旧パラを検証する30
第三号8
今回は、詰将棋分析理論のはしりとも言える、谷向奇道氏の「詰将棋解剖学」を紹介したい。私が詰将棋を始めたころでも有名で、かねがね読みたいと思っていました。
それから三十年程経った今、「詰将棋解剖学」自体の名前すら聞いたことが無い人が殆どだと思います。今読み返すと最初の試みだけに不備が目立つし、特にルールも可也変わってきているので、そのまま肯けない内容も多いのですが、詰将棋史を飾る大きな1ページをここで再現出来ることは、とても意義あることと考えます。
では、名稿といわれた谷向奇道氏の「詰将棋解剖学」をお楽しみ下さい。
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詰将棋解剖学 @ 入門より創作まで 谷向奇道
序
近頃はどんな薄っぺらな雑誌を開いてみても、詰将棋の掲載されていない事は珍しい位です。将棋雑誌の懸賞問題の応募者数は、裕に数万に達しているとも云われています。新人作家も続々輩出しています。これ程詰将棋熱が巷に高まっているのに、未だ詰将棋の総合的研究が発表されたことがないのは実に遺憾です。勿論これまでにも、時々権威の方によって詰将棋の解き方とか、作り方とか云った部分的な解説は発表されましたが、その総合的研究は、私は寡聞にして之を聞きません。この遺憾さが堆積して爆発したのがこの解剖学です。これは駒の歩みを覚えたばかりの初心者に、詰将棋の楽しみを教える為に書かれたものです。従ってこれを読まれる方が一人でも多く詰将棋ファンになられるならば、私の意図は達せられる訳です。
初心者への解説を主とした為に、私は出来るだけ平易な文体を用い、出来るだけ多くの実例を挿入して理解に便ならしめましたが、特に断りなき限り作品はすべて私の自作です。万一作品に余詰等を発見されました方はどしどし横槍を突き出して下さい。
昭和二十五年五月はじめ
著 者 識
詰将棋解剖学目次
第一編 総論
第一節 詰将棋とは何か
第二節 術語の説明
第三節 詰手順について
第二編 詰将棋の原理
第一節 各駒の性能とその使用法
第二節 詰将棋の構成
第三節 詰手筋の理論
第三編 詰手筋
第一節 邪魔駒を捌く手筋
第二節 逃走を牽制する手筋
第三節 敵状を打診する手筋
第四節 守備駒の位置を変更する手筋
第五節 打歩詰を回避する手筋
第六節 持駒を活用する手筋
第七節 合駒の手筋
第八節 遠駒の手筋
第九節 鋸引の手筋
第十節 詰手筋の活用
第四編 原理の活用
第一節 詰将棋の解き方
第二節 詰将棋の作り方
第一項 創作の一般心得
第二項 実戦形作品の作り方
第三項 構想形作品の作り方
第四項 創作形作品の作り方
第五項 曲詰の作り方
第六項 一握り詰の作り方
第七項 構想について
第三節 詰将棋の鑑賞
第四節 結 語
目次完
詰将棋解剖学本論
第一編 総 論
第一節 詰将棋とは何か
詰将棋の起源に関しては確かな文献は無いが、古い詰将棋がすべて実戦型をなしてゐる事、詰将棋の規約が殆ど指将棋の規約を一致してゐる事より推察すれば恐らく何人 かが指将棋の終盤、寄せ及び詰の棋力を高めることを目的として終盤の一部を為して 研究したのが始めであらう。
(第一図)

兎に角、詰将棋は相当古い歴史をもつており指将棋から分離したものであることは疑ひないと思われる。その後詰将棋に含まれる好手、妙手はこれを詰めようとする人々の心を捕らへ詰将棋は次第に指将棋の棋力養成と言ふ本来の目的を離れて観賞用として愛好され、加ふるに伊藤宗看、伊藤看寿、添田宗太夫、伊藤宗印、桑原君仲等々巨匠の研鑽努力によつて飛躍的発展を遂げ今日の如く指将棋と表面上は全く分離するに至った。さて本論に這入る前に順序として「詰将棋とは何か」と言う問題を明らかにしておく必要がある。勿論前に述べた様に、詰将棋は最初は自然に発生したものであるから、古くは詰将棋として定まった規則もなかったに違いない。従って古作物には詰上りに持駒が残り今日から見れば不完全作と見做さるべきものもあるが、(例えば「根元宗桂将棋秘伝抄」)これらを詰将棋に非ずと片付ける訳にもゆかず、斯様な訳で詰将棋を簡明に定義づけることは中々容易ではないのである。が、大体次の様に定義すれば無難であると思う。
[定義]次の要件を満たす図面を詰将棋と言う。
(1) 一つの玉と之に付随した若干の駒により成立つこと。
(2) 詰将棋の規約(後述)に従ふ詰手順が必ず唯一つ丈あること。
(3) 詰手順中必ず一つ以上の妙手を含むこと。
註、定義(2)を分り易く言ひかへれば
「王手の連続にて玉の逃げ方如何にかかわらず詰む手順が必ず唯一つ丈けあるこ と」と表現出来る。詰手順、妙手等術語の意味は次節で説明する。
[規約]詰将棋を解く場合には次の規約に従わねばならぬ。
(1) 王手の連続にて玉を詰めること。
(2) 詰方は表示せられたる持駒及び詰手順道中に獲得した駒を使用し得る。
(3) 玉方は盤面の駒及び詰方以外の駒は総て必要に応じて合駒として使用し得る。
(4) 将棋四大禁手、即ち「打歩詰」「二歩」「行き処無き駒」「千日手」を回避すること。
(5) 駒の成る、不成は詰方及び玉方の最善を選ぶこと。
(6) 突き歩詰は差支えない。
(7) 合駒はその一手により三手以上手数が延びざるに非ざればその要なし。
註、規約(5)には次の例外がある。
(第二図)

第二図の局面では玉を逃さぬ為には三一歩と開き王手をするより無いが「三一歩成」なら一一玉で打歩詰となる。そこで詰方としては「三一歩不成」とするのが最善なのであるが、三一の生歩は規約(4)によつて禁手である。従って第二図で「三一歩不成」と指した駒が「行き処無き駒」になる場合に限り規約(5)は成立しない。従って第二図は「三一歩不成」の手段無き故不詰で詰将棋ではない。(三一歩不成を認めるならば以下 三二桂合 同飛不成 一一玉 一二歩 二一玉 一三桂迄で詰む)
さて第一図を見て戴きたい。第一図は(1)一つの玉と若干(十枚)の駒より成立ってゐる。
(2)詰手順は三三と、同桂、二二金打、一三玉、一二金寄、同玉、一三金、同玉、三一角、二三玉、二二角成迄の十一手詰でその内のどの手段も皆詰将棋の規約に従ってゐる。勿論右の詰手順以外の手段では詰が無い。(詰手順が唯一しか無い)(3)詰手順中(五手目)に一二金寄と打ったばかりの金を香頭に捨てる妙手が含まれている。第一図の如き図面を詰将棋と言ふ。
第二節 術語の説明
詰将棋解剖学の頭書に当って以下の解説中に屢々現れる術語を簡単に説明して置く。
詰 み 詰方の王手に対し玉方が之を脱すべき手段を失った状態を詰み又は詰と言う。即ち詰方の王手してゐる駒を取ることも出来ず逃げる場所もなく又合駒も利かぬ場合に詰んだと言う。詰手順の最後は必ず詰みの状態である。但し打歩詰を詰みに含まぬことは規約(前述)の通りである。
持 駒 詰将棋の図面の盤側に持駒として表示された駒を持駒と言ふ。持駒は詰方が自分の手番に盤面上の任意の空所に打つことが出来る。持駒が二種以上ある時はどの駒から使用するも任意である。
詰手順 詰将棋を詰ますべき駒さばきを教へる手順を廣い意味で詰手順と言う。詰手順内で総手数の最も長いものを正解詰手順(次節参照)と言ひ、略して単に詰手順とも言う。
例 第一図詰将棋詰手順三三と、同桂、二二金、一三玉、一二金寄、同玉、一三金、同玉、三一角、二三玉、二二角成迄十一手詰。
作 意 正解詰手順を特にその構想に重点をおいて云う時に作意と言う。
変化手順 詰手順の途中で玉方が作意以外の手段を採り、依って生ずる詰手順を変化手順と言ひ、屢々変化と略称する。変化は一般に正解手順より短い。(次節参照)
例、第一図詰将棋、二手目玉方三三同桂のところ一二玉と逃げる。変化三三と、一二玉、二二金、一三玉、二三金打、同銀、同と迄。
紛 れ 正解手順以外に王手し得る手段を紛れと言う。第一図詰将棋に於いては、第一着手に、三三金とか、二二金打とか、一三金打とか指す如きが紛れである。紛れを指せば勿論詰みは無い筈である。
余 詰 作品が不完全であつて作意以外に玉を詰め得る手順のある時、即ち紛れを指して詰みのある時之を余詰、その手順を余詰手順と言う。余詰手順の総手数が作意手順のそれより短いものを特に早詰と言ふ。
妙 手 玉を詰める為に必要不可欠であって然も常識的には容易に発見し難い手段を妙手と言ふ。妙手については第二編第二節で詳記する。
例 第一図詰将棋の手順中、五手目一二金寄の如き手段
詰手筋 公式化せる妙手を詰手筋と言ふ。詰手筋に関しては第三編で徹底的研究を発表する。
(第三図)

曲 詰 駒の配置に趣向をこらした詰将棋を曲詰と言ひ大別して之に三種ある。
(1) 始めの駒の配置を文字の形や左右対称形にした文字型曲詰、或は象形曲詰
(2) 詰上りの駒の形が文字の形とか将棋駒の形とかになる様に拵えたあぶり出し曲詰
(3) 裸玉(盤上に玉一つ丈け配置したもの)無仕掛(最初盤上に詰型の駒の配置無きもの)煙詰(詰上りに無駄駒の残らぬもの)等趣向を鑑賞すべき特殊曲詰
狭義では(1)(2)のみを曲詰と言ひ、第三図は文字型「シ」の字曲詰である。
尚曲詰はその形の美を鑑賞すべきものであるから詰手順中に敢えて妙手を含むことを必要としないと言ふ意見もあるが筆者は之を認めない。
(註)第三図詰手順 七九金、同玉、六九金、八九玉、七八銀、九八玉、八八飛、九七玉、九八歩、八八玉、七七馬、九八玉、八七馬迄十三手詰。
詰将棋に関する術語はこの外にも未だ沢山あるがそれらを用いる頻度は右の術語に比して極めて少ないので、以下稿の進むに従って新しい術語が出て来る度に説明を加えることとする。
第三節 詰手順について
詰手順には「妙手説」と「最長手順説」とがある。
「妙手説」とは詰将棋の解答において、玉方は平凡な最長手順を逃げるよりも例え手順は短くとも妙手を多く含む方に逃げるのを正解とすべきであるといふ説(村山隆治氏)であり、「最長手順説」とは例え正解手順中に妙手は少なく共詰将棋を解く者は総ての変化手順をも検討しなければ本当に詰将棋を解いたとは言われぬのであるから、誰にも解る様に玉方最長詰方最短を以て正解とすると言う(盛山文質氏)である。
右の二説は終戦直後、将棋研究誌(現在廃刊)上で討論されたが、結局誰にでも解ると言う意味から「最長手順説」を支持する者が多く塚田前名人(当時八段)の採決によつて現在では「最長手順説」に統一せられた。
註、現在「最長手順説」が採用されてゐるのは、この方が分り易いからであつて「最長手順説」が「妙手説」より優れてゐる為ではない。説としてはいづれも甲乙なき立派な根拠に基づいてゐる。
「最長手順説」が採用される迄の経過(各説の主張)に興味のある方は、将棋研究誌第一巻第七号、第八号、第九号を参照せられるとよい。
[規約]次の条件を満たす詰手順を正解詰手順とする。
(1) 玉方は最長手順を運動すべきこと。
(2) 詰方は最短手順を追ふべきこと。
(3) 詰上りには詰方持駒の残らざること。
詰将棋が上作である場合には、正解詰手順は正に規約の三条件を満たすので問題ないのであるが、詰手順中に捨て難い妙手を含むので無理をして拾った作品には最長手順を履めば詰上りに持駒の残るものがある。これを手余りと言ひ、手余りの甚だしきものは勿論作品として成立しないのであるが、問題となるのは準手余りと称せられる軽度のものの場合である。
(第四図)

第四図の詰将棋で最長手順を履めば次の十一手詰となり持駒が一歩残る。
(a)一三金、同玉、二四金、同玉、一五銀、一三玉、一四銀、同玉、一五飛、二四玉、三四龍迄。
そこで六手目一三玉の手で一五同歩と銀を払ってみると次の九手詰となつて持駒は残らなくなる。
(b)一三金、同玉、二四金、同玉、一五銀、同歩、三四龍、一三玉、一四飛迄。
この様な(a)(b)何れを正解とすべきやに関して将棋研究誌第一巻第九号誌上で塚田前名人は(a)を正解と規定すると説いてをられたが筆者は(b)を正解として採りたく思うのである。
現に当の塚田氏もその著書詰将棋百番(名人位襲位記念)の第七十八番の解説に「なほ最後の一一玉の処、二三同龍の方が手数は長くなりますが詰上り駒が余るから斯かる処は一一玉が至当です」(原文通り)と言って正解として(b)の方を採用しておられるから筆者はこの際次の如く規定したいと思う。
準手余り作品に於いては詰上りに持駒の残らざる変化(の中の最長手数のもの)を正解手順とする。
この場合に限り正解詰手順の総手数は変化手順より短くなる。
然し筆者はすべての詰将棋作家が決してかかる曖昧な作品を発表せぬといふ心掛けで創作に精進すべきものだと思う。曖昧な作品さへなくなれば詰手順に関する厄介な規約は全部不要になるからである。
尚、古作物に示されてゐる詰手順は殆ど総て正解として「妙手説」を採用してあることを附記して置く。(つづく)
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今回は定義・規約の部分なので、現在とは大きく考え方が違うことは言うまでもない。
ただ抑えておきたいポイントとしては、塚田名人が終戦直後に「最長手順説」にルールを決定付けたことで、このことは考え方によっては塚田名人の最大の功績かもしれません。
本稿は規約について議論するのが目的では無いので、規約については余り言及しませんが、一つだけ印象に残ったのは「筆者はすべての詰将棋作家が決してかかる曖昧な作品を発表せぬといふ心掛けで創作に精進すべきものだと思う。曖昧な作品さへなくなれば詰手順に関する厄介な規約は全部不要になるからである。」という谷向奇道氏の主張です。私は規約はどう作っても矛盾が出ると思っているので、緩い最低限の規約で曖昧な部分は減価事項で良いと思うのですが、作家としては曖昧な作品を作らないようにしたいと思っています。
紳棋会報懸賞結果発表・・・紳棋会報の結果発表で、丸田八段集とスモーキングルーム(各娯楽誌に発表の高段者発表のもの)の正解結果発表。
これで第三号の紹介も終り次回からは第四号の紹介となります。

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