2012/11/14

久住 章先生のその凄さ  いい話
 言わずと知れた左官界の巨人、久住 章先生。
有り難いことに先ごろも氏が講師を務めた勉強会で
久し振りにお逢い出来る機会を頂けた。

私も仕事柄、物おじしない性格ではありますが、
先生の前ではどうしても萎縮してしまいます。

それは先生が単に名のある方と言うだけではなく、
むしろ太陽のような性格で、多くの人々に日を充てて
下さる懐の深さ、そして妥協のない精神力の強さが
関わる者たちに肌で感じさせてくれているのではと
推測します。

先生は私のような者に対しても気さくに話しかけてくれます。
「今回はありがとう」「これ良かったよ」と、
嬉しいばかりのお褒めのお言葉を語ってくれます。

それと同時に[これからも左官業界の発展に頑張って
欲しい][これからも一緒に戦おう]と言う
言葉では語らずとも、その強い意志に常に身震いを
させられます。

その存在感は人としてもなかなか真似できるものでは
ありません。

やはり、そこには自らに厳しく、左官職人として明確に
目指す道を見極め、世間一般の常識に捕らわれず、常に
己の生き様を突き進んだ強い信念が彼を、極自然体の
彼を強く・大きく見せているゆるぎないバックボーンだと
考えます。

単価にだけ拘るクロスに負けることを嫌い。
市販のユニットや大量生産品に何ら魅力を感じず、
自らの感性を信じ、世界にただ一つの作品を追い求める。
それが久住 章先生の生き様なのかも知れない。

だからこそ、彼の名を記した現場では恐ろしい程、
妥協が無い。 永くパートナーを務めた盟友の作品ですら、
気に食わなければ目の前であっさりと破壊して行く。

無論、自らの作品ですら仕上がりに納得が行かなければ、
下地そのものまで惜しげもなく取り除いて行く。

人は何かしら職業を生業とし、生計を立てている。
しかし、先生の様に自らの生業を突き詰め、そこから
肉体・そして精神面、報酬を含め、ステップアップすること、
実はこれこそが、多くの皆に伝えたい本音ではと感じている。

久住先生はその幾つかの言葉から常にヒントを
発信している。それこそが「職人気質におぼれるな」
「無骨になるな」と言う教えです。
実際にはこの様な決めつけた発言はしておりません。
しかし、先生のお言葉は実直に聞き取れば、伝えたい、
本音が見え隠れしております。

事実、この業界では腕があっても駆け引き等で
不器用な職人は少なくない。

無骨でも腕があればと願うが、今の世間ではそんなに
甘くもない。 彼は全国を渡りその現状を見抜いているの
だろう。

不慣れなことにすぐさま秀でることは無いにしろ、
彼が思い描くのは、これから先。
一人でもそんなスーパーマンが誕生し、都会であり、
地域であっても左官と言う、本来は住建築の左方を担ってきた
建築の歴史をもっと社会にアピール出来る人材の育成を
思い願っているのではないだろうか。

価格も含め、今業界にある常識は実は非常識です。

久住氏。 彼の技そして理論は全てに置いて恐ろしいほど、
本物です。建築に対しても現状の大工ですら太刀打ちできない
程の技量の持ち主です。 道具や材料に関してもしかりです。

これらの文面で別世界の話と、思わないで欲しい。
この道に携わっているなら、むしろ誰でも目指せる道なのです。

何かが足りないのなら補えば良い。
我慢に虐げられることに鬱憤(うっぷん)があるなら
その世界を変えれば良い。
最盛期より3分の1へと減少した左官職人。
今後、目的意識を失えば更なら現象が危惧されています。

どうか、久住先生の志を受け継いて下さい。





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2012/11/14

マイノリティーとは?  
誰もが一度は「マイノリティー」と言う言葉を耳にしたたろう。
実はこのマイノリテーを辞書で開いてみると
「少数派」「少数派民族」など、社会的な差別により、
環境的不利益を被っている人々を表している。

例えば人種素別や日本でも部落問題や三国問題が常に取り上げられている。


それと同時に私の中では「マイノリティー精神」によって、
人生の成功を成し遂げた者達も多く、如何せん「差別」と言う言葉は
常に人をブルーにしてしまうが、「マイノリティー」と言う
表現は彼ら(私たち)にとって、反骨精神としての間違いなく、
強い精神的支柱を形成しているのではと、思えてならない。

例えば「沖縄」である。 生まれ持ってその地に生を受けた瞬間から、
彼は米軍基地を受け入れた、日本でありながら異国の「人」となる。

もっと突き詰めれば、どの職業に関わらず、「2世」であることも
私は「マイノリティー」に位置すると考える。

同様の職場で学んだととしても二世は別格であると共に、常に
指導者として、先を見据えなければならない。

そこには成功を手中に出来る権利と共に、負の場合の責任を一手に
背負う責務が存在している。

『普通の立場なら、もっと気が楽だっただろう』

私はそれも「マイノリティー」だと考えます。
正直、本音ですがまだ、そう考える方が楽とも言える。
なぜ、どうしてと考えるより、

「しかたがない」 「だって少数派だから」

だからこそ、強くならなければならない。実にそう考えるほうが
答えも明解である。 

『おまえは選ばれたのだ』『だからこそ、誰よりもがんばり、
誰より見本となり、成功し人々を導いて行く』

この道に生きている。「マイノリティー」。

人生の負があって当然で、だからこそ「強く」
「本物」になれる素質を持った人々だと、私は考えます。


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