旧パラを検証する59
第六号7
東都棋界たより 第四回 宮本 弓彦・・・将棋界の話題
谷向氏の詰将棋解剖学だけでなく、今月号から里見氏の次の連載が始まったのであった。
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中級向 詰将棋に於ける捨駒の目的について(1) 里見 義周
詰将棋に出て来る手筋の大部分が捨駒であることは既に御承知の通りである。したがって捨駒を研究することは詰将棋の手筋の大部分を研究することになるわけである。実際「捨駒」即ちあの輝やかしい駒の犠牲こそはまことに詰将棋の華と云えるであろう。私は嘗て将棋月報誌に“詰将棋妙手の目的を解剖する”という題目で、この問題について若干触れるところであったが、爾来十幾星霜にわたる思索の結果、遂にこの命題について一つの究極ともいえる満足すべき成果に達するを得た。それは本誌の附録として添付する予定の“捨駒分類表”である。この表の真の価値・効用については次号よりの説明によって逐次了解していただくこととして、本号に於ては、序論としてこの捨駒分類表の前提となっているところの“駒の一般性能表”についてほんのその輪郭だけを解説する。この方は別に詰将棋と云わず将棋一般に通用するもので、現在私が畢生の仕事として思索をつづけているのは実はこっちの方なのであって、この度の“捨駒分類表”は要するにその一つの応用を示したに過ぎないのである。されば“詰将棋の捨駒の目的”という限られた題目については本稿によって略ぼ完全であると信じているが、その前提たる将棋一般の理論(駒の一般性能表はその最初のもの)の研究に至っては未だにその緒についたというばかりで、到底私の一生ではやり遂げられぬほど問題は複雑であり厖大である。その代わりこれが完成−とは行かないかも知れぬが、とも角完成に近づければ、全く素晴らしいと思う。幸いもし今回の貧しい拙稿によってこの問題に興味を覚えられた向はどんどん私の後につづいて欲しい。“将棋の科学的研究”という未開拓の広大なる野に於いて、私のごときは単に一介の予言者に過ぎない。私の後にキリストが現れ、また数々の使徒等がつづくであろうことを期待して已まない次第である。
この小論は次の各章から成立っている。
序論「一、駒の性能
二、捨駒の定義
三、捨駒の術語」
本論「一、捨駒の目的
二、捨駒分類表
三、捨駒分類表の解説
四、捨駒分類表の実用」
序論
一、駒の性能
詰将棋の捨駒を論ずる前に、先ず駒の性能ということについての説明をして置く必要がある。大体この駒の性能を究明することは将棋の上達に極めて肝要なことで、要は駒の性能を熟知してこれを上手に駆使することが将棋を指す上の秘訣であって、定跡というも結局この域を出ないのである。されば駒の性能の科学的研究こそ将棋上達の最捷径であると私が主張する所以である。この駒の性能探求の旅は私の畢生の仕事と自ら信じていることで、既に或る程度の研究成果を得ている。而して今、詰将棋の捨駒を論ずるに当っては是非ともこの研究成果の助けによらねばならぬのであって、言い換えれば“詰将棋に於ける捨駒”という限られた対象に私の“駒の性能論”を応用してみようというわけなのである。駒には王飛角・・・等の各種の駒に共通な性能と、例えば飛車の性能、角行の性能・・・と云った具合に各種の駒の個別的な性能とがある。前者を駒の一般性能といい、後者を駒の個別性能という。そしてここに必要なのはその中の一般性能の方である。

第一表は私の「駒の性能表」の基本をなすもので、これを直ちに本論の主題たる詰将棋の捨駒の研究に利用するわけである。表の上では見馴れない字句が多いため一見難しそうであるが、実際は何も難しいことではなく、極くあたりまえのことを表にしたに過ぎない。以下簡単に此の表の説明を試みる。
先ず将棋の駒を盤駒と持駒とに別ける。盤駒とは云うまでもなく盤上に置かれてある駒で、持駒とは手持の駒−駒台の上の駒−の謂である。随って駒の性能は盤駒の性能と持駒の性能とに二大別される。表では更に駒の性能を存在性能と活動性駒とにも分けている。存在性能というのは、駒の存在という事実そのことによつて既に発動している性能であり、活動性能とは駒が動くことによつて始めて発揮される性能である。
イ、駒の存在性能
盤駒の存在性能としては、受難、優占、遮効、有効の四つが考えられる。
「a、受 難」
受難とは可笑しな言葉だが、つまり盤駒は常に
(1)その駒が王である場合は、敵駒によつて王手がかけられる(被王手)
(2)その駒が王以外の駒の場合は敵にとられる(被捕獲)
という危険に曝されているということである。そしてこのことは自軍にとって常に不利即ち(−)(マイナス)の性能である。受難は持駒に比較して盤駒のもつ一大弱点というべきである。
「b、優 占」
駒が盤上の一つの場所にある−置かれてあることに依って生ずる事態の一つとして次の事柄が考えられる。
(1) その駒の居る場所へ敵駒を打たせない。(敵駒の再生拒否)
(2) その駒の居る場所へは自軍の駒−以下自駒と称す−を打つことが出来ない。(自駒の再生拒否)
(3) その駒の居る場所へ自軍の盤駒を移動することが出来ない。(自駒の移動拒否)
右の中、(1)は自軍にとって有利即ちプラス(+)であるが、(2)と(3)とは自軍にとっては不利即ちマイナス(−)である。かくて優占という性能はそれ自身の中にプラス(+)の要素とマイナス(−)の要素とを包蔵しているわけで、実際に現れる個々の場合について或る優占が自軍にとってプラス(+)のそれであるか、マイナス(−)のそれであるかということは、その中のプラス(+)の要素とマイナス(−)の要素とのどちらがその場合強いかということによって決定される。
「c、遮 効」
盤駒はその駒の占めている場所以遠への敵駒及自軍の効筋を遮断する性能を持っている。これが遮効である。遮効は
(1) 敵駒の効筋を遮ることは大体に於いて自軍にとって有利即ちプラス(+)と見られ
(2) 自軍の効筋を遮ることは普通の場合自軍にとって不利即ちマイナス(−)と見做される。
但し、詰将棋に於て屡々現れる打歩詰回避及誘致の場合にのみ逆の事が考えられる。即ち敵駒の効筋を遮ることが却って自軍にとって不利(マイナス)で、自軍の有効を遮ることが却って自軍にとって有利(プラス)であるということになるのである。
「d、有 効」
盤駒には俗に云う効く(利く)という性能がある。今はこの「効く」ということの内容を検討してみると。
(1) 排王−的王に対してはその駒の効筋内へ絶対に之が侵入を許さない。
(2) 捕獲威嚇−王以外の敵駒に対しては、その駒の効筋内に此等の駒が侵入して来れば、いつでもとって(捕獲)やるぞという威嚇
(3) 移動威嚇−その駒の効いているところへはどこへでも動くことが出来るぞという威嚇
(4) 化成威嚇−その駒の効筋内に成れる(化成)ところがあればいつでも成れる(化成)ぞという威嚇
の四つの内容を有っている。この中、(2)(3)(4)は何れも常に自軍にとって有利(プラス)、(1)は普通の場合、自軍に有利(プラス)であるが、打歩詰に関係する場合にのみ不利(マイナス)である。
ロ、持駒の存在性能
持駒の存在性能としては避難と潜効との二つが考えられる。
「a、避難」
盤駒の受難に対するもので、持駒は敵にとられないということである。避難は自軍にとって常に有利(プラス)である。
「b、潜効」
持駒はこれをいつでも、又空いている場所ならどこへでも打つことが出来るぞという威嚇力を有っている。これも常に自軍にとっては有利(プラス)である。
ハ、盤駒の活動性能
盤駒の活動性能としては移動、捕獲、化成の三つがある。
「a、移動」
あらゆる盤駒は動くことが出来る。但し特殊な情況下にあっては一時的に動けない場合もある。即ちその駒が動くと自玉に王手がかかる場合である。移動は「盤駒の位置の変更」という風に説明される。
「b、捕獲」
盤駒は敵駒をとることげ出来る。これが捕獲という性能である。しかし捕獲には必ず移動を必要とするため、前述の如き理由でその駒の動けない場合はしたがって捕獲も出来ない。捕獲によって敵の盤駒が自軍の持駒となる。
尚、以下の叙述に於いて、有効区域、捕獲区域などという術語が出て来るであろうと思うのでこれについて一寸説明しておく。前述の説明でも明らかなように捕獲区域は必ず有効区域であるが、有効区域であって捕獲区域でない場合もあり得る。即ち有効区域とは捕獲区域より広い概念であるわけである。

図面の場合「二二」の場所は玉及び金の有効区域であるが、金の捕獲区域ではない。金が動くと王手がかかるので現在金が動けない態勢にあるからである。ただし王の捕獲区域ではある。またもし一三飛が龍なら「二二」は王の捕獲区域でもなくなる。但しそれでも王及び金の有効区域なることには変わりはない。
「c、化成」
盤駒は一定の条件の下に於いて成る(化る)ことが出来る。これが化成という性能である。化成は盤駒の性質を変化せしめる。化成性能を有する駒は飛、角、銀、桂、香、歩の六種であるが、この中飛角とその他の駒とでは同じく性質変化といっても変化の内容を異にする。即ち銀以下の駒が成ることによって何れも金になる。つまり「変金性」を有するのに対し飛角の場合はその瑕を補う、つまり「補瑕性」を有っている点である(以下次号)
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詰将棋を理論づけしようという意図は解るのですが、筆者の造語が多くて読み難く私には感じられました。同じような内容でも詰将棋解剖学の方が理論内容はとも角として、読み物としては例題も入っていて読みやすいと言えるのでなないでしょうか。

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