旧パラを検証する41
第五号2
痛快!絶賛!!最新版 失礼御免 ヘタの横槍 第三回 七十八翁 前田三桂
「パラダイス」は、棋界唯一の純詰将棋雑誌である。従って詰棋専攻の熱心なる大天狗、中天狗、小天狗共が雲の如く集まり、鼻長々と伸ばしてヒシメクサマは物凄い。この大一座の中へ遅れ馳せに割り込んで来たのが横槍天狗だ。老人は夕風にそよぐススキのように、白髪頭をユラユラ動かし、枯野にすだく虫の声程細いしわがれ声を絞り上げて言うようはー。

此図は八段の棋士さえ発見出来なかった絶妙の珍手がひそんで居る詰物だぞ。
是を首尾よく詰めたら、八段の上越す力量は有ると信ずる。九段でも十段でも冗談でも自分免許の認定は勝手たるべし。サア詰めたり、詰めたり。
♪フーン。コリャ面白い。成る程。一寸六ツかしいネ。
♪六ツかしいだろう。うかつな事をやると王様がスルヽと上方へ抜け出して入玉してしまうぞ。どうだ詰むか。若し是を詰めたらエレヱもんだ。確か八段以上の資格の認定が貰えるかもしれぬ。
♪ゴーツト。イヤ。おかしいぜ。ナーンだ只の三手で詰むじゃないか。
♪ワツハッハ、わかったか。エライ。
♪コラツ。三桂の狸爺め。人を馬鹿にしてらー。
最近横槍の熱烈な声援家が将棋世界三月号を送ってくれた。言うまでもなく俺に横槍を振り廻さしめん下心である。
考へても見よ。八段や九段や名人共の指した将棋に詰の抜けた棋譜のあるべき筈がない。あまつさえ局後に多くの高段棋士が寄り集まり、額を集めて研究討議してから世上に発表するのである。つまり横槍は吟味センサクした雑物の混じらない精錬された棋譜の中から拾い上げて来るのであるから、其骨折は容易ではないわい。だから眼光紙背に徹する精妙な横槍なんだよ。アツハツハ。
参考棋譜(昭和二十四年度順位戦)
先手:京須行男 七段
後手:小泉雅信 八段
▲7六歩 △8四歩 ▲5六歩 △5四歩 ▲2六歩 △3四歩
▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩
▲同 飛 △2三歩 ▲2八飛 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲8七歩 △8二飛 ▲4八銀 △6二銀 ▲5七銀 △5三銀
▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩 ▲6九玉 △4一玉
▲3六歩 △5二金 ▲5八金 △7四歩 ▲4六歩 △6四歩
▲4五歩 △6五歩 ▲2六飛 △8八角成 ▲同 銀 △7三角
▲3七角 △6四銀 ▲4六銀 △2二銀 ▲7七銀 △5三金
▲7九玉 △7五歩 ▲5七銀 △6三金 ▲7五歩 △同 銀
▲7三角成 △同 桂 ▲7六歩 △6四銀 ▲3五歩 △同 歩
▲7一角 △8四飛 ▲3五角成 △3三銀 ▲8六銀 △2四銀
▲4六馬 △2二角 ▲7七銀 △3四歩 ▲6八銀右 △7五歩
▲5七馬 △5五歩 ▲4四歩 △同 角 ▲2八飛 △5六歩
▲同 馬 △7六歩 ▲8八銀 △9五歩 ▲4五馬 △5二玉
▲5九歩 △9六歩 ▲9八歩 △3三銀 ▲3七桂 △9七歩成
▲同 歩 △9六歩 ▲同 歩 △9七歩 ▲2二歩 △同 銀
▲4八飛 △4二金 ▲7二歩 △9六香 ▲9七桂 △9八歩
▲同 香 △5三金寄 ▲9九歩 △4一玉 ▲4四馬 △同 歩
▲4三歩 △5二金寄 ▲7一角 △3二玉 ▲4二歩成 △同 金
▲4五歩 △5五銀 ▲6二角成 △7四飛 ▲4四歩 △4七歩
▲同 金 △4四銀 ▲5六金 △4三歩 ▲7一歩成 △5五歩
▲4五歩 △3五銀 ▲5五金 △9七香成 ▲同 香 △7七桂
▲7五歩 △3九角 ▲7四歩 △4八角成 ▲7七銀左 △同歩成
▲同 銀 △7六歩 ▲6八銀 △7七銀 ▲6九桂 △8八歩
▲同 金 △6八銀成 ▲同 玉 △4九飛 ▲5八飛 △同 馬
▲同 歩 △3九飛打 ▲7三馬 にて第一図
(第一図)▲73馬の局△小泉八段の手番

第一図は参照棋譜の▲73馬迄の局面である。
本局は小泉八段対京須七段の順位戦に小泉八段が目出度前敗に雪辱し、甚だ気を良くした御自慢の勝局で、夫子自ら筆を執って自戦記を綴り、広く江湖の好棋家に誇示した逸品である。
始めに掲げた図は即ち此局面を縮収したものである。
さて第一図の局面では、79銀と打って王手を掛ける。57玉と上方へ脱出せんとすれば46飛成の即詰で往生安楽である。先刻承知の通に三手詰だ。若し此好餌にパク付くと六九飛成で頓死する。されば七八玉と寄る。六九飛成89玉八八銀成同玉八九龍で成仏する。
然るに棋譜を見ると79銀打の即詰の好手は姿を見せず、△6九飛成 ▲5七玉△3七飛成▲4七香と進展して居る。盤上四九に蟠居せる飛車は敵玉の逃路を扼する絶好の場所に看視して居るのであるのに、俄然進撃ラッパを吹奏してフラフラと六九飛成と進撃し出した。敵玉は命からがら遁走を企てておる。俺は此参謀はどんな意図かと手に汗を握って観戦して居ると、次の局面(第二図)を現出した。
(第二図)▲四七香打の局面、△小泉八段の手番

フーム成程。・・・此局面にも矢張り詰はある。流石は昔取った杵柄だ。此所でパッサリ敵玉の首を打落す戦略だネ。是なら六九飛成も強ち笑うべきではない。立派な手だ。先生は此構図を胸に描いて此所まで追い出して来たのだ。只寸を尺に伸ばしたロクロ首詰の延長である。所謂細工は流々仕上げを御覧じという諺は茲の事か。と独り合点して、次に下す一手を固唾を呑んで観戦して居ると・・・。
アラアラ不思議。此参謀気でも狂ったか、四六銀とおいでなすった。
俺はエーツと吃驚して開いた口が塞がらない。イヤもう御ご丁寧な指方に堪能しました。実戦家というものは斯うも詰が見えないのだろうかと、アキれてしまった。そこで又々棋譜を覗いて見る。
△4六銀▲5六玉△5四銀▲6五金△6三桂▲4六馬△6五銀と進展して小泉八段と軍配が揚ったのである。
俺はシビレをきらせて、ジツと観戦していたが、漸く開放された。ヤレヤレとシビレた両脚を伸ばして撫でさすつていたが、サア是れからが俺の出る幕だと、横槍提げてスツクと起ち上りリュウリュウとしごいて「失礼御免」と掛声鋭く突っ込んだり。
生きたり死んだり蛇の生殺しのような指し手はもう飽きた。此場合四六銀などと寝呆け銀をコスツてノコノコと出て来るなどチャンチャラ可笑しい。モツト元気に四七同龍と香と刺しちがえて奮死する所だ。此活気ある溌剌たる手にはビックリして眼が醒めたであろう。同玉と取るの一手で、六七龍と猛然襲いかかる。合駒するのも忘れてあわてふためき裸で王が逃げ出すと、
(1) 四八玉なら三六桂打
(2) 三八玉なら二六桂打
があって何処へ玉が逃げても玉頭に銀打や強力な龍王の猛襲があり、訳もなく詰むであろう。
さればと心を落ち付けて五七へ飛角銀桂の合駒を打って見る。たとえ何駒を合するとも、四六香打の手段がある。手には銀桂桂香の持駒がある。所謂銀桂の持った香なぎなたで、何の苦心も要らず考慮も用いず、槍さびの鼻唄謡ってペタペタと駒を打ってラクに詰める事が出来る。俺は昔と違って年を取り、根気が薄くなり、逐一細かしく変化を詳記する気力がないから、大体の説明はしておくが、臨機応変の策を取れば必ず詰むという事は、太鼓のような判を押して保証しておく。
説明の便宜上六七龍迄を第三図として出しておく。
(第三図局面)△六七龍迄の図

甲、先ず五七銀と合駒して見る。
▲5七銀△4六香▲3七玉△5七龍▲同 歩△2五桂▲3八玉( ▲2八玉なら△3六桂▲2九玉△2八銀▲3八玉△3七桂成。若し▲2七玉なら△2六銀打▲2八玉△3七桂成▲2九玉△2八銀▲1八玉△1七銀上成)△2六桂▲2八玉△3七銀▲2七玉△3六銀打まで。
乙、然らば五七桂合は如何。
▲5七桂△4六香▲3八玉△5八龍▲2九玉△2八銀▲1八玉△2六桂▲2七玉△3八龍まで。▲3八玉のところ▲3七玉でも △2五桂▲2八玉(▲3八玉△5八龍▲2九玉△3七桂不成▲3九玉△4八龍)△5八龍 ▲3八歩△3七銀▲2九玉△3八龍迄。
丙、でわ五七飛合なら?
▲5七飛合△4六香▲3八玉△2六桂▲2九玉△3八銀▲2八玉△3六桂▲1七玉△5七龍▲同歩△2七飛迄。
丁、では五七角合はどうか。
▲5七角合△4六香▲3七玉△5七龍▲同歩△2五桂この時(イ)二八玉(ロ)三八玉(ハ)二七玉の三つの変化に分れる。
(イ) ▲2八玉△3六桂▲2九玉△2八銀▲3八玉△4九角
(ロ) ▲3八玉△4九角▲3九玉△3八銀▲2八玉△2七銀成▲3九玉△3八角成
(ハ) ▲2七玉△2六銀打▲1八玉△1七桂成▲2九玉△3七桂▲3八玉△2九角▲3九玉△4九香成
此外玉の逃げように依り種々様々の変化を生ずるのであろうが、パラダイスの読者は詰棋に寝食を忘るる天狗博士達の集合であるから、枝葉の所は省略させて頂き、これ位の所で御辛抱願いたい。老人根気が尽きて頭がボーとしてもう筆が動かず字も書けなくなつて来た。アーシンド。御退屈さま。
アツハツハ 失礼御免
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最初の79銀以下の詰みだけ指摘で、六七龍の詰みは、「ここでは六七龍でも詰みがあった」くらいの記述でも充分だと思いますけどね。わざわざ変化の多い詰方を詳述するのも無駄なような気がしますが、当時はこのスタイルが受けたんですかねえ?

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