2009年3月9日(月)19時開演
Hakuju Hall
主催 Hakuju Hall、(株)白寿生科学研究所
テノール:クリストフ・プレガルディエン Christoph Pregardien
ピアノ:ミヒャエル・ゲース Michael Gees
東京都渋谷区にある
Hakuju Hall(白寿ホール)で開催された、テノールのクリストフ・プレガルディエンとピアノのミヒャエル・ゲースによるリーダーアーベント(Liederabend:歌曲の夕べ)を聴きました。
Hakuju Hallは2003年10月にオープンした、全300席の室内楽専用のコンサートホール。音楽を通じ“ゆとりある精神”を実現する場を提供するために株式会社白寿生科学研究所が作りました。内装はとても現代的でありながら、落ち着いていて、きれい。響きもちょうど良い。300席の空間でプレガルディエンの歌を聴くことができるなんて、なんと贅沢なことでしょう!
クリストフ・ブレガルディエンは僕が最も尊敬するテノール歌手。ドイツ歌曲やバロック音楽の歌い手として世界的に活躍しています。彼の演奏に初めて接したのは1996年の10月。フォルテピアノ(当時のピアノの総称)奏者、アンドレアス・シュタイヤーとのF.シューベルトの歌曲集『冬の旅』でした。その当時、僕はプレガルディエンのことを全く知らず、たまたまこのコンサートのチケットを頂いたので、聴きに行ったのでした。その演奏に接して、鳥肌が立つほど感動し、ホールのロビーで売っていたCDを何枚か買い、それ以後は彼のCD何枚も何枚も買い、来日の折にはできうる限りコンサートに行きました。彼の声は大変自然で柔軟性に富み、発音が美しく、音楽は端正でありながら、表現の幅が広い。僕の目指す音楽と合致します。
今宵はピアニストで作曲家のミヒャエル・ゲースとのデュオでF.シューベルトの歌曲集『美しき水車小屋の娘』を取り上げました。プレガルディエンの十八番であり、まさにドイツ歌曲の王道です。『美しき水車小屋の娘(Die schöne Müllerin)』はある若い粉引き職人の物語。親方(マイスター:Meister)になるために修業の旅に出たその若者はある水車小屋で美しい娘に出会い、恋に落ちます。しかし、その娘には恋人がいました。失恋したこの若者は導かれるように川へと身を沈め、自ら命を絶ちます。
プレガルディエンとゲースは名デュオ。このふたりによるコンサートは大人気で、CDがいくつも出ています。
昨年5月にドイツに滞在した折、このディオによる『美しき水車小屋』の最新録音のCDが出たばかりで、早速購入し、帰国後すぐに聴きました。CDを聴いて感じたのは「円熟」の二文字。いよいよドイツ歌曲のもつ枯れた側面が出てきたか、と感じたのでした。
期待に胸を膨らませ、大変楽しみにして、Hakuju Hallに駆けつけました。彼らの演奏を聴いて、度肝を抜かれました。非常にドラマティックで革新的! CDとは正反対とも言えるものでした。プレガルディエンは手振り、身振り、顔の表情、彼のもつ声の表現の幅を最大限に活用し、『美しき水車小屋の娘』のもつドラマを引き出しました。まさにひとり芝居、モノ・オペラ。しかし、それがいやみではないのです。プレガルディエンは満員の聴衆を自らの世界に引き込みました。
ゲースのピアノも大変素晴らしかった! 1台のピアノから様々な音色を引き出し、オーケストラのようでした。また、彼は作曲家であることから、演奏家が見落としがちな些細なことも見逃さずにそれを表現していました。この歌曲集を何度も歌ったことのある僕でも時折「ハッ!」とさせられ、新たな発見がありました。
さて、このふたりの演奏の最大の特徴は装飾音の多様でしょう。「エッ!? シューベルトに装飾音をつけるの!?」と思われるかもしれません。しかし、19世紀の前半までは装飾音をつけるのが当たり前でした。特に有節歌曲においては当然で、有節形式の多い『美しき水車小屋の娘』では装飾音をつけることにより、音楽が大変生き生きとしたものになります。このふたりの音楽は本当に生き生きとしていて、また楽しんでいました。
演奏が終わった後しばらく、ホール内は沈黙に包まれました。プレガルディエンとゲースの演奏が聴衆を自らの世界に引き込んだ証拠であり、聴衆がこのふたりの演奏に心から感動している証拠です。沈黙の緊張が解き放たれた瞬間、会場から大きな拍手が沸き起こりました。何度ものコール。
名演の一時に接し、僕は心から感動し、このコンサートはずっと心の中に残るに違いないでしょう。
終演後はサイン会。僕はサインをもらうことはほとんどありませんが、今日は特別。ロービーで買ったDVDにふたりからサインしてもらいました。僕の最も尊敬する歌手ですから。いや、ただのミーハーなだけ?(笑) そして、厚かましくも、一緒に写真を撮ってもらいました。