旧パラを検証する89
第九号6
詰将棋解剖学E入門より創作まで 谷向奇道
第五節 打歩詰を回避する手筋
打歩詰を回避する手筋を説明する前に、打歩詰の局面は如何なる場合に出現するかを考へて見たい。局面が打歩詰となるには次の四条件がある、而してどの条件が一つ缺けても打歩詰とはならないのである。
@詰方の攻駒の利きが強過ぎること。
A守備駒の利きが玉頭に及んでゐないこと
B玉の逃路が無いこと。
C詰方の持駒が歩のみ、或は歩と角桂の如く頭に利かない駒のみであること。
従って右の四条件の中どれか一つを回避する事によつて打歩詰は回避せられる。故に、打歩詰を回避する手筋は、右の四条件の中、どの条件を回避するかによつて四手法に分れるのである。次に之を解説する。
(A)攻駒の利きを強めぬ為(条件@の回避)には、攻駒を「不成」に捌く手段がある。之を「不成」の手法と言ひ打歩詰の回避に最も屡々適用される手法である。
(B)守備駒の利きを玉頭へ及ばせる為(条件Aの回避)には、捨駒で守備駒の位置を変更する手段がある。尚、詰方がこの手法を採用した場合に、玉方が飽く迄打歩詰の誘致を目的として位置を変更されるべき守備駒を不成に捌く手段のある事から防御法として注意を要する。之を「玉方不成」の手法と言ふ。
(C)玉に逃路と與へる為(条件Bの回避)には、捨駒で逃路を封鎖してゐる守備駒の位置を変更する手段がある。又玉の逃路を阻んでゐる詰方の駒を捨てる場合もある。
(D)詰方が有用な持駒を獲得する為(条件Cの回避)には、遠駒、鋸引等の手筋がある。

第五十五図は打歩詰を回避する飛車不成の例である。手掛りは五一と丈であり、玉方二六との配置より見て上部へ出しては詰のない事は明らかである。故に先づ一三角打と逃路を遮断する手筋を放つ。同香。そこで四一金、二二玉。次に三三玉と上られてはいけないから。三二金打、同玉、三一飛打は必須の順である。二二玉。以下三三銀、同桂、一一銀、一二玉迄は手順である。扨て茲で三二飛
成と指したい所だがそれでは一一玉と取られて一二歩打が禁制の打歩詰となる。三二飛
不成と指すのが好手であって見事打歩詰を避けることが出来る。
第五十五図詰将棋作意
一三角、同香、四一金、二二玉、三二金、同玉、三一飛、二二玉、三三銀、同桂、一一銀、一二玉、
三二飛不成(A)、一一玉、一二歩、二一玉、三一金迄十七手詰。
古作物

第五十六図は角不成の例である。図の局面では初手は一二銀成の一手である。(二一角成は同飛)同玉。扨て本図は持駒が歩丈けで、而もそれを使用する個所は一筋より無い事が明らかであるから二歩となるのを防止する為に邪魔駒一四歩を捨てる必要がある。時期は今が最善であるから、一三歩成、一一玉、一二と、同玉とする。ここで慌てて二三歩成或は二三角成等とすれば一一玉と下がられて次の一二歩が打歩詰となってしまう。「打歩詰には不成の手法あり」―二三角
不成が好手で、一一玉なら一二歩、二二玉、三二歩成の詰みとなるから二二玉と寄る。三二角成と行き一一玉に一二歩、同玉、二三歩成、一一玉と指し再び打歩詰の局面となる。今度は不成の手法がないから(C)手法によつて、
二二馬、同歩と玉の逃路を作って打開し、一二歩、二一玉、三二歩成で詰上る。
第五十六図詰将棋(古作物)詰手順
一二銀成、同玉、一三歩成、一一玉、一二と、同玉、二三角
不成(A)、二二玉、三二角成、一一玉、一二歩、同玉、二三歩成、一一玉、
二二馬(C)、同歩、一二歩、二一玉、三二歩成迄十九手詰。
古作物

飛角の不成も相当奇抜な手段であるが一度之を呑込む時は割合容易に発見し得るものである。之に反して歩の不成は筆者の考へでは「不成」中の白眉である。歩は成って威力を増すこと甚だしく、之を不成に捌くには非常な苦心が要るものと思う。
第五十七図は歩不成の例である。先ず二三金、一一玉で打歩詰の形となる。ここは金を捨てる一手だが一二金捨では同玉で、二三歩成も、二三龍も、三二龍も一一玉と引かれて打歩詰を避ける事が出来ない。二二金と捨てるのが急所で同玉の時二三歩不成とする。成っては一二金捨の場合と同じく打歩詰となる。二三歩
不成以下一一玉、一二歩、同玉、三二龍、一一玉、二二龍の綺麗な詰となる。
第五十七図詰将棋(古作物)詰手順
二三金、一一玉、二二金、
二三歩不成(A)、一一玉、一二歩、同玉、三二龍、一一玉、二二龍迄十一手詰。
以上で「不成」の手法の説明を終るが前述した様にこれは打歩詰回避の手筋として最も好んで適用されてゐるから、打歩詰となる作品においては必ず一考すべき価値がある。尚、不成と指した駒が「行き処無き駒」になる場合にはその不成は禁手である事は第二図で詳述した通りである。

次に(B)手法の例題を示す。第五十八図は打歩詰の局面である。先づ
二二角成、同成銀、と誘導して守備駒の利きを玉頭に及ばせ一二歩と打つ、同成銀、同銀と銀を交換して詰む。
第五十八図詰将棋作意
二二角成(B)、同成銀、一二歩、同成銀、同銀成、同玉、一三銀、同桂、二四桂、二二玉、三二飛成、一一玉、一二龍迄十三手詰。
(塚田前名人作)

第五十九図では平凡な王手をすると一七銀が徒死する形であるから。先づ二八金、同歩成と後に二八銀引の味を残す守備駒の位置を変更する手筋を放ち、次いで一九飛と逃走を牽制する。同玉。そこで二八銀、二九玉、三九金、一八玉となる。扨てこの局面で
一九歩打が打歩詰である。(B)手法を適用して
二九角と打ち同馬と呼ぶのが好手で、以下一九歩打で角銀交換して詰む。尚、玉方五六
馬の配置が五六
角ならば二九角の時同角
不成と取られて依然打歩詰を回避する事は出来ないのである。
第五十九図詰将棋(塚田前名人作)詰手順
二八金、同歩成、一九飛、同玉、二八銀、二九玉、三九金、一八玉、
二九角(B)、同馬、一九歩、同馬、同銀、同玉、七三角、一八玉、二八角成迄十三手詰。
(柏川悦夫氏作)

第六十図では五三歩打が打歩詰の形である。
先づ
四四桂と守備駒の移動を計る。玉方、四四同歩ならば、逃路が生ずるから五三歩、四三玉、三三と、五四玉、六三馬迄であるから四四同飛の一手である。然し四四飛
成ならば五三歩、同龍、五一銀成で一層簡単である。然らば之で詰かと言ふにそうは問屋が下さない。玉方には四四桂を同飛不成と取って五三歩を打たせない妙手がある。次に六三歩成とする。同
角成なら五三歩、同馬、五一銀成であるから前と同じく
同角不成と取る。この再度に亘る玉方不成が詰方の攻撃を遅滞せしめる絶妙の受けで、よくよく玩味願ひ度い。
詰方は再度の好防に屈せずに更に六四桂と打って五三歩打を狙う。六四同銀なら五三歩打があり、同飛なら四二と、同玉、五四馬、同金、三二飛があるから、同金と取る一手である。そこで四二と、同玉、五一銀不成、五三玉、
五四歩、同金、六二銀不成、五二玉となつて五三歩打の宿願を達する。
第六十図詰将棋(柏川悦夫氏作)詰手順
四四桂(BC)、
同飛不成(玉方不成)、
六三歩成(B)、
同角不成(玉方不成)、
六四桂(B)、同金、四二と、同玉、五一銀不成、五三玉、
五四歩(B)、同金、六二銀不成、五二玉、五三歩、同金、五一銀成、四二玉、三二と迄十九手詰。
本局は柏川氏快心の好局であろう。

上の研究問題は筆者の「詰有りや、否や」の野心作で打歩詰形を主題としたものである。攻防の手順を研究されれば必ず得る所あることを信ずる。
金子八段作

次に(C)手法の例に移る。
第六十一図は始めは追手順である。三二金、同玉、四三角成、同玉、四四龍、三二玉、四二龍、二一玉、ここで二二歩が打歩詰である。一一香成も考へられるが同玉で、二四銀の利き強く遠駒の手段無く、一二歩、二一玉、二二香は一二玉でいけない。一二香成、同香と守備駒を移動させて玉の逃路を作るのが(C)手法の手段で二二歩、一一玉、三一龍迄となる。
第六十一図詰将棋(金子八段作)詰手順
三二金、同玉、四三角成、同玉、四四龍、三二玉、四二龍、二一玉、
一二香成(C)、同香、二二歩、一一玉、三一龍迄十三手詰

第六十二図では初手二四金の一手である。同玉、次に後の手順を慮って二五歩、二三玉、二四歩、同玉と邪魔駒二六歩を捌き、二二龍、同銀と切って歩を入手する。以下一五金と捌くのが好手で平凡に二五金或は二五馬では二三玉で打歩詰となり打開策がない。一五金に二三玉で打歩詰の形となるが好手一四馬捨の(C)手法で同歩と逃路を作り、二四歩、一三玉、二五桂の詰となる。尚、蛇足乍ら二五歩の手で先に二二龍と手順前後すれば、同銀、二五歩の時三五玉と上って打歩詰になる。
第六十二図詰将棋作意
二四金、同玉、二五歩、二三玉、二四歩、同玉、二二龍、同銀、一五金、二三玉、
一四馬(C)、二四歩、一三玉、二五桂迄十五手詰
最後に(D)手法の例題二局及び特殊な手法によるもの二局を挙げて研究に資することにする(次号にわたる)

第六十三図では初手は四三飛成の一手で玉方が三一玉と引いて打歩詰の形となる。勿論飛不成なら王手にならないから(A)手法なく、(B)(C)手法も同様に成立しない。そこで持駒を入手する(D)手法より無い事が分る―が如何なる手順を履めば持駒を獲得出来るか?
七一龍、同銀と邪魔駒を捌き
七五馬と寄るのが好手で玉方六四
桂合の一手である。(桂以外なら同馬と切って玉頭から打って詰)同馬、同歩、かくして桂を得ることに成功した。が依然打歩詰の形である。(B)手法の適用と二三桂と打っても同銀、三二歩、同銀、同龍、同玉以下詰まない。(B)手法中、玉の逃路を阻んでゐる詰形の駒を捨てる場合を適用して、
二二馬、同玉、三四桂以下詰む。
第六十三図詰将棋作意
四三飛成、三一玉、七一龍、同銀、
七五馬(D)、
六四桂合、
同馬(D)、同歩、
二二馬(C)、同玉、三四桂、一一玉、一二歩、同玉、三二龍、一三玉、二二龍迄十七手詰。
将棋玉図第五十一図

第六十四図は将棋玉図の第五十一番で打歩詰を回避する為の鋸引の手筋の例として引用した。鋸引の手筋は第九節で説明するから、茲では詰手順のみを挙げるに止める。
第六十四図詰将棋詰手順
37成香、同玉、47金、26玉、37金、同玉、27金、同銀不成、47馬、26玉、38桂、同銀不成、36馬、15玉、27桂、同銀不成、16銀、同銀不成、27桂、24玉、46馬、14玉、
47馬、24玉、
57馬、14玉、
58馬、24玉、
68馬、14玉、
69馬、同成香、15歩、24玉、36桂、34玉、43飛成、25玉、45龍、26玉、37金、同玉、47龍、26玉、62馬、同飛、37金、25玉、45龍迄49手詰
(お願い)詰将棋解剖学第四編、第二節詰将棋の作り方第六項一握り詰の作り方、の実例として、実際一握り詰を作り乍ら原稿を書きたいと思ひますので、誰方か一握りして得られた駒を、来月号本誌上へ発表して戴きたいものです。
☆解剖学発表図について種々御示教を賜わっていますが何れ取まとめて発表します。
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研究問題ですが、21龍、同玉、31角成、同玉、42歩成、21玉、32と、12玉、14香、13合、22と迄11手駒余りで、打歩詰も関係なく、作意が不明です。文末にあるように、講座の不備については、まとめて修正記事を載せる旨書いてあるので、後の旧パラを見るも、中々記事がありませんでしたが、何と講座19回目(昭和28年1月号)に修正記事が載っています。それによると、47角が玉方とのこと。それで、21龍、同玉、31角成、同玉、42歩成、21玉、32と、12玉、13歩、同玉、22銀不成、12玉、14香、同角不成、24桂、同飛不成で逃れというのがどうやら作意のようですが、作意手順はどこにも書かれていません。原図が誤植とはいえ、2年以上経ってから修正情報を載せ作意を何も書かなちというのは、不誠実としか言い様が無いと思います。また野心作とありますが、単なる逃れ図で、飛不成・角不成入りの図面では直前に載っている第六十図の柏川氏作の方が優っていて、研究問題を載せる意味が全く理解出来ません。
そして、講座用の握り詰を募集していますが、廃刊によりそこまで講座は続きませんでした。というか、そんな何年も先に書く予定の握り詰を募集しても意味が無いと思います。
例題を作成するのなら、もっとシンプルな原理図じゃないとテーマが呆けると思います。五十七図は例題をして良いと思いますが、
又、定義(D)で、「詰方が有用な持駒を獲得する為(条件Cの回避)には、遠駒、鋸引等の手筋がある。」とありますが、一番多いのは、頭に利く駒を取って入手だと思うのですが、書かれていません。実際例題第六十三図も、駒を入手する為の邪魔駒消去で、ピッタリしていません。例題六十四図は馬鋸が出てきますが、狙いは前半部の玉方銀の銀生翻弄が主題でしょうから、適切な例題ではないかなあと。馬鋸なら大矢数巻頭の詰将棋が、(D)テーマにピッタリだと思います。

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