2004/7/6

復活してみる。  あはははは





また1週間、ブログから離れてしまっていた。
忙しかったし、
眠かったし、
体調もいまいちだったし。

ははは
昔っから日記の空間明けはこんなことが書いてある。
自分で書いていて笑えるのだ。
成長しとらんがあ。
と。

とりあえず、復活。
てきと〜に、復活。


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7月2日は『白百合クラブ』のライブだった。



白百合クラブってなに?
     
知っている人こそ知っているが、知らない人は知らない。
あたりまえである。
まあ、殆どの人が知らない、と思う。

7〜8年前、ライクーダーがプロデュースした『ブエナビスタソシアルクラブ』ちゅうキューバのおじいおばあバンドが映画にもなって話題になったのは有名。
簡単に言ってしまえば、それの石垣島バージョンだ。
 昭和21年(1946年)に結成され、そのままおじいおばあになっちゃった、現役の長寿バンドなのだ。
もちろん、途中いなくなったり補充されたメンバーもいるが、今回、結成時のままのメンバーが何人か残っての、男女混合17人編成で来名(名古屋に来たってことね)。
男性は楽器(そのうち一人がメインボーカルを兼ねる)、女性が踊りとコーラスとなっている。
『ブエナビスタ』と決定的に違うのは、白百合クラブ、めちゃめちゃ、へったっぴーなのだ!!!
結成して58年(!)というものの、基本的にはアマチュアだったわけで、にしても、三線と男性ボーカルのおっちゃんを除けば、見事な素人肌集団。
そもそも、営業目的にやっていたわけではない。
戦後の何もない状況で、メンバー自らが楽しむため、さらには島民に夢を与えるため、結成されたインディーズバンド。
当時は楽器だって殆ど手作りだったそうな。

音楽は特別な人たちだけのものではない。

そおいう気持ちで音楽を認識しているのであれば、白百合クラブはどのバンドよりも輝いて見える。

10年前にそれを誰よりも強く確信した男がいた。
映画『ナビィの恋』や『ホテルハイビスカス』の中江裕司監督、だ。

 そして、ついに昨年、東京ライブをプロデュースしてその様子を映画化。
白百合クラブを本土上陸させたのだ。

おいらは去年その映画を見て知ったのだが、あまりにも素朴で、特別でない素晴らしさ、という基本的な、いかにもの沖縄スタイルにたまらなく共感できたのであった。

実際ライブを見て、その気持ちに違和感はなかった。
へたっぴーな演奏も、気合の入った踊りも、音楽を58年間、同じスタイルで楽しんできた証として、それらはそこにあって、それを共有している空間の居心地は、どうしたって悪いはずがないのである。

長く続けることが全てではない。
ではないが、それもまたパワーであることに間違いはない。
中江監督は言う。
『彼らが楽しく演奏しているのを聴くと、私も楽しくなる。』
そうなのだ。
それでいいのだ。

たかがアマチュア。(今はCDやDVDも出てるのでプロ?)
たかがおじいおばあの時代遅れな演芸。
されど、58年。


良いものは良いのである。

さらに、今回、白百合クラブの付き人(?)としてツアーに同行している中江監督と、お話も出来たし!
もお、最高のライブじゃったのだ!えへへ

(今ではメンバー唯一の巧みな演奏と唄を聴かせる大島 勇氏。実は、あの名曲『イラヨイ月夜浜』の作詞をした大島 保克氏のお父さんなのだ。サインを求めると『ひばり』と一言。『ひばり』とは石垣島で唄のうまい家系に与えられる称号。大島家は代々『ひばり』の継承者なのだ。)↓

 


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