2011/12/14

色々思いもありましょうが…  
 今日のニュースで大阪府知事による福島県でのガレキ焼却受け入れに
対し、市民の反発の声が報道されていた。
これはローカルニュースではありますが、実際には各地で起こっている
問題だと思われます。 震災直後、震源地とはほど遠い関西方面では
放射能に対して過熱気味に反応する市民の動きに少々違和感を唱える
一部メディアの声もあったが、ある時期を境にそれらのコメントは粛清
されて行った。

これ以降の内容は一個人の見解なので言葉足らずがあるのであれば
御了承頂きたい。

それらの報道による変化は以下の流れによるものと推測される。

当時の報道では関東地区で通学路に測定器を設置したり、子供にマスクを
着用させ、自宅の敷地の土を入れ替える等の報道がなされていた。

ならば、広島での原爆はどうか、チェルノブリ事故はどうか…

科学者によれば多くのデータを調べてみても放射能による被害は個人差が
多く、特定のデーターが撮り難いそうだ。

ならば、個人が危機を感じ、そのための防衛行動を行うことを誰も
不当化できない。 これが多くの科学者の見解である。

更に加えて言えば「この程度なら大丈夫」と、言ったら万が一の場合、
その責任に怯えるて言えない事実が多くの科学者の本音をも閉ざしている。

私は今も月に一回、福島へ向かっている。
最近はではあきれてしまうが「えっ福島!大丈夫!」と地元でも
言われてしまう。 もう何も言い返す気がしない。

月にたった1回しか訪れない、私が危険ならば、地元に住む彼らは
30倍、危険だろう。 古びたガレキを重装備のコンテナに輸送し、
その焼却煙が近隣住民に被害をもたらすのであれば、福島に住む
住民達は私たちの1000倍は危険だろう…

私がここで何を言いたいのか。 もし、この不幸が我が身ならどうだろうか?

多くの偏見が今も彼らを苦しめてします。
そこで取れる作物でさえ、実はその近隣周辺地域での拒絶が強く、
生産農家は窮地に達しています。 全てを受け入れて欲しいとは言いませんが、
今もそこに生きてい、いや生き残っている人たちを「どう感じ」「どう見る」
ことが、この重要性だと思います。

愛する家族は誰よりも重要です。
しかし、あなたの子供達と同世代の子達は今も被災地で精一杯、
生き続けているのです。

間違ったとは言いませんが、偏見はやはり差別に繋がります。
運良く、被災を免れた地域は同じ国土に住む同法を助けて挙げてはいけませんか。

万が一の万が一があっても、それは誰かの「罪」でしょうか。

この国は日本です。 世界の中のどの国でもない。
小さな、日本です。 西に東に旅をすれば風光明媚、四季折々の美しさを持ち、
その方言の違いに癒される…  私の考えに反論する方が間違っているとは
誰も言えません。 私も成長期にある子供達を二人抱えています。

ありがたいことに妻も子供達も、私の福島出張には何の文句も言いません。

これ以上、多くは言いません。 遠く離れていても共に生きる、言葉が
通じる日本の同法が居ることを…

お願いします。 未来にシコリを残さないためにも、人への「愛」だけを
伝えて欲しいと願います。




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