自分自身でもブログを登録しているから、という事もあり、私はよく「人気Blogランキング」の各ジャンルでランキング入りしているブログを流し読みしている。
ここのような無名のブログと違い、やはり長期にわたってランキング入りしているところは話題の鮮度や読みやすさへの配慮など、様々な工夫をしているのが伝わってくる。
当ブログが登録している「政治」カテゴリーのブログは、その中でも頻繁に読みに行く回数が多い。
ネット上ではいわゆる「反・反日」、マスメディアの近年目に余る偏向ぶりや国内外の「それっておかしくない?」的な指摘に特化したブログが高い人気を保っているようだが、もちろん他にも「自民党批判」とか「護憲」とか「戦争反対」とか、一昔前に人気を博したフレーズで主張を訴えるブログも多くある。
時折りこの両陣営がその主張の拠って立つ所を巡って論争になるのは「言論の自由に伴う責任」ということで望ましい限りではあろう。
私も「やや右翼」を自認しているが、対抗軸である「平和主義」「リベラル」の立ち位置にも常に「学ぶべきところは学ぶ」姿勢を志しているつもりである。
ただ……
時には、「
いやそれ絶対違うって」とツッコミを入れずにおれないような主張が目に留まる事がある。
そういうトンデモ主張を、短絡的にただ「サヨク」とレッテル貼りするのはあまりよい事ではないのだが……あまりに結論ありきの非論理的な訴えを聞いてしまうと、「アカピー病よここにもか」と思わず言いたくなってしまう。
今回は、タイトルのような事象を連想させてくれた、とある主張をひとつ拾ってみた。
かつて自衛隊のイラク派遣に猛反対して事実上の解雇により外務省を離れ、関連著書と共に名が知られることとなった元外務官僚・
天木直人氏。
(前・駐レバノン全権大使。著書『さらば外務省!』など)
この天木氏も
ブログを開設しており、外交評論家としての活動とともに様々なオピニオンを発信している。
基本的には小泉内閣時代の政策(特に外交)を批判しており、現在その路線を基本的には継承している安倍内閣にも批判的なスタンスである。
それは立ち位置として当然であろうし、何ら問題となるものでもない。
しかし、今回ふとランキング画面で目に留まった記事見出し。
私はそれを見て思わず目を疑った。「おいおい」という呟きと共に。
「憲法9条は人類を救う「平和の神」だ」(2007.05.24)
題名からすると、例えば国民投票法あたりの論説かと思う。
ところが、これは対イラク外交及び中東情勢に関する論説なのである。
順を追って読んでみよう。
数日前から起きたレバノンのパレスチナ難民キャンプにおける銃撃戦は、イラク戦争が最悪のシナリオに突入しつつある事を示している。
アルカイーダ系武装組織「ファタハ・イスラム」の攻撃から始まったレバノン政府軍との銃撃戦で多数のパレスチナ難民が犠牲になっているらしい。
なぜ「イラク戦争が最悪のシナリオに突入」したことになるのかの説明は特にない。
詳しく説明している余裕はない。すべては米国、イスラエルのパレスチナ政策の失敗である。
どう考えても1900年代前半のヨーロッパ諸国による対アラブ外交の失敗に起因する中東問題が原因の過半であるが、そのあたりは言及せずにあくまで「直近の中東情勢」に絞っての言説ということなのだろうか。
確かにアルカイーダの勢力がここまで拡大したのはアメリカの闇外交の失敗であるが、それは別にブッシュ政権の失策ではない。時代も違うし。
もちろんアルカイーダの暗躍にイスラエルの外交政策はほとんど関係がない。(「アメリカはユダヤの傀儡だから関係ある」という話なのかもしれないが、そんなん知らん)
この問題は人類を破滅に導く予感がする。なぜならば米国がすべてを握っているからだ。イスラエルがその米国を動かしているからだ。彼らは誰の言う事も聞かない不遜さがあるからだ。
米国独立の父の一人、ベンジャミン・フランクリンはかつてこう言った。「米国はやがてユダヤ人に滅ぼされるだろう」と。その予言はどうやら正しかったようだ。
もし「すべてを握って」いたら、ブッシュ政権があれほどダメージを受けるような事をしたであろうか?
というか、仮にも官僚組織に属していた人間が「予感」とか「〜ようだ」とかで論を構成する事に何ら恥じないという事実が、かつての外務省の病巣の一端を指し示しているような気さえする。
愚かなり日本。そのような狂った米国と歯止めの利かない日米軍事同盟を進めようとしている。憲法9条を捨て去ろうとしている。
直後にいきなりこれである。
もはや脈絡も何もあったものではない。つーか中東はどこ行った。
そもそも日米の軍事同盟はずっと以前からあったわけだが……それこそ憲法9条とは無関係に。
もっと言うと、その9条の原案もまたアメリカなわけだが。
憲法9条はこれまで沈黙を守ってきた。蹂躙され、ぼろぼろにされながらも黙って我慢してきた。どのような罵声、悪態を突かれても動かなかった。
しかし、もうすぐ沈黙を破る時が来る。怒りだす時が来る。憲法9条という「平和の神」がその意志を示し始めのだ。その時、誰もがその前にひざまづく事になる。その神が声を発したら、それに逆らう事は誰にも出来ない。
そうだ。怒れ!憲法9条よ。
愚かな人間を目覚めさせて欲しい。声を上げて欲しい。
………。(絶句)
「憲法9条」の部分を「アッラー」とか「グル麻原」とか「ノストラダムスの恐怖の大王」に変えて、絶叫的抑揚で音読してみよう。ぴったりはまること請け合いである。
というか、天木氏はいったい何をもって「一国の憲法の一条文が、人々を啓蒙してひざまづかせる」と確信するに至ったのだろう。
よく、憲法9条に執着して国民の安全に目もくれない連中が「9条教信者」と揶揄されることがあるが、この天木氏の言説は揶揄どころの話ではない。マジ宗教である。
憲法9条という「平和の神」を動かす事が出来るのは、世界の唯一の被爆国である日本国民しかいない。そうだ。日本国民の覚醒が「平和の神」を動かす。世界を救う。
だからどうやって日本の憲法条文で世界を救えるのかと……
例えば、こういう人達は「外務省よ、率先して諸外国に憲法9条を採用させるよう働きかけろ!」とか、「我々は世界の諸政府に憲法9条を採用するようメッセージを送り続けています!」とか、そういう方向に動いているという話をまったく聞かない。
あくまで日本「だけ」から自衛の権利も国防を議論する風潮も奪おうとし、決して紛争当事者に憲法9条のよさを広めようとはしない。
だから私は言う。
こうした「9条教」によるアジテーションは、「平和の名を冠したカミカゼ特攻」であると。
本来死ぬ必要のない人間にまで無防備玉砕を強いる、悪意のささやきであると。
元外務官僚、それも高級官僚ですらこの体たらく。
いや、高級官僚であれば「こそ」なのか……
興味のある方は、ぜひ一度原文を読みに行かれるといい。
いわゆる「ユダヤ陰謀論」のトッピングを外して原文を読み終えた瞬間、どうしようもない脱力感で心が(泥水で)洗われたように感じることだろう。
憲法は、国民を殺すためにあるのではない。
たかが9条ごときに、日本国民が無抵抗で殺されてやる義理はないはず。
生き延びて、平和を作るために。
かような狂信者の自殺願望から日本人を、そして世界を守るために。
憲法を、改めて考えていこうではないか。
自分の身近な人々を、心に思いながら。

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