2005/7/31

店員、冷気の秘密を語る  


おいらの会社の事務所は暑い。
まあ、倉庫を借りた時におまけについてきた『お菓子の家みたいなプレハブ秘密基地』が事務所なのだから仕方あるまい。
屋根がよく焼けたカルビ肉で出来ているのではないかと、日々、疑う。

くーるびず?
てきおん?

まるで、未来の話だ。

まかり間違って魔人を召還出来ようものならば、設定温度「摂氏18度」というこれ以上もう下がりようのないエアコンの目盛りを、なんとか華氏18度にならんもんかと懇願する体制だけは確立している。

さらに事務所内温暖化現象に拍車をかけているのは6台のパソコンに相違ない。
その6台が6台共に晴れて年期奉公も無事終わり、もう、故郷に帰ったら?ってなビンテージ軍団。
ああ、その放熱エネルギーといったらちょいとした芋が蒸さるであろう、だ。

対策を考えるにも電力量問題。
なんせおまけのプレハブ、大して電気は使えない。
これまでにも何回か電力量アップの電気工事をしてもらってはいるがそこそこ限度がある。
現状、そこそこ限界なのである。
ではあるが、それ以上に体力にも皆、限界が来る。
9月の展示会準備も本格始動だし、老体パソコンの動きも悪いと嘆く。
芋を蒸している場合ではなくなった。

本日、あちこち配電を工夫してなんとか窓枠取り付けクーラーくらいならばいけるぞ、ってその消費電力分を確保するに至る。

窓枠取り付型ならば工事や魔人を召還する手間も要らない。


ヤ○ダ電気には6種ほどの窓枠式クーラーが並べてあった。
消費電力からして中間あたりのお値段の2種に的を絞る。
若干お値段が違い、形状も違う2種の相違点を店員に尋ねることに。

店員いわく、若干お値段の高い中央噴出し式のタイプが冷却効率が良いのでわないかと、それを勧める。
おいらもまあ、そんな感じがしていたのだが、実わ、展示品のデモ機から流れ出ている冷気、お勧めのタイプがぬるかったのだ。あきらかにぬるいので、「でも、こっちはなんだか冷えてないよ。」と、とりあえずの疑問を言ってみる。

店員 「お客様、こちらの展示品はモニター展示機種で冷房能力がありません。よって、送風のみです。」

おいら 「でも、こっちは冷たい風が来るぜ」

店員 「あ、そちらは実機の展示品ですから冷風がちゃんと出ていますので。」

おいら 「ほんと〜?大丈夫かなあ〜そっちも冷たくなるう〜?」

いかにも間抜けな質問であったのであろう。
店員は携帯電話の展示用モックに「あれ〜?通じないけど、大丈夫〜?」とゆうたぐらいな勢いを感じたに違いない。
そこで店員、その間抜けな質問にこれ以上ぴったしな間抜けな答えはない、というコンビネーションで対応するのである。

店員 「お客様、大丈夫でございます。(ひと呼吸おいて)クーラーですから。」




窓枠中央噴出しタイプの実機くん、この素敵なお話を携えた分、自らの能力以上の一石をかの灼熱地獄に投じたのは言うまでも無い。

めでたしな夏の日。


クリックすると元のサイズで表示します
0

2005/7/29

お風呂で  

お風呂で遊んでみた。
まあ、こんな感じ。




大人でもお風呂は退屈なので子供がおもちゃで遊ぶのが解かる。
でも、まあ、大人でも思い切って遊んでみると、楽しいということが解かった。
いつも遊んでいるわけではないので、そこんとこ、よろしく。


0

2005/7/28

ちょっと植物  2  

 ほぼジャングル化した子宝草の鉢植えだが、まあ、これが、増える増える。
親の葉っぱの肉厚ぶりはアニマル浜口ばりである。
子の京子さんといえば、これまたさらに子をつける。
親子三代の子宝草。

めでたきかな夏の夜。

0

2005/7/28

ちょっと植物  

 
まさかのボテンである。
去年、見事に花を咲かせたハシラサボテンのボテンが今年も蕾をつけた。
今のところ5つ。
すごいなあ。
いや、ほんとうに。
普段はこのまま朽ち果ててしまうのでわ?とも思えてしまう姿。
つい先日も先っちょのほうを切って、根元を植え替えようか、などと算段していたところ。
新しい鉢も買って、さあ、と、思いきや、蕾発見である。

切ってしまおう、と、算段していた先っちょにもちゃあんと蕾がある。
よれよれなのに。
よれよれの先っちょなのに。

すごいなあ、と、感動してしまう、夏の夜。







0

2005/7/26

ラリー・ジョンソン、みたび  

前回の買い付け時のスナップである。
なにやら得意満々のラリー・ジョンソンでも、ある。

実は、おいらたち一行は前回、出だしから躓いていたし、この日も長い一日を躓きながら終えたわけなのだが・・
一日って長いのだ参照

買い付けも半ばの週末、でっかいフリーマーケット1日目の夕方。
その前日、前半買い付け荷物の荷造りなどで就寝は夜中2時になってしまったにもかかわらず、朝は5時起き。
ご存知のようにフリーマーケットは朝駆け勝負だ。
早けりゃ早いほど良いわけで、何時に寝ようが関係ない。
ないけれど、眠いものは眠い。
一日中、もともと馬の品評会場である広大な敷地内を荷物を抱えつつ、飯もそこそこで歩き回っていれば、眠いのも手伝っていいかげん、へたれる。
おまけにスタッフの一人が前日より風邪で熱が出てしまった事もあり、夕方にはみな、パワーダウン。
そおいう場合わ、ドラクエだって、ほれ、宿屋だ。

さあ、そおいうことで、あたりにメタルスライムがうろうろしようが今日はおしまい!って決めていたのに。

ラリーのブースへさいならって挨拶に行ったが最後、魔法をかけられることとなる。

「魅力あるお宝がうちにあるんだなあ〜。今日は持ってこれんかったもんで、見にこん?んで、おじさんを乗せてうちまで行ってまたここまで送ってくれん?いや、まじで。」ってな、しょぼい魔法に。

会場からラリーんちまで1時間。ラリーんちで1時間、戻って1時間。さらにホテルまで30分。
出発を夕方6時として、帰宅は9時半。
あくまでも予定である。

んがあ、買い付けはそおいうものだ。
買い付けなければ仕事にゃならぬ。
なんせ、ラリーんちの商品はお安く、メタルスライム以上の商売になる。(か?)
へにょへにょとラリーを乗せ、出発だ。

道は結構混んでいた。
途中、時間の調整をして、こりゃ、帰るのは10時だねえ〜、腹減ったねえ〜、なんてほざいたものだ。
さらに、おいらはご飯を作る係りなので、帰ってからもおちおちはできないのだ。

出発して一時間ほど。
ラリーは道路わきの大きな川の横で車を止めろとおっしゃる。
何事?
おしっこ?

ラリーはごそごそした袋を持って車から降り、すたすた、あんど、ふぉろーみー、だ。
川原に下りる道という道もなく、背丈ほど生い茂った草をかきわけかきわけ進むと、ん?ごつごつとした岩場だ。
ラリーは袋からでっかいハンマーを取り出すと、事も無げに言う。

「これはサービスだ」

サービス?
おん?らりこう〜。
日本のサービスはなあ、飯とか、お金とか、飯とか、お金とか、飯とか、お金とか、そおいうもんと、あだちゆみが決めたんだぞお〜おん?おん?おん?

かまわず、ラリーはハンマーを振り下ろす。
がきっ!ごきっ!ぎゅきょっ!ぽこっ!

「ほれ。化石。」

あだちゆみもびっくりである。
そこそこでかい巻貝だ。

よくよく見れば周りの地層は「化石が今にもでそう地層」(地層の名前とか知らんし)でわないか。
まあ、古いもん好きのおいらは、古いもんの親分、化石はどうしたって大好きだでね。これが。
10年位前には、なんかの雑誌の切れ端にあった三葉虫の化石採り放題!っちゅう妖しげな見出しと、子供の描いた宝島の絵地図みたいなんだけ持って、長男次男引き連れ、ソルトレイクからユタ州の山ん中、丸二日、レンタカーでぐるぐる迷子になりながら辿り着き、掘って掘って掘りまくっちゃったでね。

らりこう〜やるじゃん〜いいさ〜びすじゃん〜ふふふ。

おいらたち一行は発熱の病人を抱えつつも、「もお、あんたたちい〜いつまでやっとんの〜」とラリーに促されつつも、ハンマーが折れて先っちょが飛んでいってしまうまで、代わる代わる掘っちまったいっ!


して、魔法が解けるのは全て用事が済んでホテルに帰った深夜12時近くということだったんだけどね。
皆のライフゲージはほぼ「0」っちゅうことで。
宿屋での回復、ならず、っちゅうことで。

めでたし、ラリーにしてやられた!っちゅうことで。(やられたのか?)



    (↓こいつは海草系の植物化石断面。こんなんがごろごろむき出し。)


0

2005/7/24

浴衣萌え  


すっかり浴衣体型保持者である。
まあ、いいけど。
いいけど、名古屋場所。

千秋楽まで、浴衣姿で街をうろうろするのはご法度と、心に回覧板が廻っていたはずだ。
ファミレスはやばい。
中途半端に髷がない分、下っ端だ。

そこのおかあさん、ちがうんだよ、おいらわ。
これ、こどもにみみうちするのわ、やめてね。
こんなにふけてて、まげもゆえないおいらはね、とっくにこきょうにかえってちいさなちゃんこやさんをやっているのだから。
だから、そこのおとうさん、ちがいます。
これこれ、こどものせなかをおさないで。
しゃしんわだめだめ。
いや、いわないから、ごっつあんです、って。いわないからね。


お気に入りの浴衣は紺無地のやつだ。
ジャスコで帯付7,800円。
おととい買った写真の縦じまも好きだ。

浴衣の無地ってあまり見かけない。
柄ものは、なかなか、なかなかなのが多い。

おいらは似合わないけど、白地に竜虎。うう、『YOKOSUKA』だ。
できれば学生服の裏に留めたい。

ひょっとこ。
ひょっとこねえ。
ひょっとこはねえ、ちょっと。

キティちゃん。
キティちゃん?
ならば、ひょっとこでいけるような気分に。

いんやん。
サーフ・浴衣?
「そうそう、あそこでのまれちってさあ〜、もう、上も下もあったもんじゃなかったぜっ!」
浜辺で語り合う浴衣サーファー。
波乗りオヤジ、必携か?


浴衣はまた、帯の結び方でいろいろ表現ができるらしい。
江戸っ子結び。
浪人結び。
ぼんさん結び。
などなど。
おいらは江戸っ子でも浪人でもぼんさんでもないので、できれば「名古屋場所に関係ない結び」で表現したいものだ。

どすこい。







0

2005/7/21

勝手に島唄/そにょに  

へへ。
なんとなく続いているのです。
でわ、あと4枚を。


1/「LET'S BEGIN!」  オムニバス  2003年2月発売

B/「明日への道。」ゴモクでちょいと触れました「ビギンの島唄」カバー・コンピレーションアルバム。
現役高校生バンドを含んで9組の八重山を中心としたアマチュアバンドの名作。
アマチュアっていってもレベルはかなりお高いのです。
すでにデビューを果たした数バンド以外でも「げげげっのげ!」ってうなってしまいます。
とにかく素晴らしいです。こちらで詳しい紹介が見れますよ。↓

       LET'S BEGIN 


2/「琉歌-BEGIN SONGS-」 彩風(AYAKAJI)  2003年2月発売

石垣島出身のユニット。「ビギンの島唄」カバー・アルバム。
ほれほれ、カバーです。ふふふ
そもそもこのアルバムを出すために結成されたんだとか。
でも、大当たりの「彩風」です。
半分がインストでして、そよそよ、さらさら、って感じの仕上がり。
そよさら渇望状態であればぜひとも外せない一枚です。
で、このあと順調にセカンド(これもカバー)、サード・アルバム(2004年6月)、なぜか今年の5月にはベスト・アルバムまで出ちゃってます。
ん?21日?あ、今日はなんだかニューアルバム発売の予定日で、どうなんでしょお?  


3/「島めぐり〜Island Journey〜」  大島保克  2005年5月発売

今更ながらの大島保克です。
おいらは大島保克の声にクラクラっとなるのです。
これは一番新しいアルバムで沖縄、八重山、宮古民謡を中心に「イラヨイ月夜浜」のアイルランド・バージョン・セルフ・カバーが聴けます。アイルランドの人が参加しての「イラヨイ」です。
さらに、あの「伊良部トーガニ」が三線だけの大島節で聴けます。泣けます。
宮古の民謡はみんなとても綺麗な曲で、もともといろんなアイランド・ミュージック好きなおいらは沖縄の音楽の中でもなぜか特に宮古の民謡に共通なそれを感じるので、大島保克がこのあたりを演ってくれるのは嬉しい限りです。
夏の、とにかく夏のメチャメチャあつううう〜〜〜い日に、「あっつう〜〜」とか言いながら聴くのが楽しいアルバムです。


4/「ティンジャーラ」 神谷千尋  2004年9月発売

内里美香と比較しちゃった神谷千尋です。
内里美香より2歳若い23歳です。23歳ですって。
これは2枚目のアルバムで、ファーストアルバムでびっくりしたのですが、確実に2枚目のほうがびっくり度はアップでした。
大島保克と共に彼女も「ひばり」の家系で、(「ひばり」っていうのは沖縄方面で代々唄の上手い家系に与えられる称号らしいのですが)まあ、上手いのなんの。
へろへろへろ〜ってなります。
まあ、ごろごろとはいかないまでも、南の島にはこおいう歌い手が潜在的にいるのですねえ。
アルバム全体に流れる雰囲気はまさに「神谷千尋ワールド」を構築しています。
お若いのにねえ。
23歳なのにねえ。
すごいねえ。

0

2005/7/19

勝手に島唄/そのいち  

 
ちょっとどうですか?こんな島唄関係3枚。

A/「風のションカネー」 内里美香 2004年11月発売

南大東島出身で唄の上手さは抜群。
琉球アンダーグラウンド(ハウス系の外人2人組みユニット)のボーカルでごごごお〜〜〜って浮上。
神谷千尋と比較していいのかわかんないけど、どちらも本格的な民謡系出身だし、年齢的にも活動的にもついつい比べたくなってしまう、です。
なぜか美香はん、神谷千尋の「美童しまうた」にコーラスで参加していたり、曲の提供者もダブったり、何より声も似てるかも?
曲のインパクトでは神谷千尋かな?って思うけど、このアルバムには大島保克の曲も入っていてこれが一緒に唄っちゃってるからね。
知名定男も2曲あって、ん?ねーねーず?ちゅうのも悪くないしなあ。
夏川りみ一本!といわず、内里美香や神谷千尋を聴いて、絶対に損はないですぞ。

なんでも今月の26日に名古屋で単独ライブとか。
とりあえず、ふふふ、行って来ます。

B/「明日への道。」 ゴモク ちょっと前発売(すみません。)

石垣島出身の男の子(?)3人組。
2年前に出た「LET'S BEGIN!」っていうアマチュアバンドの「ビギンの島唄」カバー・コンピレーションアルバムがあって、(聴いたことのない人は絶対聴くべし!若き石垣の音楽シーンの深さと厚さが堪能できちゃう名盤!)その中で「昔美しゃ今美しゃ」をとても綺麗に演ってます。
優しい感じの島唄ポップス?綺麗なコーラスとボーカルはなかなかのものですぞ。
このアルバム(ミニアルバムで6曲)の「灯台の下で」は以前からネットで拾えてて、でも、今回はかなりバージョンアップ!コーラスもアレンジも何もかもが好いです。

う〜ん。
石垣ってほんとにすげえ、です。

C/「たからもの」 SISTER KAYA 2005年4月発売

おいらは日本のレゲシンガーは弱くて、じつわ、この方も知りませんでしたの。
なんでもその筋ではビッグマザーとかで。

ちょくちょくカバーもされているようで、アルバムは5枚目って事です。
で、今回は誰でも知っている沖縄関係の曲をレゲで、っちゅうわけです。
モンパチの「あなたに」のカバーは結構、憎いです。
「さとうきび畑」のざわわ、ざわわ、ざわわ・・ふふふ、です。
おいらはカバーを聴くのがとても好きなのでこおいうアルバムはついつい買ってしまうのですが、(あ、ミヤギマモルのやいまカバー、千まさおバージョンはないなあ〜)スカタンみたいなカバーが多いこの世界、貫禄勝ちといった1枚かも?

ジャケットも可愛いしね。


つづく(のか?)






0

2005/7/17

昭和30年代のセミさんへ  

 
ずうう〜と昔の話。
まだ、記憶というものが「楽しい」事しかなかった頃。

夏はその中でもとびきりの「楽しい」だった。

おいらは昆虫とかむやみに殺すほうではない。
子供の頃だってどっちかといえば男の子系・蟻の巣攻撃グループではなく女の子系・密かに見守る観察グループのほうだったし。
が、しかし。
事、セミに関してはちょっとした小国を根こそぎ殲滅すべく破壊の限りを尽くしたものだ。
それはただ単に「セミ採り」という当時の夏の最大行事を一心不乱、遂行したに過ぎなかったのだが。

なあんであんなにワクワクしたんだろお?
子供の頃から朝起きのにがてなおいらだったけど、セミの季節は別だった。
セミの最初のひと鳴きで完全起床だ。

夏休みが始まる前の主流はニイニイゼミ。
ちっこいセミね。
休みが始まる頃には本格的なアブラゼミ時代が来る。

そいつらをまるで生きる糧であるかのように、採リまくるわけだ。

昭和30年代のセミ採りスタイルは現在のそれとは異なる。
それ以前はどんなんだったかは知らないがとにかくその時代、セミを採る道具は竹竿であった。
なので、セミの季節直前は近所の竹屋が「マイ竹竿」を求めるガキどもに占領される。
釣竿よろしく、握り、しなり、長さなどをああでもない、こうでもないと吟味する真顔のガキどもに。
竹は長ければ良い、というものではなく、使い勝手の良い適度な長さがある。
高いところにいるセミに対してはもう一本竹を繋いで長竿にするという手段もあったが、なぜかこの技をこなしているガキは少なかったように記憶する。
多分重くなったり揺ら揺らしたりで扱いにくくなったのだと思う。

若い御仁のなかには、はて、竹竿でどのようにしてセミを採るのであろう?という疑問もおありであろう。
まあ、原人如く、先っちょで突くわけではないし、叩き落すわけでもない。
竹竿の先端部から20〜30cm、べっちょりと「とりもち」を付着させ、それをこっそりこっそりセミに近づけ、ひょい、と、くっつけるのである。
「とりもち」?
これは最近見ないなあ。
セミ採り用には、週刊誌サイズの見開紙の間に粘着度の高いべとべとがサンドイッチされているタイプの「とりもち」が便利で、見開紙をぐいいい〜〜って開いてそこに竹竿の先端をはさみ、閉じる。
閉じたまま竹竿を引っこ抜くとまんまと先っちょに「とりもち」がくっつく塩梅だ。

基本的には臨戦態勢に入った時点でその作業をする。
「とりもち」をべっとり付けた竹竿を終始持ち歩くのは非常に危険、かつ、リスクの多い行為であって、とにかくなんでもくっついちゃうわけで、あちこち移動している間に葉っぱやら砂やらところてんの食いカスやらで粘着性が薄れてしまう。
さらに髪の毛にくっついてしまった場合は悲惨この上ない。
大概の場合、2〜3人のグループが竹竿係、とりもち係、虫かご係ってな具合に役割分担をして行動を共にしていることが多く、当然、とりもち係、虫かご係がその犠牲者となる。
して、とりもち係、虫かご係は子分的な存在、という関係が多く、とりもちでべとべとになった髪の毛は無残にも刈り取られ、泣き寝入りパターンが図式であった。
親分の竹竿係としても、後日、子分の親にどやされる事になるわ、とりもち係はいなくなるわのリスクを背負い込むわけで、必然、「とりもち」の扱いはシビアであったわけだ。

また、とりもち係がいなかったり急遽単独での行動となれば、竹竿の先端を前にして足にはさみながら、自ら「とりもち」をくっつけるわけなのだが、この行為にして危険度は高く、ランニングシャツはもとより、自らの髪の毛に被害が及ぶことも多く、低学年者には敷居の高い狩りのスタイルであった。そおいった理由もあって、低学年においては、いつか竹竿係!と、夢みつつ、とりもち係での修行の日々を送ったものだ。

さて、「とりもち」でセミを採れば当然、セミはべとべとである。
上級者のなかにはセミの頭部を狙い、へろっとくっつける技を披露するものもいるにはいたが、羽が自由なだけに採り逃がす事も多く、その収穫数を良しとする場合(ほとんどがこれであったわけで)羽にべちょっ!ってな具合に捕獲する。
この捕獲の瞬間がなんとも言えず手ごたえがあって嬉しい。
魚釣りの感覚と似ている、といえばそうだ。
虫かご係がいれば、そいつがセミを竹竿から引っぺがし、虫かごに収める。
何匹か虫かごに入ればそれらはごてごてにくっつき、やがて、せみ団子となる。
終盤ともなればセミ団子の塊は謎の物体Xの如くに成長し、もはや虫かごには収まりきらなくなった時点でその日は解散となる。

セミ団子は一晩中ぎゃあぎゃあ鳴き続け、朝にはほとんど死んでしまっている。
そいつをポイって捨てて、その日も再び出かけるのだった。


なあんであんなにへっちゃらでセミを殺し続けたんだろお?

セミを採る行為が楽しくて楽しくて、それによって、セミが死んでしまう事に何の感傷も抱かなかったのは今の自分からしてみれば不思議だが、かといって、ここでその幼き自分を責める気にもなれない。
あのときのセミ達には本当に申し訳ないのだが、なにもかもがきらめいていた幼き夏の記憶を自虐と後悔で消し去ることがセミ達への供養になるとも思えないし、精一杯、感謝の気持ちを捧げることで、いかんだろおか?

「いっぱい殺してしまった昭和30年代のセミさん、本当にありがとお!」

・・やっぱ、いかんわなあ〜〜




0

2005/7/15

あおな日々  

  13/July/05 Hateruma


いろいろあって、あおな日々。
ちょっと、八重山

 



0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ