2004/12/7

続続/12月5日の日記  おいらのなかみ

            (謎のもの。説明は後半に)


つるみゃ〜(もしくは「つるま」とも言うがこれでもやはり正確に「まい」か「まえ」か分からん。ったく名古屋って。)公園から西にゆっくり10分走れば「大須」だ。

前記したちっこい規模の秋葉原ゾーンや、古着&雑貨、衣料品などのお店がひしめきあう。
戦前、大須は名古屋の筆頭繁華街だった。
大須観音をはじめ、お寺がいっぱいあって、アーケード商店街、演芸場、映画館など東京ならば浅草って感じで、当時の人々の娯楽には事欠かない街だったそうだ。
まあ、戦後になるとこの手の地域は名古屋に限らず、ことごとく衰退していく。
まさしく大須もさびれた街になっていった。
 
昭和40年代初頭、まだボロい映画館が幾つか残っていて3本立て100円とか200円のマカロニウエスタンやフランスコメディ映画を今日のように自転車をこぎこぎ、観に来たものだが、お買い物の街、というイメージはなかったなあ。

おいらが大須にお店を出して10年以上になる。
その頃から世代交代した地元若店主による意識改革や安売り電器店、リサイクルショップ、古着屋などの台頭、昔からの大須ならではのイメージと時代が相まって驚異的に人々が戻ってくるようになる。
大須に行けばなんか変なもんがあるぞ!安く買えるぞ!的な意識だ。

面白いのは大須の復興は誰かやなんかの団体やましてや自治体が絵を描いて成し遂げたわけではない、と思う。
そりゃ、今になってして、あれは私がこうして、とか、市がこういう計画の下に、とかいろいろ語っちゃう部分はあるのだろうけど。
そおいうものより、もっと、どろどろした庶民パワーみたいなんが風向きでここに飛ばされ、個々に発芽して根を下ろして、環境が土壌が合致して、いつの間にかでっかい塊になっちゃった、んじゃないか?
そおいうこともあるんじゃないか?って思う。
そんなんで去年だか鳴り物入りで完成した大須中華街なんかもいまいち、さえない。
この土壌がいいからって無理やり意識的に挿し木したって育たない。
そんな気がするんだよなあ〜

で、「大須」で買い物だ。
電器店はいっぱいある。
目的を持って行かなければ一日中うろうろすることになる。
今回はヘッドフォンだけだから大丈夫。
やっぱ、アメリカより種類もあってお安い。
あれこれ迷った末、SONYのN・U・D・E EX コード1.2mを買う。
お店の出口に携帯モック100円の張り紙。
とりあえず見る。
おいらの使っているSONY SO505iのブルーを意味も無く3個買う。

次は靴。
くつはねえ〜
とにかく楽じゃないと。
歩くからねえ〜
歩く仕事、といってもいいぐらい。
時々スタッフが重たい皮のラバーソールなんか履いて出張について来るけど、すげえ〜、って感心する。
修行の重い靴か?
試合で履き替えるとウソのように軽くなる、アレか?
試合は無いんだが・・
むしろ、出張中が試合みたいなもんだが。

で、おいらの場合楽な靴にあたるとそればっか履き続ける。
必然、どんな格好にもその靴である。さらにどんどん傷む。

ええかげん買い換えんとなあ、と思ってからもすぐ半年、過ぎる。
しかし、デザインの好みもある。
難しいのである。
今回はある程度、的を絞っておいた。
ニューバランスで黒っぽいやつ。
いや、ここまで的を絞れば問題は無い。
もともとニューバランスは軽いし、楽である。
ここで、ナイキとかプーマとかなると難しくなるのでとにかく選択肢を絞り込んで勝負だ。(勝負か?)
なんのことはない。すぐ買えた。

おいらのお店に寄ってスタッフに見せびらかそうと思ったのだがお店は混雑していてそれどころではなさそうだ。
仕方がないのでレジに立っていたのだがお客が商品を持ってくるのでレジの打ちかたが分からないおいらは情けない愛想笑いをし、スタッフを大声で呼び、早々と立ち去った。

友人の服屋さんに寄る。
友人といってもおいらのもうひとつのお店の大家さんだ。
学生の頃から知っているので友人みたいにお付き合いしてくれている。
おいらより2つ歳上で一等地で何軒もお店をやっていて、本人は最近舞台衣装などの仕事をこなしている。
うううう。やるきまんまんだなあ〜〜

2時間ほど世間話をして出る。
おいらのもうひとつの店で売り物の時計を修理して、すでに夜も8時前。

まだ行きたいところがあるのだ。
なんでもテレビ塔の付近に(名古屋の中心繁華街辺りね)UFO型の屋根の近未来っぽいなんかがあるって聞いている。
だいたいおいらはまず街に出ない。
テレビ塔周辺などヴィトンが出来た頃通ったきりだ。
大須からあっという間の距離なのにねえ。

途中レイラさんが大好きな「ランの館」ってとこを通る。
落ち武者人形とか飾ってある館?
レイラさん、好きだから。そおいうの。

入場時間は終わっていて中には入れなかったが不思議とクリスマスのイルミネーションがごっちゃり飾り付けられた西洋風の建物。
応仁の乱あたりではなく戊辰戦争頃のものか?
(ホントは花のランです。ったりめえか?)

近未来っぽい物(写真)は綺麗だった。
思えばおいらは何にも知らないなあ。
ここがなんというとこかも知らないのだ。
なんとなく情けない気持ちで虚飾の街を後にした。

(これ以上は文字が多すぎてだめだって。よって、に続きます。もうちょっとで終わりだよ。)

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