2005/8/12

記憶の順列 その2  

今は高速を使えば名古屋から3時間弱で行けるのだが、当時はガタガタの軽自動車で国道8号線やらをよいしょ、よいしょと8時間くらいかけて走った。
最初、どうしてここへ行くようになったのかはすっかり記憶に無いのだが、駆け出しの美容師だった頃、同じ美容院の仲間と、夏、毎週火曜日の休みになるとお天気に関係なく、必ず出かけた。
なぜか、日曜日まですっげえ良い天気で月曜から崩れかけ、火曜日に雨、ってゆうのがその頃の常で、ひどい時は4週ぶっ続けに雨、なんてえのもあった。
それでも、とにかく、何かに憑かれたように、おいらたちは出かけた。

月曜の夜中前に出発して明け方到着。
車の中でちょいと寝る。
てきとうに現地集合だったので目が覚めた頃、他の仲間の車が側に何台かいて持ち寄ったお酒とか食料を分配。大雨だろうがカミナリが鳴っていようが、ひたすら遊ぶ。
んで夕方、へろへろになってガタガタ8時間かけて深夜帰宅。
う〜ん、今では真似できん。

当時の仲間にスイカで酔っ払う奴がいて面白かった。
スイカ喰うと、酔っ払っちゃうの。
だからスイカは誰彼か必ず持参した。
とにかく皆、お金が無いので僅かばかりの船賃もけちってゴムボートで島に渡ったりもした。
これは実はとても危険で、近い距離だからって安心してると流れによっては簡単に外洋まで流されてしまう。
外洋で漁船に救助されたと息巻く奴もいた。

当時の水島は本当に別天地で、南洋で漂流し、遭遇した孤島のような無人ぶりだった。
島は今よりも全然小さくて、半分が白浜の遠浅、半分が岩場でサザエとか雲丹の宝庫。
海の色だって白浜の遠浅側は、まさにコバルトブルー。
何でここだけがこんなに綺麗なの?って誰もが思った。
でも、なんでだか、そおいう不思議な場所だった。
今だって決して水が汚いわけでもなく、普通の海水浴場に比べればとんでもなく綺麗なのだが、当時を知っているおいら達は歴然と違う海の色を見ると、ちょっと寂しい。

島には地元の決まりがあって、自動販売機も何も無い。
管理者もいたりいなかったり。
渡し舟は朝から夕方4時までピストン運行しているのだが、あくまで無人島のスタンスを今でも守り続けている。
昔、民宿のおばさんにキャンプはしても良いの?って尋ねたら別に良いよ、って事だったが仲間内でキャンプをした者はいなかった。果たして今はどうなんだろう?

一時、20年位前、島に焼きソバやジュースを売る屋台が出来たことがあった。
2〜3年くらいあったような気がする。
なんでも関西の怖い人たちが無断でやっていたようで、最後のほうに地元の人たちともめていたのを見たことがある。
その頃、島は『人知れず』の、隠れリゾートだったのでそおいう怖い人たちがいっぱい来ていた。
そおいう人しか来てはいけないのかと思うほど、体に絵の描かれた人たちがいた。
そおいう人はなぜか素潜りでサザエやあわびや雲丹をとても上手に採ってきて、波打ち際で料理しながら海水で洗ってビールを飲みながら食べていた。
おいらは、それがとてもかっこよく思え、とても印象に残った。
もちろん、おいらも真似事のように潜ってサザエとかちょっぴり採ってご満悦だったのだが。
果たして、その光景は目に焼きつき、いつか、おいらも、素潜りでサザエやあわびや雲丹を上手に採って、ああやって波打ち際で食べたいなと、真剣に思ったりした。
民宿でもそおいう人たちと一緒になるので、お酒の勢いでいろいろコツなどを教えてもらったりも、した。
遊びに来ている怖い人たちは遊びに来ているので皆、親切に教えてくれた。

そして、いつしかおいらも素潜りでそれが上手に出来るようになった。
採った雲丹を波打ち際で食べるその時、いつも決まってあの時と全てがシンクロする。
風も、波の音も、注ぐ光も、何もかもが。
まるであの時のおいらがこの光景を覗いているように、感じる。
それは、大好きな一瞬だ。


もともとこのあたりは魚釣りの穴場だったようで島には魚がうようよいる。
タコもいる。
綺麗なウミウシだって、ヒトデだってスカシカシパンだっている。
おいらはこの島でそおいう知識を得ていった。

サザエがゴロゴロ採れた年も何回かあった。
2泊で200個ぐらい採れた。
楽しくて嬉しくて、最終の船が来ているのも忘れ、家族が大声で呼んでいるのも聴こえなかった。

岩場には海草みたいに見えて『ガヤ』っていうヒドロ虫が群集した生物がいる。
こいつは怖い毒虫で、ちょっと触っただけでも皮膚がミミズ腫れみたいになり痛いのなんのって、の奴。
いつだったか、ゴムボートがこけて運悪くこいつの群生のうえに落ち、えらいことになってしまった事もあった。


いつしか原発が目と鼻の先に出来て、道が整備され、馴染みの民宿はでっかくなり、腰の曲がったおばあちゃんがいなくなり、おばちゃんの腰が曲がった。おいらたちと同じ年のお嫁さんもすっかりおばちゃんだし、とにもかくにも、水島には信じられないくらい多くの人たちが来るようになった。

今年はブラジルの団体さんがおいらたちの横でバーベキューをやっていた。
先週の日曜日は水島始まって以来の上陸客で陸地を歩くのもままならなかったそうだ。
今の島は数年前、人工的に陸地を増やし、当時に比べ倍くらいになったのだがこのありさまらしい。


水島を思うとき、30年のおいらの夏が順序良く並び、そおして、積み重なる。
交錯した記憶の中で、なぜか順序良く並ぶ記憶は珍しく、そこに想像の未来との比較はまるで無く、過ごしてきた記憶の積み重なりだけが小気味よくあり、不思議な漂い感を得る。

これからの人生が水島スタイルでいければなあ、と思う。
それはどおいうものなのかさっぱり解からないのだが、果たして、そう思うのだ。

そして、ともかく、今年も水島の記憶が積み重ねられた。





0

2005/8/8

暑!!  

いやホント、今日は暑!かった。
今でも体がぽかぽかしているのだ。

一説でわ最高気温(名古屋)37度近かったとも聴いていたけど、調べたら36度ちょうど、だったそうな。
にしてもだ、今日は一日中、炎天下での荷崩し及び仕分け作業、エチオピアより暑いのでわ、と、何度も思った。

今のおいらの仕事は、毎日そおいう作業ばかりではないけれど、そおいう仕事を毎日されている方もいるのだ。
ずっと昔、そおいう仕事をひと夏経験したけれど、皆、お弁当に生にんにくを詰めて来ていたのを覚えている。

国会での大騒ぎをよそに、そおいう仕事はやっぱり大変だなあと、つくづく思ふ夏は真っ盛り。


クリックすると元のサイズで表示します
0

2005/8/7

友よ、夜明け前だ  

   


なくなんて ちいさなこと
   ためいきつくなんて つまらないこと

   だのに このふたあつの

   おおきさを とりかえ とりかえして

   おとこも おんなも しんでゆく


今年4月に亡くなった高田渡が歌った「ブルース」って短い曲。
おいらは当時この歌が好きで、しょっちゅう、しょぼくれたギターを弾いて歌っていた。
「しんでしまう」という意味が少し理解できるのは、もっとずっとずっと後になってからなのだけれど、それでも、なんでだか歌っていた。



   悲しいときにゃ 悲しみなさい
   気にすることじゃ ありません

   あなたのだいじな 命に
   かかわることも あるまいし

   そうです それが 運命でしょう
   気にすることじゃ ありません

   生まれて死ぬまで つきまとうのは
   悩みというものだけなのですよ



加川良は「伝道」でこう歌った。
この歌も好きな歌だ。
いまだにスリー・フィンガーで弾いて、ちゃんと歌えるうたはこれくらいだ、っていうほど、しょっちゅう、しょっちゅう歌っていた。

死ぬまで悩みはつきまとい、なくことと、ためいきの大きさをとっかえながら、そおして、いつか、しんでしまうんだ。って、二つの歌をひっくるめ、高校生のおいらは思った。
なんともはや、うかばれぬ。

その後、「しんでしまう」ことの意味が少し理解できるようになって、おとなな解釈をするようになる。


だから、悲しいのも、ため息も、悩みだって、どおってこたあない。
そおいうもんはそおいうもんで、だから、どおってこたあない。
だから、そんなもんわ、どおってこたあないんだよ。
と。


大昔の夏、フォークジャンボリーっていう野外ライブが岐阜県の坂下町って町の椛の湖畔にて開催された。
1969年に第一回、さらに70年、71年と続いた。
当時高校生のおいらは第二回の70年、第三回の71年に行っている。

クリックすると元のサイズで表示します

当時、高校生以上であり、フォークが好きであった輩にしかよく分からない話である。

1970年。
まあ、それなりに激動の時代である。
高校生のおいらには少なくともそう感じられた。
世の中、いろんなことがあって、なんだかほんとうにいろいろなことがあって、そおいう世相を反映してか、若い人の世はメッセージ色の強いフォークソングが蔓延った。

そして、それはまだ、おいらの世界の夜の明ける前のこと、だった。





そんな時代を共有した友がちょっと前、逝った。
ちょうど一年前、胃を全摘し、仕事への復帰を待ちながら。

奴の世界は閉じた。
奴の世界からおいらは消えてなくなり、世界は消えた。
いつかおいらの世界も消える。
「しんでしまう」とはそおいう事だ。と思う。
ただ、おいらがそう認識することもひっくるめ、おいらの世界はここにまだ在る。
だから、おいらの世界には奴がいて、あの時のおいらと共に奴がいて、今のおいらと共に奴がいる。

だから、悲しいのも、ため息も、悩みだって、どおってこたあない。
そおいうもんはそおいうもんで、だから、どおってこたあない。
だから、そんなもんわ、どおってこたあないんだよ。

おいらの世界で、奴は、そお言って、笑う。

そおしておいらたちは、やがて、夜の明けるのを、あの時のように待っている。
ずっと、ずっと、待っている。

だから、どおってこたあない。
どおってこたあ、ない。
なあ、友よ。
どおってこたあ、
ないんだ。


0

2005/8/6

ああ、ぼてん、再びっ!  ほのぼの


ぼてん、開花!

クリックすると元のサイズで表示します

去年に比べて3日ほど早く咲いたのだ。

去年のボテンその8

去年、8月9日はお休みだったようで、興奮気味の開花実況をしている。あはは

今年は仕事だったのでそおいうわけにもいかず、帰宅したら既にほぼ完全開花の状態だった。

クリックすると元のサイズで表示します

それにしても立派だ、ぼてん!
去年よりへろへろのくせに、よお咲いたねえ〜


まるで『太陽の塔』だねえ。
立派だねえ。

クリックすると元のサイズで表示します

0

2005/7/31

店員、冷気の秘密を語る  


おいらの会社の事務所は暑い。
まあ、倉庫を借りた時におまけについてきた『お菓子の家みたいなプレハブ秘密基地』が事務所なのだから仕方あるまい。
屋根がよく焼けたカルビ肉で出来ているのではないかと、日々、疑う。

くーるびず?
てきおん?

まるで、未来の話だ。

まかり間違って魔人を召還出来ようものならば、設定温度「摂氏18度」というこれ以上もう下がりようのないエアコンの目盛りを、なんとか華氏18度にならんもんかと懇願する体制だけは確立している。

さらに事務所内温暖化現象に拍車をかけているのは6台のパソコンに相違ない。
その6台が6台共に晴れて年期奉公も無事終わり、もう、故郷に帰ったら?ってなビンテージ軍団。
ああ、その放熱エネルギーといったらちょいとした芋が蒸さるであろう、だ。

対策を考えるにも電力量問題。
なんせおまけのプレハブ、大して電気は使えない。
これまでにも何回か電力量アップの電気工事をしてもらってはいるがそこそこ限度がある。
現状、そこそこ限界なのである。
ではあるが、それ以上に体力にも皆、限界が来る。
9月の展示会準備も本格始動だし、老体パソコンの動きも悪いと嘆く。
芋を蒸している場合ではなくなった。

本日、あちこち配電を工夫してなんとか窓枠取り付けクーラーくらいならばいけるぞ、ってその消費電力分を確保するに至る。

窓枠取り付型ならば工事や魔人を召還する手間も要らない。


ヤ○ダ電気には6種ほどの窓枠式クーラーが並べてあった。
消費電力からして中間あたりのお値段の2種に的を絞る。
若干お値段が違い、形状も違う2種の相違点を店員に尋ねることに。

店員いわく、若干お値段の高い中央噴出し式のタイプが冷却効率が良いのでわないかと、それを勧める。
おいらもまあ、そんな感じがしていたのだが、実わ、展示品のデモ機から流れ出ている冷気、お勧めのタイプがぬるかったのだ。あきらかにぬるいので、「でも、こっちはなんだか冷えてないよ。」と、とりあえずの疑問を言ってみる。

店員 「お客様、こちらの展示品はモニター展示機種で冷房能力がありません。よって、送風のみです。」

おいら 「でも、こっちは冷たい風が来るぜ」

店員 「あ、そちらは実機の展示品ですから冷風がちゃんと出ていますので。」

おいら 「ほんと〜?大丈夫かなあ〜そっちも冷たくなるう〜?」

いかにも間抜けな質問であったのであろう。
店員は携帯電話の展示用モックに「あれ〜?通じないけど、大丈夫〜?」とゆうたぐらいな勢いを感じたに違いない。
そこで店員、その間抜けな質問にこれ以上ぴったしな間抜けな答えはない、というコンビネーションで対応するのである。

店員 「お客様、大丈夫でございます。(ひと呼吸おいて)クーラーですから。」




窓枠中央噴出しタイプの実機くん、この素敵なお話を携えた分、自らの能力以上の一石をかの灼熱地獄に投じたのは言うまでも無い。

めでたしな夏の日。


クリックすると元のサイズで表示します
0

2005/7/29

お風呂で  

お風呂で遊んでみた。
まあ、こんな感じ。




大人でもお風呂は退屈なので子供がおもちゃで遊ぶのが解かる。
でも、まあ、大人でも思い切って遊んでみると、楽しいということが解かった。
いつも遊んでいるわけではないので、そこんとこ、よろしく。


0

2005/7/28

ちょっと植物  2  

 ほぼジャングル化した子宝草の鉢植えだが、まあ、これが、増える増える。
親の葉っぱの肉厚ぶりはアニマル浜口ばりである。
子の京子さんといえば、これまたさらに子をつける。
親子三代の子宝草。

めでたきかな夏の夜。

0

2005/7/28

ちょっと植物  

 
まさかのボテンである。
去年、見事に花を咲かせたハシラサボテンのボテンが今年も蕾をつけた。
今のところ5つ。
すごいなあ。
いや、ほんとうに。
普段はこのまま朽ち果ててしまうのでわ?とも思えてしまう姿。
つい先日も先っちょのほうを切って、根元を植え替えようか、などと算段していたところ。
新しい鉢も買って、さあ、と、思いきや、蕾発見である。

切ってしまおう、と、算段していた先っちょにもちゃあんと蕾がある。
よれよれなのに。
よれよれの先っちょなのに。

すごいなあ、と、感動してしまう、夏の夜。







0

2005/7/26

ラリー・ジョンソン、みたび  

前回の買い付け時のスナップである。
なにやら得意満々のラリー・ジョンソンでも、ある。

実は、おいらたち一行は前回、出だしから躓いていたし、この日も長い一日を躓きながら終えたわけなのだが・・
一日って長いのだ参照

買い付けも半ばの週末、でっかいフリーマーケット1日目の夕方。
その前日、前半買い付け荷物の荷造りなどで就寝は夜中2時になってしまったにもかかわらず、朝は5時起き。
ご存知のようにフリーマーケットは朝駆け勝負だ。
早けりゃ早いほど良いわけで、何時に寝ようが関係ない。
ないけれど、眠いものは眠い。
一日中、もともと馬の品評会場である広大な敷地内を荷物を抱えつつ、飯もそこそこで歩き回っていれば、眠いのも手伝っていいかげん、へたれる。
おまけにスタッフの一人が前日より風邪で熱が出てしまった事もあり、夕方にはみな、パワーダウン。
そおいう場合わ、ドラクエだって、ほれ、宿屋だ。

さあ、そおいうことで、あたりにメタルスライムがうろうろしようが今日はおしまい!って決めていたのに。

ラリーのブースへさいならって挨拶に行ったが最後、魔法をかけられることとなる。

「魅力あるお宝がうちにあるんだなあ〜。今日は持ってこれんかったもんで、見にこん?んで、おじさんを乗せてうちまで行ってまたここまで送ってくれん?いや、まじで。」ってな、しょぼい魔法に。

会場からラリーんちまで1時間。ラリーんちで1時間、戻って1時間。さらにホテルまで30分。
出発を夕方6時として、帰宅は9時半。
あくまでも予定である。

んがあ、買い付けはそおいうものだ。
買い付けなければ仕事にゃならぬ。
なんせ、ラリーんちの商品はお安く、メタルスライム以上の商売になる。(か?)
へにょへにょとラリーを乗せ、出発だ。

道は結構混んでいた。
途中、時間の調整をして、こりゃ、帰るのは10時だねえ〜、腹減ったねえ〜、なんてほざいたものだ。
さらに、おいらはご飯を作る係りなので、帰ってからもおちおちはできないのだ。

出発して一時間ほど。
ラリーは道路わきの大きな川の横で車を止めろとおっしゃる。
何事?
おしっこ?

ラリーはごそごそした袋を持って車から降り、すたすた、あんど、ふぉろーみー、だ。
川原に下りる道という道もなく、背丈ほど生い茂った草をかきわけかきわけ進むと、ん?ごつごつとした岩場だ。
ラリーは袋からでっかいハンマーを取り出すと、事も無げに言う。

「これはサービスだ」

サービス?
おん?らりこう〜。
日本のサービスはなあ、飯とか、お金とか、飯とか、お金とか、飯とか、お金とか、そおいうもんと、あだちゆみが決めたんだぞお〜おん?おん?おん?

かまわず、ラリーはハンマーを振り下ろす。
がきっ!ごきっ!ぎゅきょっ!ぽこっ!

「ほれ。化石。」

あだちゆみもびっくりである。
そこそこでかい巻貝だ。

よくよく見れば周りの地層は「化石が今にもでそう地層」(地層の名前とか知らんし)でわないか。
まあ、古いもん好きのおいらは、古いもんの親分、化石はどうしたって大好きだでね。これが。
10年位前には、なんかの雑誌の切れ端にあった三葉虫の化石採り放題!っちゅう妖しげな見出しと、子供の描いた宝島の絵地図みたいなんだけ持って、長男次男引き連れ、ソルトレイクからユタ州の山ん中、丸二日、レンタカーでぐるぐる迷子になりながら辿り着き、掘って掘って掘りまくっちゃったでね。

らりこう〜やるじゃん〜いいさ〜びすじゃん〜ふふふ。

おいらたち一行は発熱の病人を抱えつつも、「もお、あんたたちい〜いつまでやっとんの〜」とラリーに促されつつも、ハンマーが折れて先っちょが飛んでいってしまうまで、代わる代わる掘っちまったいっ!


して、魔法が解けるのは全て用事が済んでホテルに帰った深夜12時近くということだったんだけどね。
皆のライフゲージはほぼ「0」っちゅうことで。
宿屋での回復、ならず、っちゅうことで。

めでたし、ラリーにしてやられた!っちゅうことで。(やられたのか?)



    (↓こいつは海草系の植物化石断面。こんなんがごろごろむき出し。)


0

2005/7/24

浴衣萌え  


すっかり浴衣体型保持者である。
まあ、いいけど。
いいけど、名古屋場所。

千秋楽まで、浴衣姿で街をうろうろするのはご法度と、心に回覧板が廻っていたはずだ。
ファミレスはやばい。
中途半端に髷がない分、下っ端だ。

そこのおかあさん、ちがうんだよ、おいらわ。
これ、こどもにみみうちするのわ、やめてね。
こんなにふけてて、まげもゆえないおいらはね、とっくにこきょうにかえってちいさなちゃんこやさんをやっているのだから。
だから、そこのおとうさん、ちがいます。
これこれ、こどものせなかをおさないで。
しゃしんわだめだめ。
いや、いわないから、ごっつあんです、って。いわないからね。


お気に入りの浴衣は紺無地のやつだ。
ジャスコで帯付7,800円。
おととい買った写真の縦じまも好きだ。

浴衣の無地ってあまり見かけない。
柄ものは、なかなか、なかなかなのが多い。

おいらは似合わないけど、白地に竜虎。うう、『YOKOSUKA』だ。
できれば学生服の裏に留めたい。

ひょっとこ。
ひょっとこねえ。
ひょっとこはねえ、ちょっと。

キティちゃん。
キティちゃん?
ならば、ひょっとこでいけるような気分に。

いんやん。
サーフ・浴衣?
「そうそう、あそこでのまれちってさあ〜、もう、上も下もあったもんじゃなかったぜっ!」
浜辺で語り合う浴衣サーファー。
波乗りオヤジ、必携か?


浴衣はまた、帯の結び方でいろいろ表現ができるらしい。
江戸っ子結び。
浪人結び。
ぼんさん結び。
などなど。
おいらは江戸っ子でも浪人でもぼんさんでもないので、できれば「名古屋場所に関係ない結び」で表現したいものだ。

どすこい。







0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ