2005/1/30

バンコクですタイ!  ほのぼの

 
 始まりの写真はかじ〜さんちのまねで。(ぷぷ)

スタバのフローズンマンゴーシトラスはおいしいよ。

だがあ、バンコクのスタバは高い!
いや、全世界的には安いんだろうけど、バンコクの物価水準では異常に高い!!
この飲み物が中くらいのサイズで95バース。
今のレートだと¥250〜60でそう考えるとお安い。
がしかし。
95バースですぞっ!
飲みもん一個でっ!!

タクシー初乗り35バース。
缶ビール15バース。
屋台じゃ焼きそば10バース。(懐かしいフレーズです。知っている人は知っている加川 良!)
地元のレストランで腹いっぱい2人で食っても100バースってとこ。
そりが、おじゅ〜す一杯で、きゅうじゅうごおバ〜ス!!

おいしいんだけど、なんだか悪い事しているようでなかなか立ち寄れないおいらです。

(ここらにちょびっとバンコク写真がございます。↓)

                          ここら
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2005/1/24

ばたばたばたばた  ううううううう

  
   ↑こんなんを

   ↓こんなんにしたりの一週間。


 

うちは何屋さんなのだ?

先週末からずううう〜〜と忙しかったのだ。
昨日の日曜日も出勤だし。ううう

来月はでっかい展示会。
今日からバンコク。
準備は山ほど。
おまけに先週半ばに親戚のお葬式。

ああ、これからはお休み無しで、3月の後半までばたばたばたばたと過ぎてゆくのだ。

ちょっと前、ごくせん観たと思ったらもう2回目やってたもんなあ。

ブックオフ、行きたいっ!!

 
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2005/1/16

されどヤンクミ、やっぱり生瀬!(1)  すきなもの

 
 ヤンクミ、リターンズなのだ!
そう、『ごくせん』だよ。

(以下、テレビなんか、ましてやドラマなんか絶対み〜しん!ってひとはごめんなさい。)


べたべたの、ひたひたの、しょ〜もないドラマだけど、『ごくせん』パート1は大好きだった。

ま、恥ずかしくらい稚拙なお話の展開だ。と思う。
が、おもしろいんだ。おいらはね。

今日は晩飯喰いながらビデオでパート2第一回を観たよ。
なじみの生徒たちががらっと変わってしまったし、相変わらずの展開はパート1をなぞってるだけだけだし、でも、やっぱ、漫画とそっくりでびっくりしたパート1生徒役の一人「クマ」もその後というかたちで残っててなんだかほっとさせられたり、ヤンクミのアップが以前より漫画に似てたりで、ははは、ごくせん、ごくせん!

教頭役の生瀬勝久は『ワークパラダイス』でびっくりした大好きな役者さん。
しかし、『ワークパラダイス』はおもしろかったなあ。
おいらは 植物弁護士/庭泊 明さん(41)が一番好きだった。
うなぎのぬめり選別士もよかった。
ホスト役、三宅裕司との掛け合いは昨今のトークバラエティーで最高だよ。
ビデオもでてるのでぜひともご鑑賞を。

といったわけで今回も生瀬勝久教頭はいい味だしておりました。
この人がとりわけ『ごくせん』で「はまり役」ってのも大好き理由の大きな要因だし。

おいらはとにかく感情移入が激しい。
入るときはドキュメンタリーだろうがくだらないドラマだろうがアニメだろうが観だせばすぐだ。
帰宅して、たまたまやっていたドラえもんを観るともなしに夕飯を運んでもらってる最中、おかずが全部並ぶまでの座って2分で号泣してしまったおいらを、どこでも枕さえあれば2分で寝てしまう技を持つうちの奥さんとある意味、双璧だ、と子供を唸らせたこともあるぞ。

かといってなんでも感情移入できるわけではない。

くだらなくない立派な(仮にそおいうジジャンルがあるとして)文芸作品物や立派な(仮にこおいうジャンルもあるとして)ドキュメンタリーなんかでも、最後まで突っ込み入れっぱなし状態のままにとどまる、事も多いのだ。

厄介なのはどっぷり感情移入、さらに突っ込みもあり、の場合だ。
例えばドラマの何人かには移入できてこいつとこいつとこいつらには無反応、もしくは突っ込む、という構図が確立されてしまった物語後半に起こりうるパターンで、皆一斉に画面に出ててそれぞれ台詞あり、って展開では、ぐじゅう〜〜〜ひくひくひく、となりつつも突っ込む奴がしゃべると涙声のまま一瞬移入は途切れ、「なんでやねん」。
 すぐ移入組の台詞。→移入。→ぐひゅううう〜〜うんうん、そこでまた突っ込み組台詞。→一瞬に移入解ける。→「だで、ちゃうやろお〜」。

横で一緒に観ている者はたまったものではない。

まあ考えるに、突っ込みいれること自体、しっかりどっぷり内容にはまっちゃってるわけでなんとも実に、めんぼくない。
めんぼくないついでに言えばこの『ごくせん』パート1はしっかり泣いた、泣いた。
何で泣く?と自分に突っ込みたいくらいだ。
じ〜つ〜にぃ〜、しょ〜〜〜お〜もないドラマ、って思わん?

何かで読んだけど日本のドラマは昔、大映ドラマに代表される如くべたべたばっかだった。
でも、トレンディーなドラマの時代が来てそおいうべたべたはしょおもないドラマに格下げされ、まさにトレンディーを望んだその時代の人々のもとから消えた。
でも、ここにきて韓国ドラマブーム?
(おいらは『秋の童話』だけ観た。従って「ヨンさま」は観ていないのだが)
べたべたですよ、あれこそ。
やっぱ人々の潜在的な嗜好は多かれ少なかれ、そおいうドラマを観たかったんだ、って話。

おいらもご多分に漏れずそのてあいの代表選手であって他ならない。と思う。
もちろん、最初に書いたように何でもかんでもべたべたなら大歓迎ってもんでもなく、う〜ん、その線引きははっきりしていないんだけど、何だろうねえ。やっぱ、感情移入かなあ。
『渡る世間〜』とかの類は一切みんし、田中邦衛のなんだっけ、ほたる、とか、え〜と、北海道の。あれもちらりとかしかみてないし。はまらんかったなあ。

一体全体おいらは何にそんなに感情移入してしまうのだろう?
おいらはどんなべたべたに弱いんだろう?

             (長いので以下に続いちゃってます、  ↓↓)

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2005/1/16

されどヤンクミ、やっぱり生瀬!(続き)  すきなもの

 そこで問題。

次の印象に残った好きなドラマ、ポイント、役柄からおいらの感情移入嗜好を教えてください。
宜しくお願い致します。(おいおい)

(映画は省きます。時代はええ大人になってからのここ10年ぐらいの物に限定で、ドラマの名前とかはだいたいですので悪しからず。)

*感情移入及び泣きっぱなし度は  ☆☆☆☆☆  を最高とします。


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◇ひとつ屋根の下で(1)  ☆☆☆☆☆
 
 特にラスト3話分。
最終話、マラソンでヘタりそうになったあんちゃんが小梅が車から降りてくるのを見つけたシーンは歴代最高。今でも☆4つの自信あり。
やっぱ、あんちゃんがよかった。
パート2は1に比べると印象は薄い。


◇三上ひろしのやった指揮者のやつ  ☆☆☆☆

 学園ものには弱い。
ただ、三上ひろしの恋人役には突っ込みっぱなしだった。


◇振り返れば奴がいる?だっけ?織田ゆうじのお医者の。   ☆☆☆

 友情ものにもよわいっちゃあ弱い。
石黒けんもけっこうよかった。


◇秋の童話   ☆☆☆☆

 たまたま1話を観てはまる。
あにき(じゅんそう)には切れまくり。
移入、突っ込みの例。
うんそうのいたいけな姿勢に簡単にやられた感じ。
しねのおかあさんに結構はいっていた不思議。

◇ヤンキー先生母校に帰る  ☆☆☆☆

 これもたまたま1話を観て。
役柄というより途中からおいらは完全に竹之内豊だった。
ここでおいらだったならばこお言うな、ってな感じで、はまり度的にはこれが一番かも?
これまた学園ものである。

◇白い巨塔    ☆☆☆

 これほど移入、突込みが分かれたドラマもない。
移入できたのはざいぜんごろうと西田としゆきだけ。
それ以外はほとんど全員、きぃ〜〜〜ってなった。
もう、メチャメチャハラがたった。
ハラがたって泣けたのはこのドラマくらい。
裁判後半から最終話までおいらはざいぜんごろうとして在り、そして死んだ。


◇ごくせん   ☆☆☆☆☆ 

 なんたって信じることは救われる的な展開に涙。
熱い想いは報われなければいけないって、とりあえず真剣にそう思うとこがあるので。
ヤンクミの言葉はドラマ的でとても白々しいが人に対する想いをちゃんと言葉にしようとすればそれはどんなに事実でもこのようにドラマ的で白々しいだろうなあと、むしろ現実感が押し寄せてくる。
どんな時代であろうが熱い想いを笑い飛ばしてしまうのは個人的に好きではない。
が、しかし、現実において何よりもその思いを伝えるのは妙にうそっぽくもあり、受け手は真偽の判断に戸惑い、ゆえに、伝わらない。
決してウソではない想いが個々にあったとしてもだ。
その、見事なまでにこんな風に人に想いが伝われば嬉しかろう、素晴らしかろうドラマがまさにドラマであっても、観ていて清清しいのだ。
人が人を信ずるのが間違いのようになってしまった今、稚拙なドラマの中に自分の思いの真摯な答えがあるのなら、おいらはそれを観ることを全然良しとし、しいてはその完成マニュアルのヒントを欲しているのかも知れない。



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2005/1/12

インプラントその後  てきと〜

 
はてさて、いんぷらんなイブからはや半月過ぎ、餅も喰い、かずのこも喰い、ひとんちでタラバ蟹も喰い、やっぱひとんちで飛騨の高級和牛も喰い、あのすぱいだーな黒糸はどうなってしまったのだらう?

歯医者さんの新年は5日から。
あのイブの日、何かあったらすぐこの携帯に電話下さいね、とまでおっしゃられた先生はやはりただならぬ不安を持ってしておられたのであろう。
診療室に入るや否や先生は新年の挨拶もまどろっこしいとばかりにほかの患者さんの歯を削っていたにもかかわらず「どうでした?顔がぱんぱんに腫れたりしませんでした?」って、ぱんぱん、て。
まあ、一度きり痛め止めを飲む事はあったけど、後は指定の抗生物質を服用しただけでそれほど痛みも無く、まあこおいうものなんだろうとしゃこしゃこひたすら口を酷使し、ハイエナの如く喰いまくっていたおいらにとって、そのお言葉は寝耳に水といった響きであったのだ。

「そおれはよかった。なんたって骨がむき出しって感じでしょ?黴菌が入りやすいっていやあまあ、こおいう状態のことですからね。結構腫れちゃってびっくりされるって方も多いですから。」

(って、その言葉にびっくりだし。
こっちはへたすりゃインプラントの支柱でかずのこ潰してた勢いだったんですけどお。)

黒糸は半分くらい消滅していたようで残った一部を抜糸。
ついでに、なんだか金属の棒でこちこちって支柱をたたき、「おお、しっかりしてます、うんうん、○○さん、骨も硬かったですね、あ、わたし、言いましたよね?この前。骨、かたいって、言いました?うんうん、言ったいった。絶対。」

(五島 勉かて。
ノストラダムスの予言かて。)

「まあこの時点でぐらぐらしてる人もいますから。さりとてぐらついていても問題ないのですが。」

(ほんまか?
ぐらついとったらいかんことないか?)

幸いにしておいらはインプラント向きな構造物なのだろう。
先生も一安心といったようであったのだが。

とにかくこの状態はやっぱ、バイキンが骨から入りやすいらしく、何度も、骨、むき出し、怖い、バイキン、を連呼される。
そこまで言われるとやっぱ不安がよぎり対策を求めるのだが「まあ、やわらかい歯ブラシで食後に患部をそろそろっと磨いとけば大丈夫だけどね」などと押せば引く引けば押す、へろへろ会話に終わる。

ともあれ、きっとおいらは大丈夫なんだろう。
でも、人によっては大丈夫でない人もいるのだろう。
この先生はインプラント治療の経験がたくさんあるので、きっといろいろな状況を知っておられるのであろう。
その状況判断においてその人ごとに適切な処置を下しているのであろう。

やはり骨に穴を開けるっちゅう荒療治に関しては抜歯や虫歯治療と違ってこおいう余裕の発言をおもいっきりかませる経験豊かな歯医者さんを選ぶべきだなあと感心したりもした。


帰りがけにあと一週間分の抗生剤と患部用の柔らか歯ブラシとカレンダーをくれた。


次は一ヵ月後、だ。


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2005/1/8

タイムマシンにお願い  ほのぼの

 
 子供の頃から気になってることは山ほどある。
まあ、調べて分かるようなことならばさほどでもない。
だけど、どうしても分からないだろう事、宇宙の果ては?死んだらどうなる?ってな類のテーマだったりすると困っちゃう。
小学生の時には考えすぎて熱が出たし、夜、不安が募ってぐるぐるぐるぐるしだし、泣きじゃくったことも記憶に残ってる。
いつの頃からか「考えても仕方の無いこと」って名の引き出しにしまわれちゃったのでここんとこ、そおいうことはないけれど。
まあ、おとなだでね。
でも気にならないかといえばそうではない。
ただ、子供の頃と違ってぐるぐるぐるぐるはしない。
大人だからこんなんになったりする。

             

◇宇宙の果て→果てしない距離→なぜか時間軸→タイムマシン(じゅ〜〜ぶん、子供じゃね〜か!)

まあそんなこんなで大人のおいらはタイムマシンがあればいいなあ〜とか思ったりする。(だでおとなかて)

先日記したブリキ病真っ盛りの時など、しょっちゅうタイムマシンを利用していたものだ。まあ夢だけど。
昭和30年代のおもちゃ屋に行くもののクレジットカードしかなくて買えない夢。
同じく今の1万円札しかなくて地団駄踏んでる夢。
病は怖い。
そんな夢を毎日のようにみるのだぞ。
一度は自分の部屋に行った事もある。
部屋の棚に中学生の頃までブリキのミゼットが飾ってあったので取りに行く夢だ。
なぜだかタイムマシンも実車のミゼットで、まんまと手に入れたものの帰りのタイムミゼット君は揺れに揺れ、時空道でドアが無いミゼット君の座席からブリキミゼットはこぼれ落ちちゃう、というおちまでついていた。

同じ頃、パキスタンはラホールまでブリキ玩具を探しに行ったことがある。(夢じゃなくてね)
そこは不思議な空気の流れがあり、夢の中で戻る昭和30年代の匂いがしてとても心地よかった。

まあ、ブリキ玩具があろうが無かろうがあの時代の地べたがアスファルトではなく、排気ガスを撒き散らすトラックがいて、それでも夕暮れはなんともいえぬ空気のぬくもりが感じられた、そこに、行ってみたいのだと思う。
そしてブリキ玩具はある意味、それ自体がタイムマシン的な役割をもたらしていたのではないかと、それを媒体として精神がタイムトリップし易くなっていたのではないかとも、思ったりする。


皆さんはタイムマシンで一回往復、どこへ行きますか?

(この流れで◇ドラえもんの道具、一個もらえるならなに?ってのもあるけど・・)




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2005/1/6

ブリキな話  すきなもの

      (ハイホイールロボット/1960年代/復刻品)
 
 〜ブリキのオモチャ〜

その響きだけで、なぜだかくらくらする時期があった。
もう20年も前、おいらがブリキ玩具に夢中だった頃。

その頃ブログがあればおいらのブログはブリキ色だ。
ちょっとセルロイド色も入るかも?
ちょっとオキュパイド色もでるかも?

まあ、そおいう類のものを蒐集することが目的の生活だった。
早い話、飯を食うよりそれ、だったのだ。

そのあたりの話はとぉっっっっても長くなる。
自分でもいつか記憶をまとめておきたいなあって思うのでおいおい書くとして。


最近になってぽこぽこと復刻された1950年代〜60年代(当時日本で生産された)の中国製ブリキロボットの出来栄えが素晴らしい、って話。

ご存知である方もおられよう。
現在、日本製のブリキロボット玩具というのは途方も無く高価なアンティークトイだ。
正確には値段においてのピークは5〜10年前だったかも知れない。
それこそオークションでは何万ドルってプライスが当然のような落札値になったりもした。
勿論、状態が良ければこそのプライスではあるけれど。
海外のお金持ちが新しいアンティークのジャンルとしてこのあたりに眼をつけ、投資感覚で買い漁っていたようだ。
まあ、魅力はある。
魅力はあるけどたかが40〜50年前に大量生産された玩具である。
何百万円は尋常ではない。
ブリキ製のパーツが一部欠損するだけで何十万円の差が出たりする。
それならばそのパーツを作ってしまえ、という輩もでる。
実際、今では高価なロボットの殆どのパーツが復刻生産されている。
クリアーなプラスティックドームとかラバー製の手とかも含み、壊れやすい、欠損しやすいパーツをそれで補うことによってほぼ完全なものになってしまう。
パーツは決して安くは無いがそれでも十分その価値はある。

となれば完全復刻品も、でてくる。
前記したようにたかが40〜50年前に大量生産された玩具。
技術的に復刻は絶対不可能ではないのだ。

これまで、日本でも良い復刻品は多数作られた。
もちろん、本物と見比べてしまえばそれなりに違う。
大きな違いは塗装。
たかが40年50年なのだがその時代色は当時の鉛含有塗料の変質によってアンティークブリキ玩具と成る。
今の塗料では40年50年後でもそうはならない、そうだ。

でも作られた当時はぴかぴかの新品だったはずだし、それを復刻したと思えば良い出来には違いない。
ただ、日本製の場合、需要を考えた生産量と販売形態でそこまでこなれたプライスではなかった。

そこで、ここそこの中国製だ。

復刻品も日本製であることにこだわり続けた日本のメーカーとは違い、したたかなアメリカ人は中国で本格的復刻品を作らせよった。さらに、大量生産でコストをどひゃ〜と下げ、そのいくつかは、まさかと思えるほど良い出来だった。

20年前おいらたちが血眼で捜し求めたアレやコレがほぼ変わらぬ姿でどひゃ〜〜〜と在る。

ついつい販売したくなるこの性を含め、複雑ではあるが時間の経過は『中国製なんかふんっだ!」ってゆうておったおいらを確実にねじ伏せ、一本!ってところか?(なのか?)




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2005/1/5

終わっちゃったお正月  ほのぼの

 
 終わっちゃったよ。お正月休み。

お正月なお休みって感じは12月31日仕事終了後おせちの一部を担当、ってとこからだった。
ふふふ
@とAはおいらが担当なのだ。
本当はもう少しやりたかったんだけどなんせ、時間がね。
一番作りたかったのはAの上にある岩石卵。
帰ってきた時にゃあ、できてやがんの。
オレンジページに作り方が載っててこれはぜひやらねば、と常々ゆっておったもんだから帰宅の遅いおいらを待ちきれず、親切にも哀しくもできあがっておったわけだ。

で仕方なくAだ。
Aの紅白なます柚釜詰めは当日まで内緒のネタだったので完全勝利!
アレンジでオリーブを切った物とタコを入れて、おほほほほほ、綺麗でうまかったのだ。
@は隙間が出来たので急遽作ったホタテのニンニクバター炒め。
なんだかだで人気商品だったけど、おせち?って。

そのほかちょっとずつ盛り合わせとか参加。
年越しまでには出来上がったのさ。

31日から元旦にかけてはあるある探検隊を2回とトミーズが観れた。嬉しかった。

元旦、『カンフーハッスル』を観る。
チャウシンチーの新作。期待を裏切らない面白さで大満足。
これはず〜〜と楽しみにしていたお正月イベントだったので、この時点でおいらのお正月はほぼ終わった。

2日は自転車で大須。
夜からおくさんの下呂市の実家へ。
出がけになにやら近所でぼや騒ぎ。
おいらんちの前にも消防車が停まってた。

下呂市に入るとさすが道は凍ってて。
冬はやっぱ、こうじゃなきゃね。



3日の深夜帰宅。

最終日の今日4日は昼過ぎまで寝てその後自転車の整備。
夕方、近所の自転車屋さんへ2005年モデルを見に行く。
ハードテール(前だけサスペンション)の完成車にかっこいいモデルがいっぱいあった。
KONAってゆうカナダのメーカーがあるんだけど、今年のは良いよ。
オフロード用だけど街乗りや通勤にもいかしてるぞ!
このあたりの自転車は10万円を超えると格段にスペックが良くなる。
5〜6万のメーカーものを考えるのならぜひもうチョイ出そう。
階段だってなんなく降りられるぞっ!!(達人は階段、登りますけど。)



    (2005 KONA STUFF マウンテンバイク  前後ディスクブレーキ。
           フロントサスは100mmで実売10万を切ってます!)


なあ〜〜んとものんびりしたお休みはやっぱいい。
あとは増えつづけた体重をどうやって元に戻すかだ。とほほ


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2005/1/1

年の初めはおぼうさん  

おめでとお。
今年も宜しくです。


年の初めの、おぼうさん。

「偉いお坊さんになろうとは思わない。いいお坊さんになりたい。」

何年か前、NHKでやったチベットの砂曼荼羅やらダライラマの特番。
あとで、やらせがあったとか無かったとかで問題になったような記憶があるけど。違ってたらごめん下さい。
番組ではずっと雨が降らなくて作物が育たず最終的には人の力ではどうしようもない。そこで生きていくためには人以上の存在をよりどころにしなくてはいけない環境ってものがあるんだよ、って事をやっていたっけ。
そんとき、お坊さんになりたい小さいお子のインタビューがあって、そのお子は恥ずかしそうだけれども力強く、最初の言葉を言っていた。

おいらはとても感動してしまい涙が止まらなかった。
おいらの中では『良い』と『いい』はニュアンスが違う。
おいらは番組の中でこのお子がいいというニュアンスを持ってして、「いいお坊さん」とし、果たして、そう理解した。
このお子は『いいお坊さん』になるんだろうなあ、って心底、思えた。
仮に捏造されたフィクションのお話だとしても、それはいい話だった。

おいらも同じようなことを思ったことがある。
最初の息子が生まれた頃。
「立派なお父さんや良いお父さんには到底なれそうも無い。でも、いいお父さんになりたいなあ」って。
自分はどうあってもたかがしれている。良いも悪いもさらけ出してそれでもいつか息子が「お父さんはあんなんだけど、いいお父さんだった」って思ってくれればいい。そう思った。

ほかの人には別にいい人って思われなくたって構わない。普通でいい。
でも、やっぱ、自分の子供となると特別な存在なワケで、いい人となりたい。

あのお子はいいお坊さんになりたいと言った。
それはまた、自分以外の存在を全て特別な存在と見立てていればこそ言える業だ。
なんて素晴らしいお子だ。
それはひいてはお坊さんになるためにあるお子で他ならない、と。

お坊さんは必ずしも真理ではないかもしれない。
いや、極北においてそれは真理に出遭うのかもしれない。
でも、それよりもなによりも、このお子にはお坊さんの真理が宿っているような気がしてならなかったのだ。

おいらはお坊さんになるわけではないのでして、とてもお坊さん業界は助かっている事と併せれば、お坊さん業界の未来は捨てたもんじゃない。

   *******************************

 時の流れをリセットされ得るボタンは無いけれど、未来は人の想いが創るのだなあ、という、いかにものお粗末極まりない年頭のご挨拶で、それでも、どうか皆様にとって良いお年であられますよう、心より願うものであります。

                                     2005年 元旦


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