2004/6/23

闇の劇場  てきと〜





闇は全てを飲み込んでしまう。
息衝くもの、そうでないもの、全てを。


漆黒を纏ってそれは、いた。
今は、朽ち果てる事を与えられた石造りの舞台。
森の樹々がねっとりとした比重の高い空気を演出し、微かに舞台を照らすこもれびが光の線となっている。
あたかもスポットライトのように。

漆黒のそれは、舞台上手で合図を待っているのだ。
幾万年もの歳月の闇を過ごし、何もかもが飲み込まれたその中で。
それでも、合図を待っているのだ。
闇を抜け出る、その時の合図を。

        
恩田陸?
ぷぷ。
ちょっと、まねっこの書き出し、やってみた。
恩田陸を読んだ人はその書き出しの魅力に絶対引きずり込まれてしまう。
おおお〜〜!!って。
んで、ずるずる、はまってしまう。
最後、なにぃ〜〜おしまいかて、のときもある。それを差し引いてすら、その書き出しの巧さが勝る。


さて、先日、ほにゃねえさんのブログにジャックニコルソンの映画を観た話があった。
ジャックニコルソンといえば、おいらはあれだ。

『シャイニング』

怖かったああ〜〜。
んで、出張中はホテル住まいなので、つい、廊下の写真を撮ってみた。
この2秒後、5メートルくらい先に、双子の女の子が『ポンッ!』って、出てきても不思議ではない気がした。
ホテルの廊下、って、なかなかだね。

おいらはお化けの類は信じないのだけれど、怖がりだ。
気持ちのどっかで、お化けがいたら嫌だなあ、ってのがあるのかもしれない。
このあたりの自分の気持ちってのが良くわからない。
解らないのだけれど、お化けはいないと思ってるのに、闇は怖いし、お化けが出たらどうしよう、なのだ。
もうなんだか、なにを書いているのかも、よくわからない。
実際、お化けにあったことは無いので本当に怖いかどうかも、解らないのだが。
解らない祭りか?

解っていることはゴキブリは本当に怖いということだ。
ゴキブリには何度も泣かされている。
怖い、という観念だけでは言い表せない何かがある。
恐怖の反射作用。
まさに、反射的恐怖。
体が脳さまより早く反応しているぞ、って思うことがあるくらいだ。

さっきの恩田陸まねっこの書き出しはゴキブリ側の立場で書いてみたの。
ぷぷ。

奴らにはやつらの生き方があり、おいらのそれとあいまみえることは断じて、ないのだ。

(ええ〜〜!!終わりかよ〜〜!!  ・・ねぶいでね。マイナス5点 by ツキミ☆)



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