることも判明しました。その後警察の捜査で両手足のない胴体や左足首と大腿骨の一部が見つかりました。

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警察の捜査によると被害者の女性宅には無言電話がかかってきており、現場近くでは不審な動きをする車も目撃されていたことがわかりました。

また、犯人は単独で現場に土地勘がある20〜40代の男性だというプロファイリングが行われました。しかし、2016年現在も犯人は特定されておらず未解決事件となっています。


琵琶湖バラバラ殺人事件

2008年5月17日、琵琶湖の岡山園地で人間の足が浮いているのを釣りに来ていた男性が見つけました。その後警察が辺りを捜査したところ足の一部や頭、両手首などが次々とが発見されました。

発見された頭部は損傷が激しく、そこから身元の判明はできませんでしたがDNA鑑定からこれらは全て同一人物のものであることがわかっています。

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また、死因は絞殺で死後鋭利な刃物によって切断されたことが判明しました。この事件は2016年現在も被害者、犯人ともに特定ができておらず未解決事件として扱われています。


福島女性教員宅便槽内怪死事件

福島女性教員宅便槽内怪死事件とは、1989年2月28日に福島県田村郡都路村(現田村市)にある女性教員宅のトイレから死体が発見された事件です。

死体の身元が特定され、覗き中の事故と結論付けられていますが不審な点が多く、今でも謎の事件として語られるため今回取り上げました。

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帰宅した女性が自宅のトイレ(汲み取り式便所)を覗き込むと、何故か靴が落ちているのに気が付きました。

女性が同僚に相談し、派出所から駆けつけた警察がトイレ内の人物を引き上げようとしましたが、その人物はすでに死亡していました。

遺体は男性で冬だというのに何故か上半身は裸、さらに上着を上半身に抱え込んだたまま固まっていました。仕方なく重機でトイレを破壊し、遺体を取り出すことになりました。

検死の結果、死因は「凍え兼胸部循環障害(低温で狭い場所での圧迫死)」と判明し、女性の家の直ぐ近所に住む26歳の男性だということがわかりました。

警察は男性が覗き目的でトイレに潜み、そのままそこで死亡したと結論付けましたが、多くの近隣住民はこの結論に疑問を持ったといいます。

何故なら青年は近所でも有名な好青年で村の青年会の中心人物でした。村長選挙では応援演説を任されるほど人望の厚い人物だったといいます。

また、トイレは侵入口が非常に狭くどのようにして侵入したかも結局謎のままでした。


悪魔の詩訳者殺人事件

悪魔の詩訳者殺人事件とは、1991年7月11日に起こった殺人事件で、被害者が小説『悪魔の詩』を日本語に翻訳していることからこのように呼ばれるようになりました。

7月12日、筑波大学の教授が大学のエレベーターホールで死んでいるのが発見されました。教授は鋭利な刃物によって刺殺されており、現場には犯人のものとみられる血痕と靴も残されていました。

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悪魔の詩訳者殺人事件とは、1991年7月11日に起こった殺人事件で、被害者が小説『悪魔の詩』を日本語に翻訳していることからこのように呼ばれるようになりました。

7月12日、筑波大学の教授が大学のエレベーターホールで死んでいるのが発見されました。教授は鋭利な刃物によって刺殺されており、現場には犯人のものとみられる血痕と靴も残されていました。


北関東連続幼女誘拐殺人事件

北関東連続幼女誘拐殺人事件とは、1979年以降、栃木県と群馬県で起こった誘拐、殺人事件の総称で、先で紹介した足利事件も含まれています。1979年から半径20qの狭い範囲で5件の女児誘拐、殺人が発生しました。被害にあった女児は年齢が4〜8歳で、3件がパチンコ店での誘拐、3件が河川敷への死体遺棄、4件が週末と祝日に発生していることから同一犯の犯行と考えられています。

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最初の事件は、1979年8月3日に足利市に住む5歳の女の子が神社で遊んでいるうちに行方不明になり、渡良瀬川の河川敷でリュックサックに詰められて死んでいるのが発見されました。

次いで1984年11月17日、同じく足利市に住む5歳の女の子がパチンコ店から行方不明になり、1986年3月8日に白骨死体として見つかりました。

3件目は、1987年9月15日に群馬県新田郡に住む小学二年生の女の子が自宅近くの公園へ遊びに出かけたまま行方不明になり、翌年に利根川河川敷で白骨死体となって発見されました。

4件目は先述した足利事件です。5件目は1996年7月7日、群馬県太田市で4歳の女の子がやはりパチンコ店で行方不明になり、現在も行方がわかっていません。

これらの事件は未解決のままで、予想される犯人の年齢から現在でも再犯が心配されています。


パラコート連続毒殺事件

1985年4月30日から11月17日にかけて、日本各地で除草剤のパラコートを使った無差別毒殺事件が発生しました。自動販売機の受け取り口にパラコート入りの飲み物が放置されており、それを飲んだ計12人の死亡が確認されました。

犯行は広島、大阪、三重、福井、宮崎、埼玉、奈良、宮城と幅広く全国各地で発生しており、当時は防犯カメラが現在ほど普及していなかったこともあり犯人を断定することはできませんでした。

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当時は高濃度のパラコートを用いた除草剤が市販されており、これを使えばたった15ccで人を殺すことが可能でした。また、これらは18歳以上で印鑑さえあれば農協などで誰でも購入することができました。

いかがでしたか?前回に引き続き有名な未解決事件をご紹介しました。これらの中には現在も犯人が生きていると思われるものもあります。

あなたの知っている人がその人物の可能性もあるわけです。真相が闇に消えた未解決事件。時効がきていないものの解決を望みます。



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