2013/3/2

思い切って書かせて頂きます。  
大変ご無沙汰しております。
1か月の休暇(と言ってもサイト更新をお休みしていただけで
日々の仕事は毎日頑張っていました。)で、書きたいこと、
伝えたいことが山ほど溜まっていました。

しかし、話のオチを考えた時、「やはり、偏見ではないだろうか」
「いや、極論として自分の思いも伝えるべきではないか」等と、
試行錯誤しながらも今回はやはり書かずにいられなかったので
書かせて頂きます。

少し古い話題ではありますが「体罰」についてです。

「体罰」。少し先の世代なら誰でも経験したことでしょう。
むしろ、当時の先生達は強い子に程、より厳しい体罰を与えておりました。

先日、とある番組で「絶滅危惧種」として芸人による子弟制度が無くなって
いると語られておりました。 お笑い芸人を多く排出している吉本は
今や「学校」と言う仕組みを作り上げ、生徒は授業料を払い、その門下へと
入る(入学)する訳です。

過去の芸人と言えば、食えなくて当たり前。 部屋住をし、師匠の身の
回りを世話をし、芸を学ぶ… そんな下積みを重ねることで、真の庶民の
笑いを習得していたはずです。

そんな経験を今も多くの御大(おんたい)達は懐かしく語っています。

私も高校生の頃に学んだ部活はそれはもう言葉では語れないほど、
超スパルタでした。

春休みや夏休みに入れば、朝・昼・晩の3分練となり、汗か涙か判らなく
なるほど過酷で、リタイヤを願えはまさに不条理な拷問が待ち構えている
今思えば恐ろしい時代を思春期に過ごしていました。

でも、あの当時の仲間とは今も強い絆で繋がっています。

年を重ねるに継げ、今やその輪は先輩そして後輩達へと受け継がれ、
数世代へと宿っております。

ここで体罰に関する是非を問うつもりはありませんが、上に立てば
経つ程、下に厳しくすることへのエネルギーは並ではありません。

正直言えば、良い人を演ずるほうがとても楽です。

重ねて言えば人畜無害で、無責任になれれば、これほど楽なことは
ありません。

遥か昔から言われる「一人前」つまり、一人足。そのお足(おあし)を
頂くに相応しいプロになるにはそれなりの根性と努力が必要です。

私の職場に私がいると社内はピリピリします。
本音を言えば私は残念ながら嫌われ者です。

社員にすれば「社長は元気で出張ばかりしてくれれば良い」

ずっと昔の話ですが、私はとある勉強会で、某大手企業の経営者の
方とお話しできる機会を得ました。 当時の私はまだ30代と
若く、社員への対応について、訪ねた所、彼は首を傾げ、
案に『何をつまらないことで迷っているのか』そんな雰囲気を
かもし出していました。

まさに愚かな質問でした。

大企業である彼にとっては従業員は兵士であり、従わなければ
切り捨てるまでの単なる将棋のコマでしかなかったのです。

現実社会はそうでしょうが、私達零細企業はそうは行きません。

だからこそ、時に厳しく。時には人格すら否定するのです。

ただし心の底では常に「昇って来い」「追い越してみろ」と
願っております。


とある京都の神社を散策していた頃でした。
シートにふさがれた工事現場で罵声が響き渡りました。

宮大工でしょう。 だからと言って上品だとか、各上なんか
でもない。

そこも厳しい現場です。

私は妥協する人間、逃げる人間が大嫌いである。

ましてや負けることを選ぶ人間は愚の骨頂です。
「今は負けていても、いつかはきっと勝って見せる」
それがポリシーです。

この道を選んだ1年生や2年生。

根を上げるには早いぞ。

騙されと思って付いて来いよ。
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