2011/2/15

大阪、日本橋  
 先日、久しぶりの休みを利用し大阪の電気街、日本橋(にっぱんばし)に
行ってきました。 東京が秋葉原なら関西はこの日本橋が電気街として有名で
色々な面で似通った文化を育んでおります。
さて家電を見に行ったかと言えば、そうではなく実はオタク友人の付添として
足を運んだ訳であり、その友人は情熱的な「オタク」で、彼とは私の主張時に
わざわざ日程調整までし、2度も東京の秋葉原まで足を運んだ仲です。
 この日も一端歩き出すと次から次へとショップに入り念入りに
商品を見て回ります。 何かを買う訳ではなく、じっくりと品定めをして
いるのです。 私はと言えば奇抜な品が子供に土産になると思えば衝動買い、
どっちが買い物に来たのかわからない状況でした。

私が以前にこの日本橋にきたのは、もう30数年前の話。
当時、ブームだったステレオデッキをどこよりも安く買いたかったからです。
あの頃は今のような家電量販店は存在せず、家電はほぼ、定価に近い価格
販売がまだまだ主流だった頃。 大阪 日本橋は価格交渉ができると言うのが
売りで、売り手も買い手もガチンコ勝負をしていた時代でした。

まだ高校生でしたが一人電車を乗り継ぎ、先ずは一軒目に入る。
「今日はアンプを探しに来ている。」「予算はこれくらい」
「雑誌で情報は収集してきた。」「この予算でも最低限、このスペックは
維持したい。」当時の店員さん達はとてもプロでした。だから、こちらも
知識で防備する。 そして価格交渉… 本当にここで決めたくなる決めの
フレーズが胸を刺す。 それでも「もう、ちょっと他も見てきます。」
そして、2件目、更に3件目… もう限界です。

「これ頂きます」「ありがとう」 このやり取りが高校生ながら本当に
嬉しかった。 もちろん目一杯、値切って安く買ったつもりだが、
所詮は手の内だったのかも知れない。 しかし、その時の会話、
知識で防備したつもりが、それ以上の知識を伝授してくれた。

やっぱり、これが商売の王道だと思う。 関西人は値切り上手と言うが
子供の頃から経験しているのだから致し方ない。

さて、今の大阪・日本橋ですが、関東からも秋葉原の名店が支店を出し、
オタクロードなる一角が形成されており、アニメ関連のフィギュアや
グッズが多数並んでいる。 もちろんメイド喫茶も存在している。

今や主力の電気街は秋葉原同様、中国からの観光バスを横付けにし、
店内は外国語の看板に埋め尽くされていた。

唯一大阪名物は歩行者天国にはない、アニメキャラをプリントした
痛車(いたしゃ)の存在かも…

 そして同行した友人ですが、数件目のショップで2万円近いDVD
セットを大人買い。 大そうご満悦で「ここ秋葉原に負けてませんよ。」
「また必ず来ます」

近くには黒門市場、少し駅を進めば韓国料理が堪能できる鶴橋。

プロご用達の道具屋筋… 時代のコンテンツは変わっても町はその
人の繋がりで生き継いでいると考えさせられました。



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2011/2/8

大相撲と八百長  気になる記事
大相撲界が揺れています。
かつては「疑惑」とされた八百長問題が今回ばかりは言い訳の
出来ない状況にまで陥っている。
この問題が表面化したのが先の「野球賭博問題」で、暗に
賭けとなる勝負事が真剣勝負で、それに賭けていたのが、
八百長を見過ごしてきた当の本人達だったと言うのも皮肉な
話です。 これにより大阪場所は中止、それでも各界は
どこかで落とし所を見出し、最悪の公益法人の認定取り下げは
どうしても避けたいところだろうか。

しかし、本当の根はもっと深い所にある。
それはファンなら推測も付くと思うが、各界と八百長の関係には
今の星の譲り合いなんて、かわいい問題じゃない。
タニマチや裏社会との繋がり、断れば命に係わる脅しも度々
あったと聞く。

古くは一年を十日で過ごす男と言われた力士たち。
ある時代には興行として地域の活性化に携わり。

それに比べ、今の時代はタニマチの力が低迷、良くも悪くも
その繋がりで体一つ、マゲを看板にし「ごっつぁんです。」だけで
街を練り歩いてきた猛者達も自らの地位保身に偏ってしまったの
だろうか。
各界関係者ほど、今回の事件は明かしたくない恥部であると共に
受け継がれてきた必要悪と言う思いもあるのではないだろうか。

この問題はもう古くから語り継がれて来た。
当時のタニマチは政界・財界・芸能界と幅広く、時には彼らの
威厳となり、用心棒となり、またある時は将棋のコマのように
ライバル・タニマチへ鼻を明かすコマにも使われてきた。

いずれにしろ、その全てが明らかになることは永久にないだろう。
そしてまた一つ、裏と表を繋いできた古い時代の歴史が幕を
閉じようとしているのは間違いない。
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2011/2/6

寛平アースマラソン  
 吉本の寛平ちゃんが帰ってきた。
本当にお疲れ様です。そして凄いよね。と伝えたい。
調べてみれば先ず、最初のヨットでの太平洋横断すら
並大抵ではないそうだ。 プロのヨットマンでも躊躇する過酷な
戦い、約30日間720時間、日々の生活が時の流れを刻むの
ではなく、一瞬・一秒の恐怖、時間の流れを忘れさす壮大な
地球と言う景色… もはや地球上における時間の概念は存在しなくなる。
実際、これらを経験すると通常の社会生活がバカらしくなってしまい、
通常の社会生活に復帰できなくなってしまうほど、「生きる」と言う
ことの現実を直視してしまうそうだ。

更に平均50キロ近いラン。
生きていたら忌野清志郎もさぞ喜んで、最後の国内ランを大好きな
自転車で並走したのでは想像する。

暑さや寒さ、そして世界中で起こっている多くの紛争や数々の
問題… 人種を超えた喜びや悲しみ、途中彼のクルーは
車上荒らしにあっている。 無謀で危険なチャレンジだ。

2年ぶりの帰国後も九州上陸から目的地、大阪までの道中も
彼の存在を知り、人が集まり交通渋滞が発生し、ドライバーから
度々避難を受けたため、彼はあえて裏通りを遠回りし、目的地を
目指している。

 今、彼の周りに吉本の連中は「兄さん、帰って来てからまた
普通のように仕事してんのよ。」

「何かを悟って仙人になってるかと思ったら、またアヘアヘって。」
でもいつかは語り始めるだろう。
どれだけ世界が広く。どれだけこの日本が平和で、どれだけ
生きていることが本当に幸福なのかを…

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