一昨日、コーロムジカヴィーヴァの指導を終えた後、名古屋に移動。慌ただしい名古屋滞在でした。18日の「コーロムジカヴィーヴァ演奏会Vol.3」、25日の中村貴志サロン・コンサート「ドイツ・オーストリアから日本へ 偉大なる音楽の贈り物」第1回、29日の「はばたけ堺!歓びを歌声に」第九コンサートと関西で3つ続けて本番があるため、名古屋の滞在日数が少なくなっています。そうすると、どうしても慌ただしくなってしまいます。でも、パンクはしていません! しっかり前進しています!
名古屋滞在の最大の目的は混声合唱団スコラ カントールム ナゴヤの指導。来年1月23日の「ホームコンサート」に向けて、源田俊一郎の童謡メドレー『いつの日か』は一旦仕上げ、R.ワーグナー編曲によるL.v.ベートーヴェンの『第九』のピアノ版は現在練習中です。そして、この日から新たな作品の練習が始まりました。それは瀧廉太郎の『箱根八里』(林光編曲)と『別れの曲』です。僕は第二次世界大戦前、特に明治や大正時代の音楽に強く惹かれます。西洋音楽の知識も情報も乏しい時代に、西洋音楽をやっていこう。日本に西洋音楽を根付かせよう、日本で西洋音楽の手法を使った独自の作品を作ろうという情熱がビシビシ伝わってくるからです。この時代の音楽に日本における西洋音楽の原点があります。僕はこの時代の音楽を掘り起こしていきたいのです。瀧廉太郎は作曲家として初めて国費留学の命を受けました。西洋音楽の開拓の先陣を切りました。まさに留学する年、1901年に出版された『箱根八里』は、旋律だけですが、彼のみ
なぎるエネルギーが込められ、留学への強い意気込みを感じます。典型的な四七抜き音階で作られ、伝統的な趣が強いように感じられますが、歌詞の割り振りに三連符を使って斬新さを出しています。しかし、瀧はドイツに渡り、ライプツィヒ音楽院に入学するも、学生生活1ヶ月で肺結核を患い、翌年の夏に帰国します。志半ばという無念さが滲み出たのが『別れの曲』。無伴奏の混声四部合唱曲で、ヨーロッパ的な和声感を見事に醸し出しています。瀧廉太郎の残した作品は数少ない。しかし、それらの作品は瀧が情熱を燃やしていたことと豊かな才能を持っていたことの証です。彼の熱さが伝わる演奏をしたいと思っています。
今日神戸に戻ってきました。いよいよ明日本番を迎える「コーロムジカヴィーヴァ演奏会Vol.3」のオケ合わせがありました。
まずはフォーレの『レクイエム』から。ソリストがかなり良いです。歌う箇所の少ないのが残念。合唱は良い部分が増えました。今日オーケストラと一緒に練習したことで、明日はさらに安定するでしょう。会場の音響の素晴らしさも手助けしてくれることでしょう。
夜は関西で活躍する歌手たちが集まったW.A.モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』のオケ合わせ。僕は急遽こちらにも関わることになりましたので、オケ合わせに立ち会った次第です。それにしても、素晴らしい出来です。これだけ実力派歌手が揃ったら、聴きごたえがあります。明日の演奏会は本当に贅沢です。お越し下さる方、乞うご期待! 中村貴志がどう関わるか、お楽しみに!
