1週間ぶりの投稿となってしまいました。僕は一応元気でおりました。勉強もこの先の準備も始めました。
土日は岐阜県の恵那市にある父方の実家に行っていました。束の間の休息。エッ、1週間前までお休みモードだったのに、休息は早すぎるって?まぁ、ドイツからの帰国の報告もしたかったですし、春のお彼岸は帰れず、お盆も帰れない模様、お墓参りに行くチャンスは今しかない!ということで、お許し下さい。
両親も祖母も元気そうで何より。久しぶりに両親と盃を交わしました(両親共に酒飲み。僕は「蛙の子は蛙」だ)。
恵那は山間の町で、開発が進みつつありますが、自然が豊かです。父方の実家は住宅地にありますが、周りは緑が多い。
実家から歩いて数分の所。緑が美しい。
家族と久しぶりに楽しく過ごし、16年ぶりにオリンピック出場を決めた男子バレーボールの試合に感動し、自然を満喫した休息も、東京の秋葉原で起きた通り魔事件によって台無しになってしまいました…この感情をどう表現したらよいのでしょう。ただただ亡くなられた方々のご冥福を祈るしかできません。
ドイツから帰ってきてちょうど1ヶ月。この間、凶悪な事件が多かったように思います。お休みモードの間、僕は現実逃避をしていたわけではありませんでした。音楽の勉強をしなかった分、現在の日本の現状と向き合っていました。音楽あるいは芸術全般はユートピア的な夢の世界へ誘うものだと思われています。もちろんそういう側面はありますし、娯楽的な一面もあります。しかし、僕は音楽で人間の持つ全ての面を出したいと思っています。喜怒哀楽、全ての感情を。喜びだけでなく、苦しみも。そして、音楽は社会の一部であるべきだとも思っています。そのためには音楽が社会とつながっていなければなりませんし、音楽家は社会と対峠しなければなりません。それは現実と向き合うということなのです。
はっきり言って、日本は末期的です。物質的には何ひとつ不自由しないはずなのに、心は満たされない。経済大国なのに、ワーキングプアや貧困層の拡大などの矛盾をはらんでいる。先進国なのに、先行きの不安がある。暗澹たる気持ちになってしまいます。
しかし、僕はそこから希望を奏でたい、歌いたい。そのために僕の心は今のた打ち回るほど苦しみ、叫んでいるのです。