2019/10/14

都内ボウリング場がルイジアナに変わった夜  ニューオーリンズ

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ボウリング場をライヴハウスにしてしまおうという、なんとも突飛なことを思いついたのは、ジョン・ブランチャーという人でした。彼がニューオーリンズの古いボウリング場、Mid City Lanesを買い取り、Rock n’ Bowlというライヴハウスにしてしまったのが1989年のこと。夜な夜なルイジアナの音楽とボウリングが繰り広げられる世にも不思議なこのハコは、いまやルイジアナ南西部のラファイエットにも支店を作ってしまうほど繁盛し、すっかり定着しています。

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Madame Hiromi & Hee Haw Woo Boys

しかし、そんなのはルイジアナだけ?いやいやいや。これを日本でもやってしまおうと考える無謀な人がいました。新橋の地下室でマニアックなバーを経営するオヤジ、アラテツさんが一晩限りではありますが、それを本当に実現したのでした。9月28日(土)、会場は老舗のボウリング場、笹塚ボウルです。

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Los Royal Flames with Wada Mambo (gt.)

そこに、日本で唯一のザディコ・バンド、Zydeco Kicks、更にマニアックなスワンプポップ・デュオのLos Royal Flames(通称ロスロイ)、ケイジャン・ユニットのHee Haw Woo Boys、そしてご機嫌なR&B、ロックンロールをプレイするロッキン・エノッキー率いるRockin’ Baritonesというルイジアナっぽさ満載のラインアップを用意。ボウリング・レーンのど真ん中にステージをセットアップして、ライヴ鑑賞とボウリング両方ができる環境を整えました。

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Zydeco Kicks

笹塚ボウルはニューオーリンズのロックンボウルとは全然レイアウトも雰囲気も違うんですが、ここにルイジアナっぽいライヴ演奏が響き渡るとあーら不思議。なんと、なんと。結構本場のロックンボウルそのままな雰囲気が出来上がっていたのです。しかも、休憩時間には2人のDJが回すレコードがますます雰囲気を盛り上げてくれますし、Hello Old Timerさんのブースでガンボをいただくこともできるんです。もう完璧じゃないですか?

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Hello Old Timerのガンボで腹ごしらえ

曲の合間に響き渡るボウリングの「カコーン!」という音もまさにロックンボウル。いやぁ、やっちゃいましたね、アラテツさん。最高ですよ。

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Rockin' Baritones

「全然採算なんか取れるわけがない」と、はなから儲けようという姿勢が全くみられない主催のオヤジでしたが、なんと!来場者数は100人の大台を超えたそうです。最大400人くらいは入る会場だそうですが、結構賑わっていましたよ。というより、まあ僕も含めてですが、あそこにいる人、皆めちゃ盛り上がっていましたし、心底楽しんでしたと思います。規模は小さいかもしれないけど、快挙ですよ、これ。

まぁ、採算ベースに乗せるのは難しいかもしれないですが、これはまたやりたいですねー。なんだったらクラウド・ファンディングでもやっちゃいましょうか。

余談ですが、この日プレイしたZydeco Kicksのヨシタケ、ロスロイのCount D.、Hee HawのMadame Hiromiら主要メンバー(?)は、この後本場ラファイエットに乗り込み、ほんまもんのロックンボウルでこの続きをやりましたとさ。それもすごい!

Zydeco Kicksで盛り上がる!


【イベント詳細】
https://black.ap.teacup.com/sumori/1859.html

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当日の進行表。実際この通りに進行したかは
確認していないです(笑)。
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2019/9/26

訃報:Leigh "Lil Queenie" Harris 1954-2019  ニューオーリンズ

ニューオーリンズのシンガー、リル・クイーニーが9月21日、ノースキャロライナ州ルーラルヒルの自宅にて亡くなりました。65歳。2016年、ステージ4の乳ガンと診断され闘病中でした。

当初は入院して化学療法を受けていましたが、その後打ち切り自宅でのホスピスケアに切り替えていたそうです。

ロックっぽいものからジャズまで歌いこなすパワフルな歌い手でした。

2005年のハリケーン・カトリーナで被災し、ノースキャロライナへ避難。そちらで結婚もし、新天地での活動に加えて、時折ニューオーリンズに戻ってステージに立つこともあったようです。

彼女について詳しくは2016年の以下書き込みをご覧下さい。

闘病中のリル・クイーニーに支援を!(2016/6/29)
https://black.ap.teacup.com/sumori/1697.html

ニューオーリンズへの愛情が詰まった彼女の代表曲を聴いて追悼したいと思います。

My Darlin' New Orleans (Lil Queenie And The Percolators)
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タグ: 訃報 R&B ロック

2019/9/18

9/28はルイジアナ・サタデー・ナイト!  ニューオーリンズ



ニューオーリンズには、ボウリング場とコンサートホールが一体化したその名も「ロックンボウル」という奇妙なライヴハウスがあり、開店から30年が経ち、既に地元シーンでは欠かせない名物店となっています。ザディコ、R&B、ブルースなどなどルイジアナ土着音楽のライヴが展開される傍らで、ほろ酔いの客がボウリングに興じる様は新参者には新鮮を通り越しある意味衝撃的で、かの有名なナショナル・ジオグラフィックス誌で世界の秘境として紹介されたほどのスポットなのです。

そんな秘境を無謀にも東京で再現しようと、新橋地下室のオヤジが立ち上がりました。都内の笹塚ボウルを借り切り場内にステージを設置。こんな人たちどこから連れてきたの?と思わず声がもれるようなベタベタなルイジアナ・サウンドを感じさせる国内のバンドを集結させ、お届けするこのLouisiana Saturday Night In Tokyo。これを逃したら、まず次の機会はありません。

ライヴとボウリングだけではありません。ルイジアナ名物料理で有名な江古田Hello Old Timerが出張出店。ライヴの合間にはDJがご機嫌な音楽をかけまくる予定です。

摩訶不思議なルイジアナのディープな世界 in 笹塚。今夏の締めくくりにその深みにはまって見ませんか?

以下、主催側の紹介文です。

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ルイジアナにはボウリング場とライヴステージが同居した老舗ボウリング場があり、夜な夜な地元アーティストが熱いステージを繰り広げ、お客さんは踊って呑んで食べて、仲間とボウリングの腕前を競いあったり、お土産買って帰ったり。実に楽しそうなパーティを楽しんでいます。こんな楽しそうなパーティ、東京でもやりましょう

■ルイジアナ サタデーナイト イン 東京
■9月28日(土) 18:00 OPEN
■場所:笹塚ボウル(京王線笹塚駅徒歩1分)
http://sasazukabowl.com/
■ADV \3,500+1DRINK DOOR \4,000+1DRINK
(ボウリングは1ゲーム500円+靴代400円が必要となります)
■出演
THE ROCKIN’ BARITONES(R&B)
ロッキン・エノッキー(Gu. Vo.
浦朋恵(Bs. Vo.
菅野 SPEEDY 良平(B.
荒井伝太(Pf.
石川ミナ子(Ds.
ZYDECO KICKS (ZYDECO)
★MADAME HIROMI & HEE HAW WOO BOYS(CAJUN)
LOS ROYAL FLAMES (SWAMP POP)
DJ
★文屋章
★二見潤
FOOD
HELLO OLD TIMER
SHOP
PIQUANT

お問合せ・ご予約
ARATETSU UNDERGROUND LOUNGE
080-7514-2755
bigchief.aratetsu@gmail.com
www.aratetsu-under.com
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2019/8/29

ハリケーン・カトリーナから14年の記念日  ニューオーリンズ

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カトリーナで屋根がはがれ
無残な姿を晒すルイジアナ・スーパードーム(2006年)
Photo by Masahiro Sumori.

今年も8月29日がやって来ました。

8月23日にバハマ南東に発生したハリケーン・カトリーナが8月29日、ルイジアナ、ミシシッピに上陸し、両州のメキシコ湾岸地域に甚大な被害をもたらしました。

上陸した際にはカテゴリー3という決して大きくはない勢いだったカトリーナですが(最大はカテゴリー5)、ニューオーリンズではポンチャートレイン湖と産業水路の複数個所で堤防が決壊し、市の80%が水没するという前代未聞の大惨事となってしまいました。

あれから14年が経ち、もう被災の影響を直接感じさせるものはなくなっています。しかし、カトリーナ前には約48万人いた市内の人口は、今現在もその水準にまでは戻っていないというのが大方の見方です。

2006年には政府国税調査局推計で226,000人まで落ち込んだ人口は、2010年の国税調査では343,800人まで戻りましたが、現時点でも40万人程度と言われています。

人種の構成もだいぶ変わっているようです。アフリカ系住民のために建てられた集合住宅が老朽化などのためカトリーナ後に相次いで取り壊され、その影響などでアフリカ系住民の比率は低下し、代わりにラテン系の住民が増えたと言われています。それには、復興のための労働者としてメキシコ人などが移住したことが影響しているようです。

かつて多くのアフリカ系ミュージシャンを排出したトレメ地区は、フレンチクオーターに近いあたりは、古い建物は建て替えられ、随分こぎれいになった感があります。ロウワー・ナインス・ウォードはまだまだ空き地が多いです。

被災の影響にかかわらず、ニューオーリンズの街は年々代わって行きます。記憶も風化していきますが、1年に一度くらいは、こんな大変なことがあったという事実を思いだし、その犠牲に思いを馳せたいと思っております。

こんな書き込みをしている今、九州地方では大変な大雨で浸水被害が出ています。被災した方々が一日も早く平常を取り戻しますように。


【過去の8月29日の書き込み】
13周年(2018) https://black.ap.teacup.com/sumori/1797.html
12周年(2017) http://black.ap.teacup.com/sumori/1751.html
11周年(2016) http://black.ap.teacup.com/sumori/1708.html
10周年(2015) http://black.ap.teacup.com/sumori/1644.html
9周年(2014) http://black.ap.teacup.com/sumori/1564.html
8周年(2013) http://black.ap.teacup.com/sumori/1441.html
3周年(2008) http://black.ap.teacup.com/sumori/161.html
1周年(2006) http://black.ap.teacup.com/sumori/36.html
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2019/7/31

訃報:Art Neville 1937-2019  ニューオーリンズ

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Art Neville with George Porter, Jr. (2004)
Photo by Masahiro Sumori. All rights reserved.

ミーターズ、ネヴィル・ブラザーズなどで活躍したキーボード奏者、アート・ネヴィルが6月22日、ニューオーリンズの自宅で亡くなりました。81歳でした。

ニューオーリンズでは先月からドクター・ジョン、デイヴ・バーソロミュー、そしてこのアートと訃報続きです。

ニューオーリンズではありませんが、6月10日にはラファイエット在住のギタリスト、リル・バック・シネガルも75歳で他界しており、ルイジアナは馴染み深いベテラン・ミュージシャンを短期間で相次いで失ったことになります。

アートは2000年頃から背中の手術に加えて、脳卒中で体調を崩し、一時期はステージに上がるのも厳しい状況に陥りましたが、その後も不屈の精神で活動を続行。2007年にはファッツ・ドミノのトリビュートのトリビュート・アルバム「Goin' Home」に参加。来日も度々しました。(ファンキー・)ミーターズ、ネヴィル・ブラザーズをあわせて計10回以上来ています。

2014年にファンキー・ミーターズが来日した際、短い時間ながらインタビューすることができました。非常にゆっくりとした口調ではありましたが、「プレイできなくなるまでプレイし続けるよ」と語っていたのが思い出されます。

そんなアートだから、昨年末引退を宣言したのは本当にプレイできない状態だったんだろうなと思います。

1954年、ホーケッツのメンバーとして”Mardi Gras Mambo”でデビュー。そのキャリアは60年以上に及びました。”Mardi Gras Mambo”は今でもニューオーリンズではマルディグラ祭のテーマ曲として愛されています。

1960年代にザ・ミーターズを結成しニューオーリンズ・ファンクの礎を築くサウンドを展開。1977年にミーターズが解散すると、チャールズ、アーロン、シリルの3人の弟たちとネヴィル・ブラザーズとして活動するようになりました。80年代後半ごろからはミーターズも再始動し、二つのグループが平行して活動するように。アートの活躍の場も広がったのでした。

2005年にハリケーン・カトリーナでニューオーリンズが被災したあとも、ネヴィル・ブラザーズの中で唯一市内に残り続けました。やはり故郷がそれだけ好きだったんでしょうね。

これまでの体調を考えれば、81歳になるまでよく頑張ったというべきなのかも知れません。でも、寂しいです。ゆっくりお休みください!
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タグ: ファンク R&B NOLA



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