2011/3/15

震災を考える。  
「東日本大地震」それは突然やってきた。
日々の作業に追われていた金曜の3時過ぎ、先に東京入りしていた同僚から
携帯が鳴った。 「今、凄い地震が発生しています。」
正直、その一報ですら、こんな大きな災害に繋がるとは考えもしなかった。

実は翌日の早朝、飛行機で福島県へ向かい、昼から展示会に参加する予定を
していたからだ。 先の同僚は車で向かい、現地で落ち合う約束をしていた。

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TVのニュースは次第に想像を絶する映像を映し出して行く、更に千葉での
コンビナートでの火災、まさに空前絶後の異常事態が始まるのかと、内心
大きな不安と恐怖がよぎり始めていた。 実はこの思いを以前にイヤと言う
ほど経験している。 そう阪神淡路大震災の時である。

あの時、私は仕事で地元ではなく東京にいた。
早朝6時過ぎTVは地震の発生と、まだ少ない映像を繰り返し流していた。
当初は東灘、阪神地域と報道されていたが、情報が集まるにつれ、被災地は
拡大、被害も予想を超えるものとなって行った。

家族や両親、親友とも一緒に居てやれないジレンマ、ましてや帰路も絶たれ、
まさに放心状態にあった。 その後、同僚が日本海岸沿いを走り、私を
迎えに来てくれ、半月後にようやく帰宅することが出来た。

すぐさま私は1週間の休みをもらい両親・そして兄弟、親友の元へと向かった。

親友が避難している学校でも一夜を過ごした。 実際のガレキの山を見ると
映像では計り知れない恐怖が胸に突き刺さる。

灯の消えた夜の街は異様な静けさを感じ、正常な感情にも乱れが生じてくる。

例えば、自衛隊やレスキュー、ボランティアの皆さんには心から感謝するが、
対して、ヘルメットにスーツ姿の報道や研究機関からの調査員などには怒りとも
思える嫌悪感を感じていた。多くの取り巻き(視感です)を従え、
断りもなく、倒壊した住宅の屋根に登り調査する。  見晴らしが良いからと
勝手に団地の高層階に入り、カメラを回すカメラマンには住民からも罵声が
投げかけれられていた。

そして、最大の痛手となったのが震災から1年後、多少の復興が見え始めた頃、
被災した父が、その記憶を全て失っていたことだった。

「震災の記憶がまったくない」 当初は「忘れた方が良い」と安易に思って
いたがその後父の痴呆は進行、最後は寝たきりとなり、その父も昨年他界した。

私は思う。 父は戦場に従軍している。
日本が焼野原となった終戦時、父は30代だった。

必死で働き家族を養い、そんな多くの人々の努力によって日本は戦後復興を
成し遂げた。 しかし、すでに気力を使い果たしていた高齢の父にとって、
再び目にするガレキの街はまさにこの世の終焉に映ったのではと考える。

今、TV&CMは多くの番組を自粛により内容が大きく変えられている。

神戸の時、正直悲惨だったのが実は「被災者=支援を受ける人」※弱い
立場と言うレッテルである。 食糧・ライフライン、確かに生きるために
必要である。 しかし、そんな時でも人は悲壮感ばかりではパンクしてしまう。

泣くばかりより、やっぱり時には笑いたい。酒も飲みたい。パチンコしたいし、
炊き出しもありがたいが、やっぱり焼肉も寿司も食べたい。

当時、避難所の学校では毎日、自警団によって夜警が行われていた。

それは危険地帯とされていた自宅に盗難などの二次災害を防ぐためである。

そんな夜警に同行したある夜。リーダーである年配者が「今日は冷えますね。」
「素晴らしい差し入れが手に入りましたよ。」と言って一升瓶を出してくれた。

校舎の陰で私たちは目立たぬよう、酒を飲み交わした。 ブラックジョークも
言った、バカネタで盛り上がったりもした。 昨日までは見知らぬ人どうし
だったのに…

 日本中の誰もが嘆いているだろう。 「なんで」「なんでこんな小さな
国なのに」マスコミは次第に矛先を施設関係者や行政の対応や政府へ、野党は
与党へ、更に危機管理システムへと向けられるであるう。

しかし、当の被災者はそんなことはどうでも良い。 神戸の時も国会答弁には
心底、腹が立った。 天災はどんなに理屈を付けても人災には置き換えられない。
ましてや誰かを恨むことでも失った者の心は癒されない。

本当に欲しいのは明日に期待が持てる思い出あり、希望なのだ。

神戸での教訓を今こそ、生かして欲しい。
それは願いどころではない。 そうでなければ運よく、生き延びたとしても
精神的なダメージは計り知れないと思うからであります。

皆が心配している。 そして皆が応援している。 そしていつかは皆で
楽しく笑いましょう。生きていることが何よりも本当に幸せと思えるように。
 


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