2004/11/12

へへぇ〜〜すんまへぇ〜ん〜〜  かたる

 
 某カメラメーカーのクレーム処理担当者の実録物である。

幾つかの実例を元に、対処法、クレーム形態の分類、人間性の関わり、クレームの歴史(?)など優等生的にまとめてある。
さすが大企業は違うなあ。

まあ、誰だって長年生きてればクレームの一つや二つ、いや、三つや四つ、ん〜〜100や200は、出すもんね。要は程度の問題って事だ。

小さなことで言うならばうどん屋さんでの異物混入、出てくるのが遅い、店員の態度が悪い、サンプル写真と違う、などなど、クレームの材料などごろごろしてる。
さらに度が過ぎれば、かまぼこが薄すぎるだの、前回より量が少ないだの、挙句、思ったよりまずいだの。

お金が係わると人間の欲望は実に果てしないものなのだ。

「沖縄オバァ列伝」って本に載ってたんだけど、蕎麦にハエが入っていたので文句を言ったら「大丈夫さぁ〜死んでるさぁ〜」と普通、とか、髪の毛が入ってても「大丈夫さぁ〜今朝、シャンプ〜したさぁ〜」とか、コントネタみたいな話はさておき。

おいらの会社は雑貨卸業なので当然、クレームは日常だ。えっへん。
が、コントネタでは済まされない。
やっぱ、一番多いのが「破損」。
割れてた、壊れてた。
商品は全て検品して発送するので大体が輸送中の事故だ。
であれば、ごめんなさい→保険処理→代替品の再度送付、若しくは赤伝(請求書から削除ってことね)処理、で済む。
次に多いのは発送ミス。
頼んでたものが入ってないじゃない!ってやつ。
これは完全なうちのミスなので、たくさんごめんなさい→大至急足りない物を発送、となる。
このあたりまでで大もめになることは、まず無い。

製品自体の性質が絡みだすとなかなか難しくなる。
うちの場合、通常、わが社の作るカタログから注文を受けるので「カタログと色が違う」「質感が違う」から始まって、キタ〜〜〜〜〜!! 「思ったよりしょぼい」。
って、言われても・・の世界になってくる。

ここらは「ただ謝る」っちゅうわけにはいかない!
一応、筋を通した話をする。
最初から難癖をつけてきているならば何を言っても同じだけど。

美容院時代、お客さんに雑貨小売の店主がいて「あのね、儲かる方法はね、卸屋に難癖つけて支払をしないことだね」と、さらり、言ってのけたバカがいた。そん時はただのバカ、って思ったけど、今なら逆モヒカンにしてやる。それもさておき。

あのなぁ、定価150円、1960年代のデッドストック香港製赤ちゃん人形はどう考えても「しょぼい」んだぞっ!その「しょぼい」のが売りなんだぞっ!うちは「しょぼい」もん屋じゃあ〜〜〜〜!!よ〜おぼえとけ、タコ!
って、言いたい。これが一番、筋の通った話のような気もするし。
がしかし、である。そう簡単にケツをめくってばかりではケツも価値が無い。それこそしょぼいケツだ。
なので、ここはじっとガマンなのだ。


そんなこんなで2年前に買ったサイバーショットのちっこい螺子が一個、いつのまにか外れて無くなってる。そのせいでON/OFFの調子が悪い。
あ〜〜文句言ったろっ!

ん?

そうか、クレームはストレスの連鎖作用だったんだ。(なのか?)

0

2004/10/15

噛んだれ〜〜サラちゃん!  かたる



なあ〜んだか、嫌だった。

そにょ@

ダイエー再建について社長のコメントを求めるインタビュアーにダイエー社長、あからさまに嫌な顔。
あのね、思うんだけど、社員一丸となって再建に努力せよ、って言われてると思う。
お店先で笑顔で、元気よく、お客様に少しでも良いイメージを持ってもらおうと社員はみんなでないにせよ、がんばってんだと、思うの。
ダイエーってサービス業だもんね。
おいらんちもサービス業だから分かる。

にゃのにいぃ〜〜

あの社長のあからさまな嫌な顔を見た視聴者は全部でないにしろ、『ダイエーって』って思っちゃうんじゃないか?
そお言うイメージを払拭するために多大な金額をかけて広告うったり、皆努力してんのに、社長があんなんでえ〜〜〜〜〜〜にょかっ!!
それ以上に、あの顔を見てしまったことが、あの顔自体が、嫌だった。


噛んだれ〜サラちゃん!
がるうううう〜〜〜

そにょA

ちょっと前、占い師のバラエティートーク番組、録画で見た。
きっと偉い占い師だろう、占い師の下した判断を納得できないと反論する本人に、きれて一言。
『でもきっとあんたは地獄に行く。』

まあ、バラエティー番組だからね。
流れ的にはこおいうもんだろうけど。

おいらが嫌だったのは『地獄』。

変なドラマで『これはフィクションであり・・うんぬん・・』っちゅうのがテロップででたりする。

地獄、は実在するかどうかわかんないじゃん。
この占い師がどんなに偉い人か知んないけど、地獄はあるかないかわかんない、わけなのに、地獄があるとして、それを前提にして、そう言い切るのか?
だからきっと、それが死んでからの地獄ではなく、今後、つらい生活を送ることになるだろう、と予言したんだろうけど、と思うことにした。

にいぃ〜〜〜〜してもおおぉお〜〜

見てて、地獄に落ちるっ!と言い切る偉い占い師は、偉くは見えない。
ただの嫌なやつだ。

せめて、誠意ある番組の作り手は『地獄の実在の証明は現在なされていません。この場合の地獄とは占い師の頭の中にある最悪の状態という意味で使われています。ご安心ください。』とテロップ、はいれば、それはそれで、バラエティーとして嫌じゃなかったかも。

こいつも噛んだれ〜サラちゃん!
がるううううううう〜〜〜〜〜






0

2004/8/7

怪談2  かたる

(写真は福澤徹三の最新作『壊れるもの』。書き下ろしの長編だ。う〜〜ん、読みたい〜)

さて、怖い話。

初めてアメリカに行ったのはもう25年以上前。
語学留学にくっついてた、てきと〜なツアーだった事は以前書いた。
一ヶ月の滞在期間中、バークレーを拠点にして何度かレンタカーであちこちに出かけたのだが、同じドミトリーで知り合った3人とヨセミテ国立公園に行ったときの事だ。
3人のうち一人は大阪から来ていた、いかにもヒッピー崩れといった感じの長髪男子。
あとの2人は熊本から来たという友達同士で、あの頃にしてはこざっぱりした印象だった。
まあ、なんとなく仲良くなったおいらたち4人はしょぼい地図だけを頼りにおんぼろレンタカーで出発した。
                  
案の定、途中何度か道に迷い、ヨセミテ公園らしいところに到着したのは予定よりかなり遅れて、真夜中になっていた。
参加したツアーがツアーだけに所持金たっぷり、なんてやつはおらず、皆、出来るだけ節約しながら行こうぜ、と、合意しての旅行だったのでその日は車で寝ることになった。

ヨセミテらしい場所は山の中に違いなく、あたりは見事に真っ暗だった。
なかなか寝付けれないこともあって、誰からともなく自分の事など話し出した。
大阪のヒッピー崩れはやっぱ、バンドをやってて、熊本の2人は高校時代からの友人だとか、他愛もない話だったのだが、ふと、熊本の一人が『これってどう思う?』って、テンションを代えて話し始めた。

彼が見た夢の話から。
辺りがはっきりしないぼやけた中で誰かが手を伸ばしている。
彼はその状況をぼーと見ていたんだけど、伸びていくその手が何か白いものに近づいて触れそうになった、そのとき、突然訳も分からず、それに触るな!という意識が渦巻いて、なんとも苦しくなって、哀しくなって、『触るなあ〜〜!!』って泣き叫んだ!

と、そこで、目覚めたのだけど、なんとも気分の悪い夢だったらしい。

その後しばらくして夢のこともあんまり気にしなくなった頃、大変なことが起こる。
彼の高校生だった妹が、亡くなったのだ。
首吊り自殺だったそうだ。

彼のうちは田舎で、それなりの旧家であったこともあり、死因はとりあえず伏せてお葬式を出すことにしたらしい。
当然、首に痕が残っていたので布で巻いて隠した、という。

お葬式は大勢の参列者が来て、最後の別れとなった時だった。
お別れをしている誰かがその首の布に手を近づけた。
たまたまその様子を見つけた彼は、思わず叫んだ!

『触るなあ〜〜〜』



その後、あのときの夢に引き戻され、頭の中が真っ白になったと、彼は、ため息をついた。

そんな話を聞かされたおいらたちはたまったもんじゃない。
彼の友達は以前から知っていたようだが、場所が場所である。
真っ暗闇の山の中。
皆、言葉も出ない。

その時!

車の屋根が『ドンっ』と大きな音を立てたのだ!
誰?だれが叩いた?
えっ?俺じゃない、俺じゃないよお。
やめろよ〜、誰か叩いたろ〜?
やってないってえ〜〜
ホントに?
ホントに誰も叩いてないの?
じゃ、なによお〜〜
ぎゃああああ〜〜〜〜〜〜〜
4人ともシートにへばりついた。



 彼が作り話をしたのか、誰かが屋根を叩いて怖がらせたのか、今はもう、絶対分からないけど、あのときほど怖い思いをしたことは後にも先にも、無い。




0

2004/8/6

怪談1  かたる

(写真は福澤徹三の短編集。怖いというか、日常がちょっくらひん曲がった感じで、面白い。最近出た長編、『壊れるもの』読みたい!。)

霊的なものはまったく信じないおいらだが、なぜか、結構、怖がりだ。
怖いというのはある意味、エキサイティングで、楽しい。
なので、気持ちのどっかに『いや、ひょっとすると・・』っていう期待感が、あるんかなあ?

以前もここで書いたけど、おいらは金縛りになるのが得意だ。
ひどいときは誰かに手をぎゅって握られた感触だったりで、とんでもなく怖かったりする。
金縛りが解けて、完全に目覚めれば勿論、誰もいない。
んでも、そおいうのが出張先のホテルだったりすると、しばらく怖い。

背筋がぞっ、ってなるときはそれがもう合図だ、とか、聞いたことがある。
まあ、合図といっても、実際そんなにはちょくちょく出てくるものではなさそうだし、本当にちょくちょく出てくるものならば、もう少し違った形でなんとなく証明されていてもよさそうな気がする。

                             
そんなおいらだが、いわゆる心霊写真は何度か撮った。
霊が写った!!なんて、とうてい信じていないのだが、結構はっきりとしたもので、その類の雑誌に投稿すれば、そこそこ評価されそうなものだった。
一まとめにして、友達なんかに見せていたのだが、今はどこにしまったのか忘れてしまった。

解かりやすいものは、たとえば軽井沢で古い別荘の入り口の鉄柵と石垣の間に、おかっぱで着物を着た少女が毬つきをしているのが、写ってた。
鉄柵は15〜20センチの幅で高さは人の背丈くらい。その鉄柵の扉は開いてて、前から見れば鉄柵と石垣は並んでいる状態。勿論、その間に人が入り込めるスペースなど無い。
写真の中央にタバコを吸う友達がいて、右か左のどちらかに鉄柵、んで、その柵の隙間に見事に、いた。
隙間に写るのは後ろの石垣でなければならないはずなのにねえ。

もう一枚はグアム島で友人たち7〜8人の集合写真。
おいらが一番端っこなのに更にその横にハイビスカスを頭につけた女の人の顔が、あった。
これなんか、友人ちで、出来た写真をみんなで見てるときに発見され、その後、一人で帰ってくるときの怖かったこと!

まあ、いずれも石垣や背景がたまたまそう見えるのだろうし、光の加減に決まってる。
断じて霊ではないぞ!

写真以外でそれらしいのは、子供の頃、夜寝てるとき、いかにもの白い寝間着のようなものを着た人が横を通り過ぎた、ってのが、ある。
母親かなあ、ってそのときはあまり気にしなかったけど、そのとき見た寝間着の記憶はどうしても普段母親が着てたそれとは違ってたんだよなあ。

まあ、どうせ夢に決まってる。
断じて霊ではないぞ!

人の話で、とても怖かった話がひとつだけある。
初めてアメリカに行った時知り合った熊本の男の子が経験したという、話。

それは、また明日なのだ。
(ほんとに怖いよ〜)


0

2004/7/29

記憶する夏。  かたる


 今日、FMで 『やなわらば〜』 の『青い宝』が流れた。
おお、おお、ひょっとして、ヒットする?
季節的にも今は絶好だし、ひょっとすると、ひょっとするかも?
なんだか自分の事のようにドキドキしてしまった。

さて・・

夏は好きだ。
暑いのは慣れだし、寒いのよりは何とかなる。
名古屋生まれの名古屋育ちにとってはお祭りのイメージも春や秋ではなく、夏だし。

子供の頃、近所の神社で2日間、夏の始まりにちっちゃなお祭りがあった。
露天が、ちょっぴりだけど神社の廻りに出て、定番の金魚すくいや、射的、輪投げ、スマートボール、なんかがあった。
今に比較すれば本当になんでもないちっこい催し物。
でも、それはまた、今、ある楽しみなど比較にならない別次元の、『楽しみマックス・エベレスト登頂』であった。(意味不明)

なぜか、このお祭り、神社の写生大会ってのもあった。
事前に神社を写生し、その絵を提出すれば境内に貼り出してくれて、さらに、大会というからには審査があって、入選作などには名前とその帯が付けられた。
これも楽しみの一つで、結構きばって参加したなあ。
一度か二度、入選した記憶、あるぞ。
うんうん、想いだした!
松尾君がすっげえうまくて、そのほかにも何人かうまい子がいて、なかなか入選できなかったんだ。

いろいろ想いだしてきた。

奥のほうで、子供の巫女さんみたいなんがいて、ガラガラしたもの持ってて、踊ってて、それが時々なぜか、レイラさんだった。(笑)

楽しかった。
楽しかったなあ。
楽しい、っていうのはああいうことだったんだろうなあ、って、想う。
格別な勝利があるわけでもなく、突出した利益があるわけでもなく、やがて来る夏を肌で感じながら、得体の知れぬ期待感でいっぱいになり、夜店の遊戯に興じ、走り回る。
今では絶対に味わうことが出来ない別次元の出来事。


そして、今年も、また、暑い夏が、来た。

          (写真は昨年、八重山、竹富島にて。)

     (コメントのお返事はRead Moreで)
続きを読む
0

2004/7/17

分岐するも、それは、在るのだ。  かたる




   昨夜、高校時代の友人、何人かと会った。
友人のお母さんが亡くなって通夜の席。
そいつとはメールでのやり取りはちょくちょくあったものの、ここ2〜3年、顔をあわせることはなかった。
ほかのやつらともだいたい同じようなものだ。
まあ、文字どおり、青春時代を一緒に過ごした仲間である。

そして、どこかで青春時代は終わり、みんな大人になった、はずである。
でも、それは、どこで区切ればいいのだろう?
何年かに一度会うだけなのにそのときばかりは日常が吹っ飛んで、大人としての不思議な違和感があるのは何故だろう?


卒業後何十年、それぞれの道をそれぞれが別々に歩んできた。
そうして、時々、なんかの拍子で集まって飲んだりする。
何年かに一度なので仮に卒業後30年として1年に1度で30日、2年に一度で15日、3年に一度だと10日、卒業後に会ったわけだ。
たった?
そう、たったそれだけ。
30年過ったはずなのに。

卒業の年だけでも最低30日は一緒にいたわけで、その後30年かかってもやっとその時から1ヶ月過ぎただけの計算だ。

やつらと飲むときの不思議な違和感はこれだな。

となると、やっぱ、どこで区切ればいいんだろう?
青春時代はまだ、本当は、終わってないのではないか?

 

記憶の中での時は、昨日も何十年昔も、大差ない。
記憶はそれぞれの時代、というよりもカテゴリーでくくられているような気がするからだ。

楽しかった記憶、哀しかった記憶、怖かった記憶、苦しかった記憶、むかついた記憶、などなど。
言うまでも無く、その記憶のカテゴリーの中でのランキングは時代順ではない。
つまりはどんなに古い記憶であろうが一番怖かったことは怖かった記憶の引き出しの一番上にある。

例えば、自分の家というカテゴリーの記憶。
普段はあまり意識しないカテゴリーなのだが、いまだ、夢の中で住んでいるのは18歳まで暮らしていた市営のアパートなのである。
おそらく、それがおいらの『家としての記憶』の一番の家なのだろう。

そして、時はまた、川の流れのようでも、ある。
一本から始まった弱々しい流れが、次第に幾つもに分岐し、支流となり、ランダムな記憶だったものはやがて、(支流それぞれの流れるスピードは違うものの)大海でまたひとつになるのだろう。

おそらく、自分は今、幾つもの分岐を経ての時の主流にいる。


不思議なのだが、やつらに会うたびにあの時代から分岐した別の流れの時に、ふと、入り込むことが出来る、気がする。

そこは10代後半のままとてもスローに流れている支流で、
そこには上位ランキングされたいろいろなカテゴリーの記憶があり、
そして、
そこでは、あいつは彼女が出来たとはしゃぎ、
あいつは足が3本も入りそうなボンタンを得意そうに穿き、
あいつは時代を嘆き、
あいつは未来を見つめ、
そして、おいらは、そんなやつらに囲まれて、
笑っているのだ。

時がまだ、幾つにも分岐していなかったそこに、きっと、青春が在ったのだろう。
そしてそこはほんとうに居心地の良い場所だったのだろう。



記憶を時で区切ることは無い。


いつだってやつらはそこにいて、そして、そこはまだ、在るのだ。
今と共存して、絶対に、そこは在るのだ。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2004/6/3

竜宮城にて  かたる





おいらは海が好きだ。
どれくらい好きかというと、

@友人にはあまり知られていないが、4級船舶の免許を持っている。
Aサザエを素潜りで200個採った事がある。
B水島(敦賀の謎の島)ではたいがい最終の渡し舟に乗り損ねる。
Cウインドサーフィンで貝採りができる。
D両足が攣っても浮いていられる。
E夜中でも一人で潜れる。(これはこわいぞお〜)
F水中でう○こができる。(お〜い!)

まあ、世界一の海好き、って感じ?。
若い頃は水島の青大将ってよばれていたし。(悪もんじゃん!)

      
友人曰く
『スキーでも自転車でもあんたほど腰の弱いおっさんは見た事ないが、海中では別人だ!』
そうだ。えっへん!


さて、昨年の今頃、八重山の波照間島(日本最南端)に行ったときのことである。

海に潜るのは好きなおいらだが、じつは、何かを採る行為が好き、つまり収穫がないとだめなのだ。
かといって、水中銃とかモリも使わない。だから、魚は採らない。
たまに運が良いと、たこも採るけど、おおかた貝、専門。
貝採りサーファーと呼ばれし所以である。
なので、世の中でいうところのシュノーケリングっちゅう、ゆらゆら、ふわふわ、おほほほほ、つかまえてごら〜ん!みたいのは性に合わない。
あほか、って思ってた。
サンゴ?食えんがや!
な感じ。
しかして!
波照間島は西浜。
ず〜〜〜〜と続く遠浅の果てに、竜宮城を、見た!

すっげえのだ!
どこまでも透けて光差し込むサンゴの海にタイやヒラメが舞い踊るのだ!
貪欲な狩猟民族なおいらがしばし、草食動物の因子を身に纏った気がした。
これがシュノーケリングの醍醐味かあ!
おお!こりゃ、奥さんにも見せたらんとかん!

すわ、浜に戻り、(これが、とおいの!)足が立たないと絶対やっ!と渋るおばかを、見ないと一生の損、死んで花見ができようか、おいらにしがみついとき、と、引きずって連れ出す。
 遠浅とはいえ、途中何箇所かはちょっとばかし深みがあり、案の定シュノーケルを使い慣れない奥さんはげぼげぼともがきながら、おいらにしがみついてくる。
チャンスといえばチャンスなのだが、まあ、今回は生かしておくことにした。

竜宮城は深場だ。
最深部は10メートル以上。
1メートル50くらいの浅瀬が続き、急にガケのように深くなり、そのがけの辺りが見事なのだ。
 おいらにしがみついたまま状態の奥さん、時折海水を飲みながらも、一応、綺麗なそれは見えてるらしく、おとなしくなった。
そんなんで、2分ほどふわふわしていただろうか?

ふと深場の向こうから海面下すれすれに、きれいな魚が2匹早泳ぎでくる。
あれ、その後ろ?
でかい魚?
見たことある。
水族館で。
って、サメ?

サメ。
敦賀にゃおらんもん。
んなもん、おらん!
でも、あれは、サメ!
2メートル弱。

まるで推進力が電気仕掛けみたいにす〜〜〜って。
その静寂さが実に恐怖!

幸か不幸か奥さんは溺れかけで、サメの存在に気付いていない。
んなもん、、サメ、みた日にゃ、奥さん、気が狂ったように暴れるに違いない。
そうなったら、
@サメ、おいらたちに気付く。
A寄ってくる。
Bかぷっ。
きゃああああああああ

サメに遭遇、なんて知識は一切ない。
せいぜいサメはリーフに入ってこない、んじゃないか?ぐらい。

しがみつく奥さんにサメを見られないよう浅瀬に向けてゆっくり、必死で泳ぐ!
浅瀬までは実際すぐなんだけど、遠いこと遠いこと!
夢の中で怪獣に追われてどんなに必死で走ってもちっとも前に進んでない、あの感じ。


途中、浅瀬に入ってすぐ振り返ると、みゅうう〜〜ん、って、いるじゃん!!
どえええええ〜〜〜〜〜
うそやん!
リーフやん!ここ〜〜!!

ここまで、時間にして3分くらい、だったと思うけど。
一番近づいたときで5メートルくらいだったかなあ。

あとはもう、後ろを見ずにひたすら泳いだ。



奥『なに〜もうちょっと見たかったのにい〜』
おいら『なにいっとるだあ〜サメがでたんだて!しらんかったろ〜』
くやしまぎれに、奥『なに〜サメも見たかったのに〜』だと。

うそこけ!


0

2004/5/30

パラダイスな湯につかる!  かたる




 『自慢のモアイさまに更なる環境を!』

念願が叶い、モアイさま、そしておいらも、ご満悦である。

(続きとコメントのお返事はRead Moreで)

¥6,800!ほぼ土管!全長60センチ!のモアイさまだ。
先日も人形仲間にモアイ自慢をした。

おいらのモアイ自慢は
@宮崎のモアイランドに行った事がある。
Aモアイコレクションがある。
Bイ〜スタ〜島の場所をだいたい知っている。
Cム〜の創刊号を持っていた。
Dそして、この土管モアイさま、だ。

おいらんちのお風呂はちょっとだけ坪庭みたいのがくっついていて、いつかなんか飾ってやろうと、はや7年。実はずっと荒れ果てていた。
普通は最初から計画的におしゃれなものを作るのだろうけど、『自分でやるんだい!』作戦の結果の敗戦地なのだ。

そして1ヶ月ほど前、モアイさまに出遭った。
近所のホームセンター、惑星ダコダに住むマスターヨーダのようにひっそりと、そこに在られたのだ。
無造作に粘着テープで貼られた『¥6,800』の手書きプライスタグは色褪せている。
にもかかわらず、フォースのパワーこそ感じられないまでも、全身から漲る土管エネルギーは他のわけのわからぬガーデニング用置物を圧倒していた!!(このモアイさまが実は一番わけがわからんものだと言う通説はこの際、無視)

そうなのだ。
この空洞のモアイさま。
まさに、土管。
材質はといえば、やはり、土管。
名古屋近郊には土管を焼いている窯があり、そこの一部のモアイ信者が親方の寝ているすきにさくさくっと土管を加工したのかも知れぬ。(か?)
そんな、土管なモアイさま。
実に重い!
はっきり言って個人で作れば土代、窯代だけで、すっげえかかる。
さらにこのサイズであれば窯の中で割れてしまう可能性だってかなりある。
それが、あなた!ろくせんはっひゃくえ〜〜〜〜ん!なのだ。

『坪庭じぶんでやるんだ〜い!』作戦、復活(というより、やっと発動)である!

入手後すぐに出張もあり、とりあえず荒れた果てた地に、鎮座された・・


といった、自慢をしていたわけなのだが、皆、声をそろえて
『たっかあ〜!』だと。
『たかないて!ろくせんはっぴゃくえん、だにっ!あんたのしょーもないオーム人形といっしょだがあ。あんなもんプラスティックの成型だがあ、ちっこいし。モアイさまは60センチの土管だぞ!おっもいぞお!!』
と、反論はしてみたものの、どうやら土管の価値観が根本から違ったようだ。
まあ、よい。

皆のもの!見るがよい!
聖地は完成したのだ!
ひしめきあう熱帯性植物に身を委ね、まさに、南国秘境崇拝主義の頂点に降臨されたモアイさまの凛々しきお姿をっ!

皆のもの!疑うなかれ!
土管の頭も信心からなのだ!


ひとたび湯につかれば、幼き頃訪れし、こうようパラダイスかと見紛うばかり!
ああ、インファント島の人々が唄う声が聴こえる!
モアイさまを讃えるあの唄が!(そりゃ、モスラだて。)



                ようこそいらっしゃいませ

◇石鹸買ってか〜ん安心堂さま

世界に至宝数々あれど、小僧に勝る至宝なし!
by コナン (か?)

◇くろぶられいらさま

酒も飲まずにあの痴態。
おみごとっ!!

◇ツキミ☆さま

やっぱりなあ〜
れお〜の、ム〜出身かあ。
中学にしてモアイ!
モアイに学び、モアイに笑う、そんな中学生なれお〜のも、今やカバ一族なんですね。
どうぞ、お幸せに!

かっぱ、でかい?

◇んぼ〜
おっしいか?
実におっしいか?

う〜ん、あと6,800円かあ・・
じゃ、も一個モアイさま買っとくわね!



0

2004/5/29

限りなき石鹸の果てにA  かたる

(写真は本文となんら関係ございません。一部の方へのサービスです。写真をクリックすると大きくなります。)

記憶は突然、やってきた。

いつものように、出張先のホテルでお風呂に入ろうとしたその時である。
真新しい石鹸の包み紙を無造作に破りながら、あれっ?
そおいえば、昨日も新品を使ったんじゃん!
使ったには使ったけどそのとき一回だけ。
なのにそれが無くなって再び包装された新品に戻ってる!

        
おおおおおっ!!!!
これこそが本来の石鹸のあるべき姿!
石鹸なんぞ涌いて出てくるもの、常においらの周りには空気の如く存在し、石鹸を『買う』などという行為は納豆で体を洗おうが思い浮かばないだろう、そんな状況がここには在る!

考えてみれば、おいらは年に150日近く出張するのだから、その間は限りなき石鹸マンダラを体験していることになるではないか!
なあ〜〜にが哀しゅうて、石鹸なんぞ買わねばならん!
おいらの石鹸事情は昭和30年代のまま!なあ〜〜んも間違と〜せんが!
ど〜だ、奥さん!
おいらの勝ちだ!
もう二度とおいら用の安い石鹸なんぞかうんじゃね〜ぞおおおお!!
が、しかし、おいら用以外のお高い石鹸は普通に買ってるのね。そんなん使っても、な〜んも変われせんのに。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄あああああ〜!(て、ジョジョかい。)
前回書いた身を守るためのチャクラの源はこうして一人のときに作られているのだ。

さらに冷静になって考えると昨日の使い残しがとてつもなく残念に思えてくる。
だって、一回きり使っただけだよ。
まだメーカーの刻印だって消えてないほぼニィヤァーミント!!
あ〜、そっと隠しとけばよかったなあ。
って、おおお〜い!横の石鹸置きにあるがあ〜〜!捨てられとらんかったああ!
何たる幸運!
世界一の幸せもの!

だが、ここで大変な失敗に気付く。
ああ、手にしたばかりの世界一の幸せものベルトが消えていく〜!

先ほど紙を破ってしまって使いかけたこっちはどうなる?

どう考えても今回の出張中で2個も使い切るほどおいらの体はでかくない。
今後のことも考えれば(どんな今後じゃ)ここはこっちをそっと元に戻すしかない。
ならばと、
タオルでしっかり拭いて包み紙に巻き直す!ほ〜れ!新品じゃい!!
ベルトも戻ってきた!!
今後は使いかけの一個ですべて乗り切り、新品は毎日頂けばまた、次の日、新品が涌いているわけだ!
おお!無尽蔵!
おいらはついに、石鹸の油田を発掘したのだ!
石鹸長者どころか、世界の石鹸王だ!

押し殺した高笑いがどうしても漏れ出してしまう、そんな絶頂の夜が過ぎていった・・


ここんとこ出張前に奥さんは事も無げに言う。
『ま〜石鹸持ってこんでええでね、じゃまくっさいで。』
相撲に勝って勝負に負けたとはこのことである。(か?)


0

2004/5/28

限りなき石鹸の果てに@  かたる

(本文と写真は何ら関係ございません。写真は一部の方へのお知らせ(?)です。)

以前、奥さんとスーパーへ買い物に行ったとき、何のためらいも無く石鹸を買うMY奥さんを見て唖然とした。
おいらの認識からすれば、石鹸なんぞ、一生、家に備わったもの、湧いて出るもの、云わば空気みたいな存在であったからだ。

そりゃあ、何某の目的がはっきりした、例えば女性用の洗顔石鹸とか、痩身石鹸とか、そおいった類であれば、納得はできないまでも見過ごすこともできよう。
結果を度外視してでも夢を見る行為に、あえて正直に横から口を挟めば、ろくなことにならない。
(長年の結婚生活において、身を守る為のチャクラが備わっているのだ。)
だが、なんの変哲もない石鹸、わっわっわ〜、わがみっつ〜みたいな、おそらくおいらが体を洗い、顔を洗い、手を洗うであろう、さも安かろうおいら専用の石鹸を買う行為に口を挟まずにはいられなかった。
『これじゃだめなの?』
と平然と答える奥さん。
そうではない。
おいらは石鹸の質に文句を言いたいのではない。
おいらなぞ泡が出れば良いので、さらに粘り気の在る納豆でも良いくらいだ。
『なぜ、石鹸を買うかということじゃ』
『石鹸が無いからじゃない!納豆でもいいの?』
流石、奥さんである。
が、しかし。
ここで『うん、納豆でも良い』では悔しいではないか。

なんだかんだ問答の末、最近は石鹸を贈答用に贈る人は殆ど皆無、さらに我が家に贈答品を送ってくれる酔狂な人は稀である事、なんかの景品にしても石鹸はまず使われない、といった、事実を知った。
おいらの頭の中は少なくとも世の中の石鹸事情に関して、昭和30年代のままであったようである。

この事件はその後のおいらに多大の影響を与える事になるのだが、続きはまた明日。

          (コメントのお返事はRead Moreで)
続きを読む
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ