2016/8/14

ニューオーリンズ・ムックが発売  ニューオーリンズ

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五十嵐正さん監修のムック「CROSSBEAT Presents ニューオーリンズ・サウンド 追悼:アラン・トゥーサン」が発売になりました。

その名の通り、昨年11月に急逝したアラン・トゥーサン追悼のムックですが、トゥーサンのみならず、ドクター・ジョン、ネヴィル・ブラザーズ、ミーターズもカバーし、近年のニューオーリンズ・ミュージックの注目ディスクやマルディグラ・インディアンとは何か?などの記事も収録。より広くニューオーリンズ音楽を紹介する内容となっています。

アラン・トゥーサンについては、ディスク・ガイドはもちろんのこと、インタビュー記事だけでも1988年から2009年までの5本を収録。2006年のインタビューでは、ハリケーン・カトリーナの被災後のシーセイントスタジオの様子を語り、2009年のインタビューでは、トラディショナル・ジャズをカバーした作品「The Bright Mississippi」についての内容が盛り込まれるなど、それぞれの時期に応じた内容で読み応え充分。最後の作品となった「American Tunes」についても、五十嵐さんが2ページに渡る記事で徹底検証。プロデューサーのジョン・ヘンリーのインタビューでも、その内容について切り込んでいます。トゥーサンというニューオーリンズを超えて幅広く活躍したひとりのミュージシャンの偉大な足跡が本書をご覧いただければ、わかる。そういう内容になっていると思います。

全180ページに渡る入魂のムック。ニューオーリンズの音楽に興味のある方ならばぜひ手にしてほしい一冊です。チェックしてみてくださいね。雑誌なので、在庫限りです。なくなる前に是非。

僕もほんの少しですが、執筆に関わらせてもらいました。ドクター・ジョンのアルバム3枚の紹介をしています。

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CROSSBEAT Presents ニューオーリンズ・サウンド
追悼:アラン・トゥーサン<シンコー・ミュージック・ムック>
https://www.shinko-music.co.jp/item/pid164333x/

\ 1,944 (本体 1,800+税) 発売日 2016/08/08
著者 五十嵐 正(監修)
サイズ A5判
ページ数 180ページ
ISBN 978-4-401-64333-2

昨年11月に突然の訃報が届いたアラン・トゥーサンを偲び、今はそれぞれの道を歩んでいるネヴィル・ブラザーズ&ミーターズ、この数年さらなる意欲的な活動を続けているドクター・ジョンにエールを送る、待望のニューオーリンズ・ムックが登場!!
巻頭では8月に日本盤が発売されるアラン・トゥーサンの遺作『アメリカン・チューンズ – ファイナル・レコーディング』を徹底検証。本作の舞台裏を、プロデューサーのジョー・ヘンリーが本誌だけにたっぷり語ってくれました。トゥーサンのインタビューも、計5本を一挙掲載します。
各アーティストの貴重なインタビュー+アルバム評(ドクター・ジョン自身によるアルバム解説の復刻も!)はもちろん、2006年にアラン・トゥーサンやシリル・ネヴィルが参加してハリケーン・カトリーナを語ったパネル・ディスカッションの模様、ピーター・バラカンがロビー・ロバートソンに聞くニューオーリンズ音楽の魅力など、興味深い読み物を多数掲載。
ビギナー・ガイドとしても、今一度アルバムを聴き直すための手引きとしても重宝する、全音楽ファン必携の特濃な一冊です!!

【CONTENTS】
ALLEN TOUSSAINT
追悼:アラン・トゥーサン
インタヴュー:ジョー・ヘンリーが語る『American Tunes』とトゥーサン
ディスク・レビュー:遺作『American Tunes』
ヒストリー
アルバム・レヴュー:1950s-2010s
インタヴュー@:自ら語った『Southern Nights』の舞台裏(2012年)
インタヴューA:1988
インタヴューB:1994
インタヴューC:2006
インタヴューD:2009
ハリケーン・カトリーナについて語るニューオーリンズのミュージシャンたち(2006)

DR. JOHN
インタヴュー@:自身による全アルバム解説(1996)
アルバム・レヴュー:1960s-2010s
インタヴューA:2001
インタヴューB:2012
ロビー・ロバートソンが語るニューオーリンズの音楽(聞き手=ピーター・バラカン)

THE NEVILLE BROTHERS
ヒストリー
インタヴュー@:1966(アート&チャールズ・ネヴィル)
アルバム・レヴュー:1970s-2000s
インタヴューA:1997(アーロン・ネヴィル)
アルバム・レヴュー:アーロン・ネヴィルのソロ作
アルバム・レヴュー:ザ・ミーターズ
アルバム・レヴュー:チャールズ・シリル・ネヴィル

コラム:マルディグラ・インディアン・ミュージックとは?
アルバム選:ニューオリンズ産名盤20選
インタヴュー:リトル・フィートが語る「Dixie Chicken」とニューオーリンズ
アルバム選:ニューオーリンズに魅せられたロック・アーティストたち
アルバム選:現代のニューオーリンズ勢
インタヴュー:ブリザヴェーション・ホール・ジャズ・バンド(2013)
インタヴュー:ジョー・サンプルが語るルイジアナ音楽のDNA(2012)
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2016/8/5

クリス・ファーロウ ・インタビュー&ライブ・レポート(2)  ロック

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引き続きマイク越谷さんのクリス・ファーロウの記事でお楽しみください。インタビューです。
ライブ・レポートに戻る

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【伝説の英国ブルー・アイド・ソウル・シンガー
  クリス・ファーロウ 特別インタビュー
     Interview and text by Mike Koshitani】


(続き)
そんなクリスにじっくりインタビューした。

◇音楽との出会い
僕は第二次世界大戦中の生まれ。母親がピアニスト、当時兵士たちのためにバーやパブで演奏していたんだ。ドリス・デイとかフランク・シナトラ。小さかった僕は母にくっついて行ってよく歌っていた。母がドリス・デイを教えてくれて、そう、最初に聞いた音楽はドリス・デイ。彼女の歌は大好きだ。

◇10代の頃イギリスはスキッフルの大ブーム
アマチュアのスキッフル・グループを作った。僕の名前(注:当時はまだ本名を名乗っていた)がジョン・ヘンリー・デイトンだから、自分の名前をとってジョン・ヘンリー・スキッフル・グループって名付けた。13歳くらいだった。しばらくして英国でスキッフル・グループのコンテストが開催された。200組くらい出場して「Diggin’ My Potatoes」を演奏した僕たちがナンバー・ワンを獲得。それが始まり。だんだんとプロっぽい活動をするようになった。

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◇プロとして始動
僕の名前じゃちょっとださいし、プロらしくグループ名をいろいろ考えた。お気に入りの車がサンダーバードだったから、サンダーバーズ!ついでに僕の芸名も考えたんだ。タル・ファーロウっていう名前のジャズ・ギタリストのアルバムを持っていて、その“ファーロウ”っていう名前がすっごく気に入った。そこから拝借してクリス・ファーロウと名乗るようになった。ファーロウって、ほんとクールだろう。

◇音楽遍歴
学校に通っていたころ、母がくれたお小遣いを持って “スター・レコーズ”っていうショップへよく行っていた。店員に「変わった音楽が好きみたいだけど、何をやりたいの?」と聞かれて、僕はシンガーになりたいんだって言ったら、サラ・ヴォーンを薦めてくれた。

その場でイヤホンで聴いてみたら、気に入った。ほかにもエラ・フィッツジェラルド、アニタ・オデイなどを教えてくれた。それがきっかけで女性ジャズ・シンガーに夢中に…。彼女たちをコピーして、スキャットも学んだ。アルバムでやっていたことをいろいろまねた。これが僕のシンガーとしてのスタート。ブルージーなものだね。

しばらくして、映画「暴力教室(Blackboard Jungle)」公開(注:1955年)、主題歌「Rock Around The Clock」(注:ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ)に大衝撃を受けた。これがきっかけでロックンロールに目覚めた。そのころ、ロンドンには米国空軍基地があって、当時のマネージャーが、基地で演奏しないかって言ってきた。行ってみると、基地の売店があって、そこではたくさんのレコードが通常価格よりかなり安く売られていた。ここでリズム&ブルースも覚えた。ミック・ジャガーと同じような体験だ。

当時買ったレコード、今でもたくさん持っているよ。後になってわかったことだけど、アルバート・リーもビル・ワイマンも1950年代後半のイギリスの音楽好きはアメリカ音楽を必死で聴いていたんだ。

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日本盤のシングルにサインをするクリス

◇アルバート・リーとの出会い
彼と出会ったのは1960年代初頭だった。 当時、僕はバンドのギタリストを探していた。あるミュージシャンがアルバートに「クリス・ファーロウがギタリストを探してる」って教えたらしい。僕は音楽誌に求人広告を出していた。たくさんのギタリストたちに会った。アルバートはその中のひとりだったんだよ。アルバートの番になって、彼がブルースを弾き始めてすぐに「お、こいつはいけるぞ」と感じた。それで彼が僕のバンドに参加することになったんだ。

◇フラミンゴ・クラブ
僕らのホームグランド、60年代前半はよく演奏した。(注:1950年代から60年代にかけて、ロンドンのソーホー地区にあったクラブである。)そこではいろんなミュージシャンと出会った。ジョージィ・フェイム、ジョン・メイオール、ストーンズのブライアン・ジョーンズもそうだね。ロッド・スチュワート、エルトン・ジョン、スティーヴィー・ウィンウッド、ブライアン・オーガー、ジョー・コッカー…。観客はほとんどがミュージシャンだった。ミック・ジャガー、チャーリー・ワッツ、エリック・バードンが我々の演奏を観てるんだ。

一番の注目はサンダーバーズのギター、アルバートだったんだ。リズム&ブルースのカバー、「Money」はよく演奏した。レイ・チャールズの楽曲やロカビリーのジョニー・バーネットのナンバー。陰に隠れている名作をやることに生きがいを感じていた。ストーンズもデビュー当時はそうした動きを見せていたのはよく知られているよ。

◇デビュー・シングル「Air Travel」
1962年の作品。当時まだ若くて両親と住んでいたんだけど、ある日デッカというレコード会社の人が訪ねてきた。母親が対応してくれ、僕のレコードを出したいとのことだった。このナンバーをシングル・リリース、すごくいい曲だった。すぐ売れたってわけではなかったけど、ラジオで度々かかったから「クリス・フォーロウ」の名は知られるようになった。僕のキャリアのはじまりだ。

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Chris Farlowe - Air Travel
(Decca 11536) 45rpm single
from Mike's collection

◇「Blue Beat」by The Beazers
1964年にデッカからリリースされたシングル。デッカとの契約があったからほかの人と演ることはできなかった。クリス・ファーロウ名義もNG。スタッフのアイデアで「Beazers」でやることになった。今やこの曲はノーザン・ソウルのアンセムになっていて、現在でも多くの人々に愛されている。とっても良い曲。そしてレアなレコードだ。

◇「Stormy Monday Blues」by Little Joe Cook
これも別名義。ある日スタジオにアルバートと入って何かやろうぜってことで「Stormy Monday Blues」を演奏した。半年後にレコード・ショップ、地元のスター・レコードに行ったら僕が歌った「Stormy Monday Blues」が店内に流れていた。あ、ぼくの曲だ!って店員に言ったら「これはリトル・ジョー・クックのニュー・シングルですよ」だって。契約上僕の名前が使えないから、これも名前を作り上げちゃったんだ。

◇1965年、アンドリュー・ルーグ・オールダム設立のイミディエイトと契約
「The Fool」は米国のシンガーのサンフォード・クラークのロカビリー。友達のエリック・バードンがプロデュースすることになって、僕に歌ってくれということになったんだ。アンドリュー・オールダムには、彼がまだ名前を知られる前、フラミンゴ・クラブでシェフとしてハンバーガーを作っていたころに会った。彼はのちにストーンズのマネージャーになるわけだけど、一方で彼は僕たちのマネージャーにもなったんだ。だから僕はイミディエイト・レコードに移ったんだよ。

◇ローリング・ストーンズ
イミディエイトに移ってストーンズ・ナンバーをよく取り上げたけど、これはミックのアイディア。カバーというよりも、全部ストーンズが僕のために書いてくれたんだ。あとで彼らが僕の歌った歌をレコーディングしていたけど。ミックが僕のために書いてくれた。ありがたいことだよ。当時のミュージシャンやシンガーたちはみんな僕の歌が好きだった。

ストーンズのメンバーはみんなファンタスティックな奴ばかり。ずっと良い友達だ。一番仲がいいのはキース・リチャーズ、大好きだよ。ロニー・ウッドもね。ブライアン・ジョーンズも良い奴だった。好きだったよ。今でもストーンズが近くでライヴをやるときとか、僕がアメリカに行っているときに彼らがコンサートをやっていたら、連絡して、会いに行くよ。イアン・スチュワートもナイスガイ。大好きだ。早くに亡くなってしまったけど。イアンは良い奴だった。

◇イミディエイト倒産
「Think」を出したのはよかった。だけど、残念ながらイミディエイトは倒産してしまった。僕は1ペニーも払ってもらえなかった。「Think」はミリオン・セラーだったのに。その後、アンドリューについては良くない評判をよく目にした。一緒にやっていたトニー・コルダーについてもね。後でアンドリューに会ったとき、支払いはどうなっているんだって言ったけど、どうにもならなかった。残念ながら、ハッピー・エンディングじゃなかった。

◇ジミー・ペイジ
ジミーとは長い付き合いだ。ジミーが少年のころからだよ。僕がアルバートと一緒にクラブで演奏していたころや、それ以前にボビー・テイラーとやっていたときも、当時15歳くらいだったジミーはいつもクラブに来て、ステージ横でバンド演奏を聞いていた。そのころからの付き合いで、彼のソロ・アルバム「アウトライダー」では何曲か歌った。今も良い友達だよ。去年電話してきて、いろいろ話した。来年は何か一緒にできると思う。
(Notes by Mike Koshitani)


写真提供/COTTON CLUB
撮影/的場理恵

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筆者(左)とクリス
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2016/8/5

クリス・ファーロウ ・インタビュー&ライブ・レポート(1)  ロック

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先月、アルバート・リーとともに来日し、ソウルフルな歌声を日本のファンに届けてくれたクリス・ファーロウ。彼の来日は、2008年2月のコロシアム初来日公演以来、8年ぶりのことでした。

クリスへのインタビュー記事をマイク越谷さんが届けてくれました。2つのパートに分けて掲載しますので、たっぷりお楽しみください。

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【伝説の英国ブルー・アイド・ソウル・シンガー
  クリス・ファーロウ 特別インタビュー
     Interview and text by Mike Koshitani】


2016年7月COTTON CLUBで素晴らしいLIVEを堪能した。“アルバート・リー・ウィズ・スペシャル・ゲスト・クリス・ファーロウ”!ソウルフルなシャウトぶりでミック・ジャガーを脱帽させた男、それがクリス・ファーロウ。

クリスはストーンズをレコード・デビューさせスターに育て上げたアンドリュー・ルーグ・オールダムの設立したイミディエイト・レコードから1960年代中期「Think」「Out Of Time」「Ride On Baby」といったヒットを放った。いずれもストーンズ楽曲としても有名。他にも「Satisfaction」、「Paint It Black」、「I’m Free」、「Yesterday's Papers」のジャガー/リチャード作品を取り上げていた。1966〜68年頃、キングレコード会議室で開催していたRSFCレコード&フィルム・コンサートでよく“クリスとストーンズ聴き比べ”をプログラミング。その黒人かと思わせる歌いっぷりに多くのストーンズ・フリークが大喝采していたのだ。

そんな伝説のブルー・アイド・ソウル・シンガー、クリス・ファーロウ、そのCOTTON CLUBのステージではメイン・パートでまず4曲披露。♪コンニチハ ニッポン♪、まずはザ・キング、エルヴィス・プレスリー・ナンバーから「That’s All Right」、54年第一弾シングル。オリジナルはアーサー・ビッグ・ボーイ・クリューダップ。アップテンポの展開の中で軽々と仕上げる。

そしてインタビューにも出てくるブルース・ナンバー「Stormy Monday Blues」。クリスがリトル・ジョー・クック名義で発表した64年当時、イギリスでは歌っているのは黒人だと誰もが思ったというエピソードはよく知られる。そんな思いをひしひしと感じさせるソウルフルな出来映えである。T-ボーン・ウィーカーに負けじとパワフルに歌い込む。アルバートのブルース・ギターにも大拍手。

そして名作「Handbags and Gladrags」、(その昔筆者がライナーを書いたこともある)マイク・ダボの作品。クリスが67年に取り上げ、2年後にロッド・スチュワートもレコーディングした。エモ―ショナルなスケールの大きな楽曲である。

そして「Out Of Time」ミック&キースがクリスに提供した作品。66年UKシングル・チャート1位を記録した。場内は大合唱だったのだ!

アンコールでもアルバートやバンドの面々とクリスは再登場。ロカビリーの名曲、クリスがまさにリアルタイムでエキサイトしたジョニー・バーネットの「Tear It Up」。そして、ファイナルはクリスひとりになってアカペラで「Girl From The North Country」(ボブ・ディラン作品)を歌いあげたのだった。
インタビュー記事へ続く

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写真提供/COTTON CLUB
撮影/米田泰久(2点とも)

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ALBERT LEE with special guest CHRIS FARLOWE
Cotton Club, Tokyo
Thu., July 14, 2016
19:30-20:50

[Setlist]
I'm Ready (Fats Domino)
Two Step Too (Delbert McClinton)
Restless (Carl Perkins)
Runaway Train (John Stewart)
Luxury Liner (Gram Parsons)
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That's All Right (Arthur Crudup) -Chris with Albert-
Stormy Monday Blues -Chris with Albert-
Handbags And Goldrags -Chris with Albert-
Out of Time -Chris with Albert-
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Leave My Woman Alone (Ray Charles)
The Highwayman (Jimmy Webb) -Albert on piano-
'Til I Gain Control Again (Rodney Crowell) -Albert on piano-
Rad Gumbo (Little Feat)
Country Boy (Albert Lee)
-Encore-
Tear It Up (Johnny Burnette) -Albert & Chris on vocals-
Girl from the North Country (Bob Dylan) -Chris acappella-

※( )内は、その曲のオリジナル・アーティスト

[Personnel]
Albert Lee - guitar, keyboards, vocals
Chris Farlowe - vocals
Jon Greathouse - keyboards, vocals
Lou Castro - bass
Jason Smith - drums

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【来日公演日程】
2016. 7.14.thu - 7.17.sun
■7.14.thu & 7.15.fri
open 6:00pm / start 7:30pm

■7.16.sat & 7.17.sun
[1st.show] open 4:00pm / start 5:00pm
[2nd.show] open 6:30pm / start 8:00pm
http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/albert-lee/

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【過去のアルバート・リーの公演レポート】
いずれもアルバート単独

2011年
http://black.ap.teacup.com/sumori/1315.html

2014年
http://black.ap.teacup.com/sumori/1538.html
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