旧パラを検証する34
第四号4
各誌各紙詰物紹介の後、形幅氏の大道棋の実戦棋が詳細に出ている。今となっては貴重な実戦風景なので、転載する。
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大道棋屋の錯覚 形幅 清
詰みなしの局面を出題して(最近詰なしと分ったのですが・・・。)攻められ、逃げ損なって詰と早合点して、引き分けにして呉れと云った大道棋将棋屋の珍談を一つ。
A図(秘手五百番をお持ちの方は第六十番参照)は、私等の町の祭典で、出題していた大道棋です。
A図

此の類題は一見すぐ詰みそうなので、将棋屋がよく出題する問題故、諸賢も見かけられた事があるでしょう。
私がこの問題を見て、手を出した時は、攻方四四歩は確かにありませんでした。之は業者が配置を忘れたものか、又は故意の仕業かは詰なしと分った今日、今以て疑問です。
処で一応茲でA図の正解を述べましょう。
正解
89飛、77桂成、85金、同香、77角、86香、同角、85玉、77桂、74玉、84銀成、同玉、95角、74玉、84飛、73玉、94飛、82玉、85香、83歩、同香、同玉、84飛、73玉、74歩、62玉、81飛成、、73桂、72龍、同玉、73歩成、71玉、72歩、81玉、87香、83歩、同香不成、92玉、82香成、93玉、83成香、94玉、84成香、95玉、85成香迄四十五手詰。
の一寸長手数なのです。
私が大勢の客に囲まれたこの将棋屋の前に行った時はB図で客を釣っていました。
B図

このB図はお客の最もよく引っ掛かる香歩問題で、見ている中に五六人が枕をならべて討死と云う有様。前からの客の奉納した百円札と合わせて、十枚近く盤上に積まれその上に「光」一個を乗せ、業者は
「さあさあ、詰めた者には之を全部やるよ」
と繰り返し御機嫌顔で云っています。
一寸考へ私は正解が分ったので詰めた時の顔を見てやらうと思いました。
断っておきますが、山と積まれた百円札のに目がくらんだのでわありません。業者はそう云って客を釣るだけで、たとえ詰んだとて、その中の二、三枚も呉れれば上々なのです。私は幾回となく経験があるのでその点心得て居りました。
さて客の途切れた処で「今度は私がやつてみましょう」と、静かに駒を手にして、パチパチと詰め上げて了いました。(此の図の正解はわざと省略します。皆さん研究してみて下さい。)
すると案の定、積んである百円札の山に手を掛け、「君はこれだけだ」と下二枚を残してポケットに入れて仕舞いました。私は何も云わず残った二枚を此又ポケットに入れました。
諸君、此の辺の要領は必ず心得ておいて下さい。やると云ったから全部呉れと云わず、いくらでも呉れただけ頂戴しておくのです。一つも呉れなく共、文句を云ってはいけません。まして「サクラ」の居る時は、口を利かぬ方が身のためです。私のこの場合は業者は五十余りの人でサクラは一人も居ないようでした。
私は二百円で満足していても、大勢の客は承知しない。ザワザワ騒いだのは勿論です。だが蛙の面に水の調子で、パチパチと並べたのが、A図の四四歩のない局面。この時私は盤の前から横の方へ廻っていましたが、A図を見た瞬間以前一度詰めたことのあるC図が頭に浮かんで来たので、A図も詰められると思いました。
C図

併し正解は分っても、もう手は出すまいと思い乍らも、好きな道とてC図の追手順で、どのやうに変化するかと読みました。
C図正解手順は
88飛、76桂、84金、同香、76角、85香、同角、84玉、76桂、73玉、83銀成、同玉、94角、92玉、83角成、91玉、82馬迄17手詰
で、香余りなのです。でA図もC図の如く攻める外に手無しと思いました。
A図(再掲)

(但しA図より攻方四四歩を除く)即ちA図に対し
89飛、77桂成、85金、同香、77角、86香、同角、85玉、77桂、74玉、84銀成、同玉、95角、93玉でD図
D図(93玉迄)

ここ迄は必須と思い、この95角に74玉と歩を取る手はないと思い、深く考えませんでした。
D図以下、85桂、92玉、93香、81玉、73桂、71玉、81飛成、62玉、61龍迄
の詰と断定して外の変化は一寸も考へなかつたのです。
ここまで考える間に、誰かお客が手を出したでしょうか。簡単に詰と思った人はあつたでしょうが、さつきの事があるので、誰も手を出しません。業者も又一言も云わずに立っていましたが、B図の時と違い一人も釣れないので、面白くなかつたのでしょう。突然私に
「君、さつきのが詰められて、之が詰められないか」
と云いましたが、、私は只一寸笑っただけで黙って居りました。又それから二、三分経ったが誰も手を出しません。客は黒山のよう。私は暑いので、盤から眼を離して友人と合図したりしていると、業者は揶揄するやうに、
「君之が詰められないのか。するとさつきのは誰かに教わったナ」
と云ふ。気の短い私は此の一言でカーツとして了つて体が小刻みにふるえました。それ程腹が立ってしまつたのです。友人達の手前も手伝い。
「よし、やるツ」
と大分大きな声をして、お客を押し分け盤の前に廻るが早いか、八六の飛を右手の持ち、八九飛と左手で金を払った。敵は七七桂成。ところがすつかり腹が立っていたので、八五金、同香と吊り上げてから、七七角と成桂を取るべきを、いきなり七七角と手順を前後して了つた。得たりと業者は八六へ合駒。「しまつた」と思ったが、後の祭。
「ああ違った違った」と云って先程頂戴の二枚の中の一枚を投げ出した。
業者はお気の毒様と云った調子で百円札を仕舞い込む。
「よし、もう一回だ」
と云って、今度は間違えず、八九飛 七七桂成 八五金 同香 七七角と取る。
八六香上る、同角、八五玉、七七桂、七四玉に八四銀成と駒音高く成る。同玉、九五角と行ってD図を期待した処、案に相違して七四玉とE図に来た。
E図(七四玉迄)

口にこそ出さなかったが、内心「アリャリャ」と思い、読み筋にないので、之は詰められぬかと思った。然しここで腰を落ち着けて考えるには余りにも気が立っていました。ええいままよと、八四飛。七三玉。又も飛車に手をかけ八一飛成とゆかんとした途端、九五香と角を抜かれるのに気付いて、ゾツとした。「仕方がない」と九四飛、八二玉、八三香と手拍子に玉頭に香を打って了つた。同玉、八四飛、七三玉。今度こそはとばかり八一飛成と行く。
F図を御覧下さい。
F図(八三香迄)

八三香と打ち同玉、八四飛に七三玉と逃げて、G図の如く飛車を成らせなく共いいと思われるでしょう。
G図(八一飛成迄)

その通りなのです。八三同玉は絶対としても、八四飛には九二玉と逃げ、香一本では誰が見ても詰なしです。処が茲に将棋屋の誤算があつた。と云うのは(後になって分ったのだが・・・)正解手順は、F図の八三香を八七から打ち、八三合駒、同香、同玉、八四飛、七三玉なのです。此の時七三玉と逃げずに九二玉は、八三で合駒した歩を九三に叩かれ、同玉、九四香迄。又八三合が桂でも、九二玉の時九四香、九三歩(桂はもうない)同香、同玉、八五桂、九二玉、九四飛、八一玉、八二歩、同玉、七四桂、八一玉、八四飛、七一玉、八二飛成、六一玉、六二角成で、攻方四四歩はなく共詰むのです。
依って将棋屋は、私の八三香が一歩(又は桂)を得られないから詰みはないと思わないで、七三玉と逃げたらしい。
私も七三玉に、八五桂跳、又は七四香は六二玉で、八一飛成でも五二玉で詰なし(攻方四四歩なき為)と直感し、八一飛成のG図にしたのです。茲で業者は一寸考えて、八四歩と合駒をした。同龍は六二玉で遁走だから、詰なしと思い乍も同角と取り、七四玉のH図になりました。
H図(七四玉迄)

この辺では実はもう大分気が落ち着いていたので、どの辺で投げようかと考えていると、業者は
「君一寸待って」
と云って駒を戻してI図の様に並べた。
I図

「君なら分るだろう。此の時にこう逃げたら詰はなかつた。」
と八三の玉を九二へ置いて見せた。私はE図の時から、詰み筋以外に逃げられて失敗だと思っていたし、香一本では詰みそうでもなし、面倒臭くもあつたので、
「ウンウン」
とうなづいていたが、待てよ、之は変だ。
さてはH図からでも詰ありと思っているなと、ピーンと来たのでI図のままで(下手にH図に駒をなをしてはまづいと思ったので・・・。)
「然しさつきのやうなら詰むじゃないか」
と大きくカマをかけると、案の定
「いや、あれからは詰むが、此の時に九二へ逃げて詰まん。あれは正解じゃない。君なら分るだろう」
と又もや君と来た。
「一体それならどうする」と云うと、
「君之は引き分けだ。引き分けにして呉れ」
と云う。
「シメタ」と思ったが、素振りも見せず、「仕方がない。引き分けにしてやるよ。」と威張って人垣を分けて出た。
すつかり腹を立てて醜態を演じたが、将棋屋が引き分けに頼むと云ったのが、面白くなり気がせいせいとしました。
攻方四四歩を欠く故、詰なしの局面なのですが、予想外の手で攻められると、正解筋ばかりを考えている業者には、得てして斯様なミスがあるらしい。何故四四歩を置かなかったのか。B図を詰められた腹いせか、それ共失念したのか。
帰宅後更に調べて、四四歩なければ詰みなく、玉方四三歩を加えて遁走を防ぎ、大道棋記憶帳に記しておいたのでした。
此の度「秘手五百番」(紳棋会発行)を手にして、四四歩の配置を見て万事了解されました。唯嬉しかつたことは、記憶帳の詰手順が五百番のと同じだったことです。
大道棋屋んお逃げ損ない、誤算は応々あるもの、又大道棋は正解手順以外には、めったに詰のないものですが、一手逃げ間違えると、詰のないのに詰む手順も出来て来ます。正解手順のみならず、変化を研究し、その微妙な処を得心がゆく迄調べなければなりません。
終りにH図以下を業者はどう考えて詰みと思ったのでしょう。成る程まだ少しは攻め手はありますね。然し詰と錯覚するような手もないでしゃう。
之を詰と錯覚して引き分けして呉れと云って、百円否二百円を損した業者は、後で気が付いたとしたら一体どんな顔をしたでしょうか。
題して大道将棋屋の錯覚といふお粗末。長々お退屈様でございました。(完)
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大道棋の実戦は将棋屋も間違って詰まされることが、あったということですね。
それにしても、これだけ長い文が載るとは、昔のパラが如何に大道棋を重視していたかが解りますね。

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