旧パラを検証する70
第七号7
分類上から観た詰将棋(三) 初心向 −詰将棋通になるまで− 薄井羅伸武・・・将棋衆妙の作品紹介
昭和版 養真図式補正完成章四 松井雪山・・・松井氏の補正図紹介
各誌各紙詰もの紹介欄・・・色々な雑誌等に載った詰将棋の紹介
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中級向 詰将棋に於ける捨駒の目的について(2) 里見義周
序論 一、駒の性能
イロハ・・・前号発表
二、持駒の活動性能
持駒の活動性能としては再生がある。再生とは持駒を盤上に打つことで、再生によつて自軍の盤駒に変るわけである。
以上極く簡単に一般的性能表(註前号掲載)の説明を了つた。これで大体表の文意は呑込んで頂けたかと思うが、本論に必要なのは主として存在性能の方である。なお本論に入るに先だち次ぎのことを是非頭に入れておいて貰わねばならない。「駒の移動」と云うことはその駒の原位置に関する存在性能の消滅及び、その駒の新位置に関する存在性能の発生を意味する。
二、捨駒の定義
本論でいう「捨駒」ということの定義を与えておく。
「詰将棋に於て、敵駒の捕獲区域内の空場所へ、自駒を打ち又は移動することを捨駒という」
イ、先ずここに云う捨駒とは詰将棋に於けるものに限定する。而して詰将棋の指手には攻方の指方と玉方の指手とがある故、捨駒にも攻方の捨駒と玉方の捨駒とがあるわけである。しかも詰将棋というものの性質上、攻方の指手は常に“王手”の形をとる故、攻方の指手の一種であるところの捨駒もまた常に王手として現れる。次に玉方の捨駒について考えてみる。凡そ詰将棋に於ける王手の指手としては、言い換えれば攻方の駒によってかけられた王手を外す手段としては、
(1)その王手をかけた攻方の駒を取る(その駒が王方の駒の捕獲区域内にある場合)(2)王が攻方の駒の有効区域外に逃れる。(3)王と王手をかけている攻方の駒との間に駒を打つか又は移動する。の三つが考えられる。この(3)の場合が即ち合駒であつて、捨駒の性質上、(1)及び(2)は問題にならぬ故、王方の捨駒は常に“合駒”の形をとるということが云えるわけである。以上の如く、攻方の捨駒は常に王手、王方の捨駒は常に合駒の形をとるということは捨駒を論ずる上に於て極めて重要な事柄である。
ロ、捨駒であるためには捨駒をする場所(以下“捨場”という)が敵駒の捕獲区域内であることを要する。この場合有効区域では駄目で、捨駒とは云えない。例えば次図の場合攻方が三三角と打ち込む手は三三は敵桂の有効区域ではあるが捕獲区域ではないので、これでは捨駒とは云えないわけである。

ハ、捨場に敵駒(自駒が居れば捨駒が出来ぬことは云うまでもない)が居ないことも捨駒たるがための条件である。もし捨場に敵駒居れば(捨場が空いていないときは)、これを“交換”と云って捨駒から区別される。たとえそれが飛と歩との如く価値の懸隔甚だしき駒の交換であつても。
ニ、捨駒には持駒を捨てる場合と盤駒を捨てる場合とある。駒を打って捨てるのが持駒の捨駒であり、盤駒を動かして捨てるのが盤駒の捨駒である。後者の方が捨駒自身の原位置に関する存在性能の消滅をも意味するだけに捨駒の目的として前者より複雑であると云える。
以上で私のいうところの捨駒の定義を終るが、本誌七月号の詰将棋解剖学に於て谷向氏は、上記の如き捨駒を(A)の場合とし(B)として詰方の駒が浮いているにも拘らず、その駒に無関係に王に迫って、その駒を動かすことなく王に取らせて捨てる場合を挙げている。(B)の場合も確かに広義の捨駒に違いなく、ここに考えを及ぼした谷向氏に敬意を表するものであるが、普通われわれが捨駒として考えているのは(A)の場合であると認められるので、私のいうところの捨駒からは(B)の場合を除いた次第である。実はその方が私の小論にとつて便利だからでもある。
三、捨駒の術語
私は今まで捨駒という言葉を、主として「捨駒をすること」という意味に用いて来たが、今一つ捨てようとする駒自体を呼ぶのにやはり“捨駒”という語を用いる場合がある。而して捨駒が行われる場所を“捨場”と云うことは既に述べたが、その捨場に於いて捨駒を取り得る場所にある駒を“取駒”ということにする。取駒は詰将棋の本手順に於いて捨駒を現実に取ることもあるし、また取らないこともある。捨駒たるためには前述の如く捨場が敵駒の捕獲区域でなければならないのだが、此の場合の敵駒が即ち“取駒”なのである。だから取駒は一つだけではなく同時に幾つもあることもあり得る。
“捨駒”と“取駒”とは捨駒に於ける二大立役者といつてよく、彼等が芝居をする主要な舞台が“捨場”であるわけである。尚この外に捨駒又は取駒の移動によつて影響を受ける駒があり、これらにも名称をつけたいところであるが、あまり新語の増加することは徒に煩わしいばかりであるので、捨駒の術語としては以上の三つを挙げるにとどめた。念の為め例を上げると、図面の場合次手攻方が一二銀と打つのであるが、この銀が“捨駒”これを取り得る態勢にある玉方の駒即ち玉と二一金とが取駒、一二の場所が“捨場”というわけである。
本 論
一、捨駒の目的
将棋に於て駒損ということは厳に戒められているところである。然るに敢て無償で駒を捨てるというには苟くもそれ相応の理由がなくてはならない。これが茲に捨駒の目的と称するものである。これについては従来一般に邪魔駒の取捨だとか、退路の閉塞だとかいう風に無系統的に説かれて来たようだが、未だこれに体系を与えて組織的に研究したものは見当たらない。私はこれから、序論で述べた“駒の性能”の原理を基礎として、科学的にこの捨駒の目的というものを徹底的に解剖してみようとするものである。
捨駒はそれがただ一つだけの目的を有する場合はむしろ少なく、多くの場合二つまたはそれ以上の目的を併せ有している。これを捨駒の兼有性という。例えば図面に於て三一金と打つ手は玉の位置変更と金のそれと両方の目的を持っているが、この場合は同玉と取る方が手数が長く本手順と看做されるので、捨駒三一金の目的としては玉を動かすことの方が主たる目的と見る。

だがこの方を主要目的、敵金の位置変更を図る方を附随目的という。但し主要目的と附随目的との区別がつきかねる場合もあり、一律にはゆかない。故に捨駒分類表に於て分類された個々の捨駒の目的も実際には之が幾つも重なり合った状態にあることが多いことを承知せられたい。
次に捨駒の目的の効果は、これが次手に於て直ちに現れる場合と、数手たつてから現れる場合とある。中には数十手を費した後になつて初めてその捨駒の意味が分るようなこともある。一手としての捨駒の価値は云うまでもなく後者の方が高いわけである。これを捨駒の目的の後発性と云う。
二、捨駒分類表
三、捨駒分類表の解説
前掲の「駒の一般性能表」の原理を捨駒に応用したのが本表である。一寸見ると何だか難しそうであるが、当然かくあるべきことを一表にしたまでのことで、そんなに難解なものではないから、頭から敬遠せずに熟読玩味していただきたい。これでも追々お分りになるであろう様になかなかどうして画期的な表なのだから。
捨駒の目的を大別すれば(1)捨駒の移動を図る場合と、(2)取駒の移動を図る場合の二つとなる。更に後者は(イ)取駒を原位置から去らせることが目的の場合と、(ロ)取駒を捨場に行かせる場合とに分けられる。之に前述の駒の一般性能論を援用し、更に捨駒を攻方のそれと玉方のそれとに分け、夫々を持駒を捨てる場合と盤駒を捨てる場合とに分けるやり方とを噛み合わせて、理論的に捨駒の目的のあらゆる場合を網羅してその各場合を番号で示したのが本表である。本表によると捨駒はその目的に因って五十二種類に分類され、しかもこれ以外の場合は理論的に云って絶対にないことになる。表中ブランクの個所はそのような組み合わせが考えられないからである。以下この五十二種類の捨駒を一々実例について解説してゆくわけだが、中にこれは私の非力からであるが未だ実例の挙げられぬものが二三種類ある。しかしこれは例えば九十幾種の原素の幾つかが徐々に発見せられて行ったように、将来必ず適当な実例が発見出来るものと信じている。 (以下次号)
(註)村山隆治氏著「詰将棋の考え方」の中で、捨駒を目的によつて五十種類に分つということに触れているが、村山氏は私がこの構想を伝えた最初の人で、非常に共鳴して貰い、その後実例を送ってくれとの依頼に接したのであるが、私の不精のためそのまゝになつていたものである。

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