2021/9/8

変化する左官  
私も来年で60歳を迎えます。
永く側面から左官業界を見、この10年でまた左官業界は
新たな進化を遂げるだろうと確信しております。

私が道具屋として、この業界に入った頃はまさにバブルが
崩壊、左官業界は氷河期に直面しておりました。

多くの現場で工務店からハウスメーカーに移行することで、
壁を塗る左官業の存在価値は大きく薄れて行きます。

施主とカタログを突き合わせ、後はお任せと言う、今では
考えられない自由だった時代。
これが左官業としての技術や誇りを奪い去ったのかも
知れません。

しかし、そんな時代でも厳しい修行を生き抜き、伝統と
格式を重んじ、左官業と向き合っていた職人さんも多く
存じ上げております。

「完成した柱に素手で触ったら大工の棟梁に怒鳴られた。」
「一服だと、与えられた休憩は本当にタバコ一服の数分だけ。」
「今日中に仕上げるぞ。」「その通り完成したのは深夜の
12時近かった」
「前の材料が鏝板に残っていたら一切、次の仕事はさせて
貰えなかった。」

等々、今でも当然と思われることもあるが、これらはほん
の一部で、罵声は当然で拳骨も日常だったとのだから、
やはり今では考えられないことである。

そんな世代を代表し2005年、久住章氏が勉強会を開きます。
それは失われつつある左官技術の生末を案じ、次世代への
継承を願っての行動でありました。

事実当時は既に「漆喰って?」「磨きって?」それらはもう
既存の現場では経験することすら困難な時代になっていた。

それでも当時の講師達は言う。

「60cm角の枠を作り、そこで何度でも塗って勉強しなさい。」
その技術を身に着けても、それで飯が食えるようになるのか、
何の保証も無い時代でした。

しかし、その努力は傍目でも驚くほど、進化を遂げて行く。

第一に参加者が増えて来たこと。
遠方から交通費や宿泊費も自己負担し、加えて決して安くは
ない参加費も支払い参加者は全国から集まり始めていた。

※参加費には会場費・材料費・食費等の全てが含まれており
講師陣は常に無償ボランティアでの参加である。

この当時に第一線で学んだ多くの若者たちが今や50代を
迎えている頃だろう。

そんな彼らが近年の左官に道筋を開いたのは承知の事実である。
その道は決して平坦ではなく、新たな技術の習得、新たな材料との
出会い。人間関係の構築や新たな情報発信を駆使したりと、
まさに一人一人が多彩な活躍を見せてくれた。

しかし、そんな彼らも危惧したのが次世代の成長であった。
彼らがようやく若手の育成に関われるのには10年近くを
有している。

そして今に至る。今、現場では30代から40代が途方もない
輝きを放っている。もう彼らの目には左官の氷河期など存在ぜず、
まさに左官は黎明期(新たな時代が動く時)を迎えようとしている。

現場単価が限られているなか、品質・機能性・芸術性・デザインに
費用を惜しまない施主は少なくない。

環境問題に取り組む企業は社内の壁を珪藻土に塗替えたり、
デザインを重視する海外のアパレルメーカーは店内をモール
テックスで華麗に演出したり、また一流セレブは海外の別荘を
日本風にしたいと左官を呼び寄せたりと、
左官はまさに技術職の宝庫であり、デサイナーにとっても重宝する
パートナーへと進化している。

加えてSNS等も上手く使いこなす彼らの姿には泥臭さの欠片もなく、
むしろ鏝を扱う姿は包丁を扱う一流料理人と変わらぬ美しさや
カッコ良さを兼ね備えている。

これらは一部の者たちの話ではなく、確かに極端な例もご紹介して
おりますが、これが左官業界が目指すべき新たな道かも知れません。

今も私のお客様の多くは外構工事やコンクリート工事に多く
関わっております。そんな多くの職人さんが、その中でも競い合う
ように技術を高め、道具にも拘っております。

「腕を上げる」「新たな技術を習得する」これこそが、
働く事への喜びであり左官の基本姿勢だと考えます。

今、若い世代の左官職人は一人親方でありながら、地元に限らず、
全国各地の仲間たちと情報や技術を共有しております。

時には一緒に遊び、時には一緒に学び、共に励んでおります。
その姿はとても自然体に映ります。

近年、道具に拘る職人は多い。中でも左官業界は特筆すべき存在
だと私は確信しております。

だからこそ、私たちは鏝(コテ)の事をもっと知って貰いたいのです。
日本の左官業は世界に類を見ない精度で高みを目指しております。
日本人の手に合う鏝。日本の住宅事情を考えた鏝。

これからも「職人魂」は現場と向き合い、常に道具開発に
関わって行きます。今、私は若い世代を育成しております。

彼らもまた私の夢を受け継いでおります。

左官業界は更に進化を遂げます。それは常に努力を惜しま
なかった先人たちが繋いで来たバトンのおかげであります。

ひと時、私はカリスマ左官と言う言葉を使いましたが、
それは確かに左官業界にとって大きな貢献であり、感謝は
絶やしませんが、いつの時代に置いても見えない所で戦い、
奮闘し努力を惜しまなかった無名の勇者は存在している
ことを今は私も実感しております。

今後10年先、左官はどうような形で活躍しているのでしょうか。
当然、テレビやマスコミにも多く取り上げられることでしょう。
その頃、私は生きていれば70歳を迎えます。
きっと皆様の大活躍を見ながら喜んでいることでしょう。



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タグ: 左官  職人


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